第14話 選択肢が消える場所

 その日の午後、中央から正式な通達が届いた。


 紙一枚。

 だが、内容は重い。


「勇者の判断を尊重し、現地の裁量に委ねる」


 美しい言葉だ。

 責任を、丁寧に切り分けた文章。


 ――つまり。


 失敗した場合、

 責任を負うのは、

 ここにいる二人だけだ。


「来ましたね」


 テファニアは、書面を一読すると机に置いた。


「これで、中央は一歩引いた“ふり”をする」


「次は?」


「結果待ちです」


 淡々とした声。


「村が安定すれば黙認。

 不安定になれば、“勇者の判断ミス”として介入する」


 俺は、紙を見つめた。


「……あんたの名前は、どこにも出てないな」


「当然です」


 即答。


「支配者は、失敗の前に姿を消します」


 冗談のようで、冗談じゃない。


「つまり」


 俺は言葉を選ぶ。


「この村が壊れたら、

 責められるのは――俺だけか」


「はい」


 はっきりした肯定。


 胸の奥で、何かが固まった。


 前世と同じ構図。

 決めないことで逃げてきた結果、

 最後に責任だけが残る。


「……なあ」


 俺は顔を上げる。


「これは、あんたの計算か?」


 テファニアは、すぐには答えなかった。


 少しだけ、間が空く。


「半分は」


 珍しい言い方だった。


「残りの半分は?」


「成り行きです」


 それが、正直な答えだった。


「あなたが拒否しなければ、

 私はこの構造を維持できた」


「俺が拒否したせいで?」


「ええ」


 否定しない。


「あなたが“選ばされる勇者”でいる限り、

 支配は安定していました」


 痛いほど、理解できる。


「でも、あなたは拒否した」


 視線が、真っ直ぐ刺さる。


「だから今、中央は退き、

 村は揺れ、

 私も迷っている」


 沈黙。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


「……俺は、あんたを困らせたいわけじゃない」


「分かっています」


「正義を振りかざしたいわけでもない」


「知っています」


「それでも、こうなった」


 テファニアは、小さく頷いた。


「ええ。

 だから、もう戻れません」


 戻れない。


「この村は、

 “決めない勇者”と

 “迷わない支配者”で成り立っていた」


 一つ、札を裏返す。


「今は違う」


 次々と、札が裏返されていく。


「決める勇者と、

 迷う支配者」


 最後の一枚が、裏返った。


「この構図は、長く持ちません」


 はっきりとした断言。


「近いうちに、

 何かが起きます」


「中央か?」


「中央か、

 村か、

 あなた自身か」


 逃げ道が、完全に塞がれた。


「……なあ、テファニア」


 声が低くなる。


「もし俺が、

 最終的に“選ばない”と決めたら?」


 彼女は、静かに俺を見た。


「その時は」


 一拍。


「この村を、捨てます」


 言い切り。


「私が?」


「私が」


 迷いはなかった。


「あなたが選ばないなら、

 私は支配者でいる理由を失う」


 胸が、強く締めつけられる。


「それは、脅しか」


「事実です」


 感情ではない。

 論理だ。


「あなたは、

 逃げる自由を持っています」


 彼女は続ける。


「でも、その自由は、

 必ず何かを壊す」


 それが、最も残酷な現実だった。


 前世では、

 逃げても、

 誰かが代わりに壊れただけだった。


 だが、今は違う。


 壊れるものが、

 目の前にある。


 村。

 人。

 そして――彼女。


「……最悪だな」


 小さく呟く。


「ええ」


 彼女は、初めて同意した。


「だから、これは最終局面です」


 14話の終わりにふさわしい言葉。


「次にあなたが選ぶのは」


 視線が、逃げ場を許さない。


「勇者としてか、

 一人の人間としてか」


 そのどちらでも、

 もう、

 何も選ばないという選択は残っていなかった。

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