第11話 選ぶ立場に立たされる

南側の巡回は、想像以上に静かだった。


 争いも、反発もない。

 あるのは、整いすぎた日常だけだ。


 村人たちは俺を見ると頭を下げる。

 だが、視線の奥にあるのは畏怖ではない。


 ――安心だ。


 それが、嫌だった。


「勇者様」


 年配の男が声をかけてくる。


「本日の判断を、いただきたい」


「判断?」


 男は、一枚の札を差し出した。


「用水路の補修です。

 西を優先するか、南を後に回すか」


 そんなもの、現場で決めろ。

 そう言いかけて、止まる。


 ――ここでは、俺が決める役割になっている。


 周囲の村人たちが、

 俺の言葉を待っている。


 あの視線。


 かつて、会社で見たものだ。

 責任を押しつけるための、期待。


「……西でいい」


 根拠はない。

 ただ、早く終わらせたかった。


「承知しました」


 即座に動き出す。


 誰も疑問を挟まない。


 その異常さに、背筋が冷える。


 巡回を終え、戻る途中、

 テファニアと合流した。


「順調そうですね」


「……俺、決めてた」


「はい」


 当然のように頷く。


「南の案件は、あなたに回しました」


「最初からか」


「ええ」


 悪びれもなく。


「なあ」


 足を止める。


「これ、逆じゃないか」


「何がです?」


「支配してるのは、あんたのはずだ」


 彼女は、少しだけ目を細めた。


「支配とは、

 すべてを決めることではありません」


「じゃあ何だ」


「決める“位置”を与えることです」


 胸が、重くなる。


「あなたが判断したことで、

 村は一つ動いた」


 淡々とした声。


「誰も反発せず、

 責任も、あなたに集まった」


 分かっている。

 だから、言葉が出ない。


「それが、勇者の役割です」


 俺は、思わず笑った。


「……最悪だな」


「最適です」


 即答。


「あなたが表に立てば、

 私は裏で、全体を維持できます」


「俺は盾か」


「ええ」


 否定しない。


「そして、

 盾は自分が殴られていることに、

 一番最後に気づく」


 嫌な沈黙が落ちる。


「……最初から、こうするつもりだったのか」


「いいえ」


 彼女は首を振る。


「あなたが“選ばれなかった”からです」


 その言葉が、深く刺さる。


「選ばない人間が、

 選ばされる立場に置かれた」


 一歩、近づく。


「だから、成立している」


 俺は、何も言えなかった。


 かつて、

 決断を避け続けた自分。


 今、

 決断を求められ続ける自分。


 どちらも、

 彼女の計算の内側だ。


「……なあ、テファニア」


「はい」


「俺が、ここから降りたらどうなる」


 彼女は、迷わなかった。


「村は混乱します」


「勇者がいなくなったら?」


「別の象徴を立てます」


 即答。


「あなたである必要は、ありません」


 胸が、痛む。


 それでも――

 納得してしまう自分がいる。


「ただし」


 一拍。


「今ほど、

 綺麗には回りません」


 それが、

 唯一の“情”だった。


 俺は、空を見上げる。


 選ばなかった男が、

 選ばされる場所。


 逃げれば、崩れる。

 立てば、守られる。


 その構図を、

 彼女は完全に理解している。


 ――俺は、

 勇者として、

 最も嫌な位置に立たされていた。


 そして、

 それが一番、

 彼女らしいやり方だった。

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