第6話 世界を支える技術
石碑の前に立つと、胸の奥がざわついた。
灰哭の谷の最深部。
崩れかけた遺構の中心に、その石碑はあった。
刻まれているのは、複雑で古い刻印。
今の時代では使われていない形式だ。
「……理屈は分かるのに」
ミュゼが唇を噛む。
「魔力の流れが、多すぎる。
単なる強化じゃない。
これは……」
言葉を探している間、
俺は無意識に石碑へ手を伸ばしていた。
「アルト?」
リゼアの声が、少しだけ緊張を帯びる。
触れた瞬間――
視界が、白く染まった。
音が消え、
重さが消え、
ただ、流れだけが見えた。
石碑に刻まれた線。
周囲に漂う魔力。
そして――リゼアとミュゼの“在り方”。
剣を振るための身体。
思考を組み立てるための頭。
それぞれが、自然と最適な形を求めている。
俺は、それを――邪魔していない。
ただ、足りない部分を埋め、
余分な力を逃がし、
流れを整えているだけだ。
気づいた時、
視界は元に戻っていた。
「……今、何をした?」
ミュゼが、信じられないものを見る目で俺を見る。
「俺は……」
言葉が、自然に出てきた。
「刻印を、作ってない」
二人が、息を止める。
「正確には……
刻印が“なりたい形”になるのを、手伝ってるだけです」
沈黙。
最初に口を開いたのは、ミュゼだった。
「……調整士」
「え?」
「古代の呼び名よ。
刻印術師でも、魔導士でもない」
彼女は、震える声で続ける。
「英雄を前に立たせるために、
世界の歪みを裏側から整える者」
石碑の文字が、淡く光る。
そこに刻まれていた言葉を、
ミュゼが読み上げた。
「――英雄は一人では成立しない。
支え、整え、壊れぬよう見守る者が必要だ」
リゼアが、ゆっくりとこちらを見る。
「……アルト」
その目は、もう迷っていなかった。
「あんたの才能は、
誰かの上に立つためのものじゃない」
彼女は、剣を下ろす。
「私たちが、前に立ち続けるためのものよ」
胸の奥が、静かに満たされていく。
俺は、戦えない。
でも――無力じゃない。
逃げてきたと思っていた。
後ろに立つことを、弱さだと思っていた。
違った。
俺は、最初からここに立つために生きてきた。
「……お願いします」
自然と、そう言っていた。
「俺に、支えさせてください」
リゼアは、笑った。
「今さら何言ってるの」
ミュゼも、やれやれと肩をすくめる。
「もう、とっくに運命共同体よ」
石碑の光が消え、
谷に静けさが戻る。
だが俺たちは知っていた。
この才能は、
決して表に出てはいけない。
英雄を名乗る者たちに、
狙われる力だということを。
――英雄の影は、
もうすぐ、こちらへ伸びてくる。
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