ダンジョンカツアゲ

東中島北男

第1話

 ダンジョン。

 五年前に突然世界中に出現し混乱を巻き起こしたそれは、今となっては日常の一部としてすっかり溶け込んでいた。


「おい、昨日のダン通を見たか? 『紅蓮の剣』がついに森宮ダンジョンの五十階を突破したらしいな」

「あー見た見た。マジすげえよなあ。俺らなんかまだ大城ダンジョンの草原でヒイヒイ言ってんのに」

「タイムラグがあるし、今頃は五十五階に挑戦してるかもな。やべーわ」


 何の変哲も無いただの高校である県立森宮高校の一年一組の教室の休み時間でも、こうして俺の目の前でダンジョンの話が出る程度には一般的だ。


「大城ダンジョン? お前ら、いつの間にダンジョンに行ってたんだよ」

「先週末だな。科津が忙しいとか言ってすぐ帰った日だ」

「バイトだっけ? なんかずっと忙しそうだよな」


 俺の質問に淀橋が答え、深江が憐れみの目を向けてくる。俺は別にバイトなどやっていないが、忙しい言い訳としてバイトを頑張っていることになっていた。


「あー、まあな」


 高校生になればアルバイトが解禁され、自由な時間をそちらに注ぎ込む学生は多くいる。

 バイト、部活、遊び、勉強。それらが一般的な高校生の放課後の過ごし方だっただろう。しかしダンジョンが出現したことでそれが一変することになる。

 明確な罰則こそ定められてはいないものの、義務教育期間中にダンジョンに行くのはやめておきましょう。そういった風潮は根強いものがあり、中学生の内からダンジョンに挑戦するのはどこへ行ってもあまり良い顔はされない。よってダンジョン探索もまた高校生になると解禁されるということであり、この二人も高校へ入学して二ヶ月経ってついにそちらへ一歩踏み出したというわけだ。


「今日は森宮の一階を軽く見て回ろうと思ってるんだが、どうだ? 科津も」

「今日……悪い、今日も駄目だわ」

「マジか。ちょっと……シフトだっけ? 減らした方が良いんじゃねーの」

「俺もそうしたいんだけどな」


 俺がどれだけ嫌がっても客が来るのだから仕方ない。俺しか対応できない以上、客が来るなら俺が出勤するしかないのだ。

 その後は残りの授業を聞き流し、放課後になると淀橋と深江に見送られて足早に帰宅する。ただ家から近いというだけの理由で進学先を選んだだけあって、ものの五分もあれば家に到着だ。

 同じような一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街だが、日本三大ダンジョンの一つである森宮ダンジョンができたことで、この辺りの地価はなんと下がるどころか右肩上がりらしい。両親が家を売るだのまだ売らないだのと話していたが、一体どうなることやら。


 家に入っても中は薄暗く物音も無い。我が科津家の子供は俺一人であり、両親は共働きで帰ってくるのは夜遅く。出張や泊まり込みで帰ってこないこともザラであり、俺はいわゆる鍵っ子というやつだった。加えて両親が二人とも仕事大好きな放任主義ということもあって、俺はずっと寂しく過ごし……などということはなく、自由な環境を存分に満喫していた。


「ただいまーっと」

「おかえりー。やっぱり今日来てるよー」

「ああ、何とかの剣だっけか」

「よくわかんないけど四人いるね」


 二階に上がり自室のドアを開けると、我が家ではなく我が部屋の居候であるマキアは、ベッドの上でだらしなく寝そべり漫画を読んでいた。

 長い銀髪と金色の瞳が特徴的な十五歳前後に見える美少女が、ぶかぶかのTシャツとハーフパンツというラフな服装で俺のベッドに寝転んでいる。意味のわからない光景だが、ここ数ヶ月ですっかりお馴染みとなっていた。


「…………ううむ」

「どしたの? 早く行ってよー」


 くそ。俺の部屋で、俺のベッドの上で、さらに俺の服を着て、全力でくつろいでいやがる。もはや占拠されたも同然だ。

 だが俺はマキアの命令に逆らえない。


「はいはい。何階?」

「五十四。でもすぐに降りそう」

「じゃあ五十五でやるか」

「行ってらー」


 マキアに送り出されてタンスの中に入った。ここにはマキアが開けたダンジョン直通のワープゲートがある。

 それも、人類未踏のはずの森宮ダンジョン最下層行きだ。


「はー、面倒臭い。なんでわざわざここに来るかね……」


 森宮ダンジョンは入り組んだ迷宮型のダンジョンで、最下層はなんと地下七十七階だ。

 最終フロアに相応しく、精緻な彫刻が施された柱が立ち並ぶ広い空間で、見るからに荘厳な雰囲気が漂っている。そしてフロアの中央では、これまた複雑な彫刻の台座の上に、巨大な結晶が煌々と輝いていた。


 そんな広い部屋の隅っこに用意したハンガーラックに向かい、そこでこれからモデルチェンジだ。

 まずは制服を脱いでパンツ一丁になり、ダボダボのジーパンと白いタンクトップを着る。

 コーディネートはここで一旦止めて、次は髪に手を入れる。


「これがいちいち金かかるんだよなあ。落とすのも面倒だし」


 ワックスをたっぷり使って髪をワサワサと逆立てた後、ビニールのポンチョを羽織ってからヘアカラースプレーを惜しみなく噴射して金髪にする。このままだと眉毛が少々野暮ったいが、顔の上半分は隠すので問題無い。


 髪が終わったら虎の刺繍が施されたスカジャンを羽織って服装は完成。普段は絶対着ないチンピラファッションだ。

 もちろんネックレスや指輪等のシルバーアクセサリーを装備することも忘れない。本当はジーパンを腰履きしたいところだが、さすがにこれからすることを考えると難しいので妥協するしかない。

 鏡で全身を確認して、バッチリ決まっていることを確認。印象が変わり過ぎていてどう見ても元の俺とは別人だ。


「よし、完璧だ」


 最後に安物の香水を手首に吹き付けて首筋に塗り込み、顔の上半分を覆う狐のお面を被って部屋を出る。これから俺がやる事は紛れもなく犯罪なので、とにかく身元を隠す必要があるのだ。そのために俺は全力で謎のチンピラに扮することにしている。

 背筋も少し曲げて姿勢を悪くし、足をガニ股気味にして踵を擦る様にだらしなく歩く。足運びや重心がどうたら言って正体を見抜く達人が現れる可能性までケアした渾身の演技だ。


 正規のルートで最下層から上がると時間が掛かり過ぎてしまうので、隠し階段を上って五十五階まで直行する。

 マキアの話ではもうすぐ五十四階から降りてくるとのことだったので、五十五階のスタート地点まで向かえば……いた。

 男二人女二人という珍しい構成の探索者パーティーだ。装備を見るに男が前衛、女が後衛を担当しているのだろう。通路の影に隠れて様子を窺う。


「よしっ、これで五十五階到達だ……!」

「ああ! やったな! ついに人類未踏エリアだ!」

「それよりさ、ちょっと休憩しない? せっかく広い部屋なんだし」

「いきなり休憩って。ったく、ちょっとは浸らせろよな」

「でもここまで連戦が続いて疲れました……」

「羽倉さんが言うなら休憩にするか」

「ちょっとー、どういう事よー」


 パッと見た感じでは大学生から新米社会人ぐらいの年齢だろうか。和気藹々と談笑しているようだ。

 新しい階に下りて警戒していたであろう男が、抜いて構えていた剣を鞘に戻した。あれはなかなかの業物だ。

 さらにもう一人の男が持つ槍も一品物だろう。何かしらの特殊な効果があるように見える。


「行くか」


 通路の脇から部屋の中に入る。できるだけ堂々と、偉そうに。そしてダルそうに。

 遠慮なく足音を立てているので、当然気付かれてしまう。彼らは一斉に立ち上がって身構えた。


「っ……モンスター……じゃない? 人?」

「なんか、不良みたいな……」

「なんだあの格好は!? ここは森宮ダンジョンの五十五階だぞ!?」


 彼ら四人は全員がファンタジー感バリバリの鎧やローブを着ているのに対し、俺はダルダルのヤンキーファッション。驚かれるのも無理はない。

 ついには武器まで構えた彼らに対し、俺は馴れ馴れしくいつものセリフを言ってやるのだ。


「よう兄ちゃん。良い武器持ってんなあ?」


 さあ、ダンジョンカツアゲだ。

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