第5話 ダンジョンさんの胎動

 行商が来た日から八日が経った。

 ダンジョンへの餌やりは、これで四回目だ。


 今日も野生のスライムを捕まえてきて、赤スライムの前に置いてやった。

 途端に飛びかかる赤スライム。以前の様に野生スライムを弱らせる必要なんて無い、ダンジョンの赤スライムの方が明らかに強い。

 丸呑みにされた野生スライムが抵抗する間もなく溶けていく。……背中に、ほんの少しゾクリとしたものが走った。


「美味いか?これからもいい関係で頼むぜ」


 そう呟いて、赤スライムの体に行商からもらったナイフを深く突き立てた。

 そろそろ何か変化が欲しい、そんな風に考えながらダンジョンを出た瞬間。


 ゴ……ゴゴゴゴゴ……


 小さな地鳴りが響き、ダンジョンの入口が歪み始めた。

 岩がきしみ、裂け、押し広げられる。

 ほんの十数える間に、入口は屈まずに入れる高さまで広がった。


「な、なんだぁ!?」


 こんな大きな変化は初めてだ。結構揺れたけど村まで影響出てたりしないよな?


 危険か?いや、ちょっと怖いが変化を求めてたのは俺だ。気合を入れ直して一歩を踏み出した。

 中は……一見変わってない?とりあえず宝箱を確認しようと進むが、通路はすぐ先で三叉に分かれていた。


「おお!一気にダンジョンっぽくなってるな!」


 思わず声が出た。

 今まで一直線だったダンジョンに、初めて選択が生まれている。

 中央の通路は以前からあったわけだし、まずは左から行ってみるか。左から行きたくなる左手の法則ってやつだ。(誤用)


 左の通路もこれまでと同じ、低い天井と狭い岩の通路だ。でも突き当たりには小さな魔物がいた。

 魔物……だよな?ネズミだ、イタチくらいある大きなネズミ。地に伏せていても長い爪が見える。


『キ……キキュ!』


 ネズミが先制で飛びかかってきた。だが遅い、足で軽く払ってからナイフを喉元に突き刺した。

 ナイフを刺されたネズミは、キュッと短い悲鳴を上げて溶けるように消えた。

 ダンジョンの魔物は姿を残さない。たまに何か残すこともあるらしいが、基本は消えちゃうんだそうだ。

 聞いた時は不思議だったが、これってダンジョンがエネルギーを回収してるんだろうな。


 魔物がいた後ろ、突き当りには宝箱が置いてある。

 中身は……石だ。いや、キラリと光る結晶が混ざってる。鉱石か?行商が来たら売れるかも?わかんないな。

 今まで全部食べ物だったのに次は石ころとはな、もしかしたら食えるのかもしれないが……、やっぱりとりあえず持って帰ろう。


 引き返して今度は右の通路へ。こっちにはコウモリの魔物がいた。こちらを見るなり襲ってきたが、こっちも簡単に倒した。弱いけど好戦的だな。

 右の宝箱に入っていたのは木の枝。なんだこれ?パンや果物の方がずっといいんだが?

 何かの素材なんだろうか?ダンジョンでは武器や道具が出たり、お金そのものが出ることもあると聞くが、もしかして……この木や石を武器にしろってことか?そんなのいらねぇ……。まぁとにかく今日は持って帰ろう。


 最後に中央の通路へ向かう。

 奥にはやっぱりスライムの姿が見える。こいつは変わらず居るのね。

 いつも通り近づいたが、スライムは俺が近づいた瞬間、突然跳ね上がった。


「っ!?」


 反射的に腕を構えて体を守った。

 ドズン!腹まで響き、腕を痺れさせる体当たり。さっきまでのとは動きが違う。勢いも重さもある。思わず足が後ろに下がりそうになった。


「ちょっと驚いただけだ、俺の方が強い」


 着地したスライムは小さく跳ねて体勢を整え、再び飛び込んでくる。

 今度は迎え撃つ。低く構えて大きく踏み込み、飛び込んでくる軌道にカウンターでナイフを突き立てた。


 ゾブリと切り裂く確かな手応え。互いの体が交錯した後、スライムは水のように溶けだした。

 いつもならそれで終わりだが――溶けていく中心に、小さな光が灯った。


「……え?」


 光が収まると、そこには小さなガラス瓶が落ちていた。

 中には透明で、ぷるぷる震える液体……いや、ゼリー?


「ドロップ?これってもしかしてスライムの体か?」


 くさそう。しかもなんか動いてないか?気持ち悪くて開けて確かめる気にもならん。だけど捨てるのもなんだかな、貧乏な俺は当然貧乏性なのだ。

 とりあえずこれも持って帰ればいいだろう。


 最後に奥にあった宝箱を開ける。


「でっっっか!」


 出てきたのは、腕くらいある細長いパン。

 ほんのり温かくて、ついでに焼きたてみたいな香りもする。


 とにかく全部回収して、一旦外に出た。


「ふぅ。今までとはぜんぜん違うな」


 ただの一本道坑道ダンジョンだったのが、ちゃんと横道が生えてきた。

 魔物も増えたし、宝箱も増えた。

 スライムはボス格扱いなんだろうか?あいつも強くなってたな。


 通路も長くなっていた。全体が広がった感じだな。宝箱から大きなパンが出たのはいいが、籠をいっぱいにするには今まで以上に時間が掛かりそうだ。

 それはよくない。午前中に終わらせて昼からは畑仕事がしたいんだよ。そうじゃないとトラルのやつがチョロチョロするからな。いやまぁいいんだけどさ。別にさ。


「……走るか」


 移動距離が伸びたなら、速度を上げりゃいい。


「フン!フン!フフフン!」


 狭い通路を走り、魔物を倒して箱を開け、何度も切り返しながら全力で走る。

 5周、10周、20周、30周ほど周って籠がいっぱいになる頃には疲れ果て……はて……疲れてないな。


「最近、ほんと調子いいな」


 走るのが気持ちいい。そして魔物を倒す感触も……。


 結局、籠はいつもより少し早く満杯になった。

 瓶が増えたのと、中央の宝箱の中身がかさばるせいだろう。スライムが出す小さな瓶も結構かさばっている。

 中央の宝箱はパンが大きくなり、果物はいくつかまとめて出てきた。砂糖・塩の巾着も大きくなった。更に今回は瓶に入った白い液体もでた。少しだけ空けてみるとほのかに甘い香り。これは……フレアが喜ぶやつだな。


 何にしても、今日は変化が多すぎる。


 俺はダンジョンを振り返り、少しだけ迷ってから背を向けた。


「フレアにちゃんと話さないとなぁ」


 良いことばかりじゃない――そんな予感はある。

 だが、もう止められないだろう。

 それは何かの予感なんかじゃない。俺の心の中は、既に楽しいでいっぱいだったんだ。

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