迷惑メール Gaku

 ――ねえ、わたしって死んでるの?


 朝食を食べながら怪しいメールを開いた俺は、思わずコーヒーを噴いた。


「ちょっと何やってんの、汚いわね」


 志穂に怒られるけど、俺はちょっと納得がいかない。こんなのを送りつけられたら、誰だってコーヒーぐらい噴くだろうが。


「上城さんからメールが来ている」

「え? 亜衣ちゃんから? マジで?」


 すかさず志穂が年齢を忘れたかのようなテンションで食いついてくる。やっぱり昔仲の良かったクラスメイトから来たメールとなると、話が違うものなのだろうか。


「これ」


 俺は志穂にスマホの画面を見せる。


「うわ、亜衣ちゃんもメール使えるんだね」

「そこじゃねえよ」


 俺は思わずツッコむが、志穂はあまり聞いていない。


「そう言えば昨日の同窓会もメールで呼ばれたんだっけ?」

「まあ、そうだな」


 言われてみればそうだ。ポケベルしか知らない世代のはずなのに、よくメールなんか使えたなと思う。頭のいい奴だったからな。


 アドレスはフリーメールのドメインで「aikamijo」という文字が含まれているので本人だろう。


「あいつ、気付いたみたいだぞ」

「気付いたって、何に……?」

「そりゃあ、その……」


 そこまで言って、さすがの俺も言い淀む。二十五年前の事故で、上城さんは亡くなった。葬式にも参加したし、泣きながら花も添えた。火葬場のエレベーターへ彼女の遺体が送られていく時、絶望的な気分になったのを憶えている。


 だけど、骨すらも灰になったはずの彼女は、あの時とまったく変わらない姿で俺たちの前に姿を現した。こんなヤバ過ぎる話を放送日すれば、テレビ番組のアンビリーバボーも速攻で打ち切りになるだろう。


 俺の思考を察したのか、志穂が口を開く。


「やっぱり、あの亜衣ちゃんは偽物で親戚か何かだったとか?」

「そう思いたいところだが」


 俺はティッシュで飛び散ったコーヒーを拭き取りながら続ける。


「偽物が『ねえ、わたしって死んでるの?』なんて送ってくるか?」


 そう言うと、志穂が画面を見たまま動かなくなる。


「どうする、これ?」

「どうするも何も、本当のことを言うしかないんじゃない」

「そうは言うけどよ、『はい、たしかに君は死んでいます』なんてメールを送れるわけないじゃないか」

「それはそうだけど……」


 志穂が困った顔になっていると、これから学校へ行く愛翔あいとが口を挟む。


「二人とも何ケンカしてるんだよ。俺は学校に行ってくるよ」

「おう、分かった。俺と母さんはいつも仲良しだから安心して行ってこい」


 面倒くさくなりそうだったので、反論はせずにさっさと息子を送り出した。自分の息子ながら、結構しっかりした奴だ。


 息子の名前は「亜衣」を「愛」に変えて、夜見川の「翔」とくっつけた。夜見川は知らないだろうが、ウチのちょっとした秘密だ。志穂とちょっとしたイタズラ心でそんな名前にした。表向きには別の由来があることにしてはいるが。


 それにしてもあれから二十五年か。早過ぎるよ。どれだけ時間が経つのが早くなるんだ。


 そんなことを思っていると、志穂がまた口を開く。


「今すぐに返事をしないといけないわけじゃないし、じっくり考えてから返信してみれば?」

「まあ、たしかにそうだな。相手が相手だけに」


 口には出さないけど、俺がやり取りをしているのは幽霊かもしれないわけだ。そっくりな親戚? バカな。あんなクローンレベルの似た人間が存在してたまるか。加えて俺たちしか知らないはずの情報まで知っているんだぞ。もし違う奴だったら、この世界はAIか何かが無限増殖して作った仮想現実に違いない。それで本当の俺はマトリックスみたいにチューブで繋がれていて……って待て。頭が混乱しておかしくなっている。


 これはホラーなんだろうか? いや、相手は悪霊じゃないしな。でも、明らかに死んだ友達なんだけど、やっぱりそこを加味するとホラーなんじゃないか? ああ、もう。いちいちややこしいな。


 ……とにかく、落ち着こう。今日は仕事もある。動揺してミスしたら大変だ。


 ああ、しかし、こんな状況で集中なんか出来るのか。ヤフー知恵袋でも使って相談したい。でも、「釣りは他でやって下さい」とか言われてしまうんだろうな。


 とにかく、出社しなきゃ。

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