ハズレスキル「エンカ上げ」

楠木遥華

第1話 エンカ上げとは

「……エンカ上げ?」


 複雑な模様が描かれた絨毯の上で、僕阿久比あぐい悠介ゆうすけは木製のプレートに書いてあるスキル欄を思わず読み上げた。いや、読み上げてしまったの方が正しいだろう。


 何度目を擦ってもそこには「エンカウント率上昇(常時発動)」と書かれている。

 エンカウント率上昇……通称「エンカ上げ」とは魔物との遭遇率を上げるものだ。


 理屈はわからないけど、道端を歩いているといつもより魔物と出くわす確率が高くなる。魔物の素材を集めたり、この世界で貰えるかは不明だけど経験値を得たりするのには役立つけど、日常生活では不要だ。

 おまけに他のスキルはないし、素のステータスが高いわけでもない。武道なんて授業でやる柔道くらいで、運動神経も悪い僕が魔物に遭遇すればすぐにやられるだろう。


「勇者様、エンカアゲとは何でしょう? 召喚の儀を成功させるために書物を読み漁りましたが、そのような能力の記載はありませんでした」


 綺麗だけどどこか幼さの残る女性の声に顔を上げると、ウェーブのかかった銀髪に水色の目をした美少女がこちらを見ていた。この国の皇女様で、僕を召喚した人だ。


 そう、僕こと阿久比悠介は勇者召喚で異世界に転移したのだ。


 でも、戦う力がない上に唯一のスキルは魔物と遭遇する確率を上げる危険なもの。勇者失格の烙印を押されて国外に追放されるか、危険人物として処刑されるか。扉の前に騎士らしき人が複数立っているから、逃げるのは不可能だ。異世界に来て早々だけど詰みの盤面が見える。


 唯一の救いは相手にスキルの詳細を知られていないことだろうか。いきなり魔王と戦うわけではあるまいし、バトルに慣れていないことを理由にすれば戦闘訓練を受けられるだろう。よし、それしかない。


「実は僕もよくわかってなくて……」

「……」


 僕の反応を怪しいと思ったのか、皇女様が無言でこちらを見つめてきた。非常に整っていて可愛いと美しいの中間くらいの顔立ちの人に見つめられて、僕は思わず目を逸らしてしまう。


「……まぁ、自分の能力を隠すのも一つの戦略ですね。この国が今置かれている状況、勇者様に倒していただきたい敵についてご説明を……」

「フェリシア殿下、緊急事態です!」


 皇女様が説明を始める前に、ノックと同時に扉が開いて騎士が入ってきた。


「何でしょう?」

「北門の兵士から救援要請です。下級魔族一体と魔物の群れが街に向かって真っ直ぐ飛んできています!」

「それは平民には手に負えませんね。第二騎士団の派遣を……」


 皇女様は唐突に言葉を切り、僕を振り返った。なんだか嫌な予感がする。


「いえ、勇者様の実力を拝見したいです。お力添えいただけますか?」

「え? いや、僕は、その……魔物と戦ったことがないので、いきなりはちょっと……」

「でしたら、今回は騎士団の戦いを見学なさってください。我が帝国軍が誇る最強の騎士団をお見せします」

「は、はぁ。わかりました」


 勇者を召喚したのに、戦力としてそれほど期待されてない? 僕としては助かるけど、少し怪しいような気がする。


 僅かな違和感を覚えながら、僕は騎士と共に初めての馬車に乗った。前方の馬車には皇女様が乗っている。周りを囲む馬に乗った人達は皆騎士だ。それが街中を走るから、街の人達を驚かせちゃったかもしれない。

 小窓から少し覗いただけだけど、人々が困窮しているようには見えない。魔王との戦いで疲弊しているのが小説ではありがちだけど、現実は違うのだろうか。他の国を侵攻するために利用するつもりだろうか。それとも、裕福に見えるのはここだけで他は貧しいのか。横を走る馬に視界を遮られながらの情報では、この世界について知ることは難しかった。


「勇者様、到着しました」


 しばらくすると馬車が止まり、騎士が扉を開けて踏み台を用意した。貴族になった気分で馬車を降りると、騎士達は無表情で僕から離れていった。前の馬車から降りた皇女様の指示に従って行動している。五人くらい残った人が僕の護衛のようだ。

 皇女様がこちらへ歩み寄ってくる。


「勇者様、戦いをご覧になるならこちらへどうぞ。大変見晴らしがよいですよ」


 そう言って案内されたのは詰所の監視塔だった。それほど離れていない距離に山々が連なっていて、そのうちの一つから空を飛ぶ生き物が一直線に門を目指しているのが見える。いや、正確には僕がいるところに向かっていた。もしかしてこれが「エンカ上げ」の力だろうか。


「ひっ!」


 鳥ともコウモリとも違う謎の飛行生物に思わず悲鳴が漏れたけど、監視塔に辿り着く前に弓矢や魔法に撃ち落とされる。何故か空飛ぶ人もいたけど、翼に矢が突き刺さり、地面に落ちたところを捕縛された。数十体の魔物が全て狩られるまで十分にも満たなかった。


「それにしても珍しいですね。偵察隊が来ることはあっても街を襲うことはここ十年なかったはずです。勇者様の実力を測りに来たのでしょうか」


 皇女様が不思議そうに小首を傾げる。


「勇者様めがけて飛んでいるようにも見えましたし、何かお心当たりはありませんか?」

「ぅえ!?」


 心当たりしかないけど、言ってしまったらここで人生が終わる気がする。


「その表情、やはりご存じなのですね」

「ぎくっ」

「ご自身の能力を秘匿したい気持ちはわかりますが、街を、そこに住む民を護るためです。教えてください」

「……はい」


 もう逃げられないと悟って、僕はスキル「エンカ上げ」について説明した。


「魔物との遭遇率を上げる……つまり、魔物を誘き寄せることができるということですか?」

「多分、そうだと思います」


 終わったな、僕。危険人物だと街を追い出されて、さっきみたいな奴に食べられて死ぬんだ。神様、もしもいるならどうして僕を選んだんだよ。こんな死しか招かないようなスキルを授けたんだよ。


 絶望と諦観と恨みを覚えたけど、「ふふっ」と皇女様の笑い声がした。驚いて顔を上げると、彼女は喜びを隠し切れないといった顔で言う。


「素晴らしい能力ですね! あぁ、神よ。この勇者様を選んでくださったこと、まことに感謝いたします」


 恍惚とした笑みを浮かべる皇女様は僕を見ているようで見ていなかった。


「そういえば、この世界が置かれている状況について、説明がまだでしたね。実は十年前に我が帝国軍と魔王軍で激しい争いがありました」


 ――その戦いで魔王は死亡しました。


「え?」


 皇女様の言葉に僕は開いた口を閉じることができなかった。

 魔王がいないのに、どうして勇者ぼくが喚ばれたの?

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