第32話:水重と進化の兆し


 箸を入れると、外は香ばしく、中はふっくらと柔らか。口に運べば、甘辛い秘伝のタレと水龍の脂が絶妙に絡み合い、ほろりとほどける食感が広がる。


 その下には、つやつやと炊き上がった赤月花の種子。タレがしみ込み、ひと口ごとに旨みが増していく。鬼山椒をひとふりすれば、爽やかな香りがアクセントとなり、味わいに奥行きを与えてくれる。


 メグーちゃんは黙々と食べながら、どこか居心地悪そうに視線を泳がせていた。だが、口元には微かな笑みが浮かんでいる。


「く、悔しいけど…美味しいわ」


 メグーちゃんが銀髪を揺らしながら、水龍から生み出したアイテムを頬張っていた。そんな彼女の様子を横目に、ミリアリアさんが私に尋ねてくる。


「アニー、どうだ?」

「は、はい!確かに、水龍が生み出せるようになっています」

「ふむ…水龍もグリフォンのように従順であれば、この船から乗り換えるのも良いかもしれん」

「確かに、水龍の方がはるかに速そうです」


 私が生み出したグリフォンは非常に従順だった。仲間を襲うこともなく、ただ命令に従うだけ。しかし、その瞳は虚ろで、まるで魂が入っていないかのようだった。その空虚さが、どこか不気味で、恐怖を呼び起こす。


 そう…虚ろな。


「あれ?」

「クルル?」


 私がグリフォンに視線を向けると、不思議そうに鳴いた。その声には、どこか感情のようなものが宿っていた。


「おい…このグリフォン…まだ消えねェぞ」

「それどころか…まるで意思があるかの様子だ」


 ミリアリアとオーグも異変に気付く。これまでのグリフォンは、戦いが終われば霧のように消えていた。だが、今目の前にいるグリフォンは、まるで生きているかのように、仲間の動きを目で追い、翼を震わせていた。


「アニーさん、スキルが強化されたのでは?」

「え、み、見てみます」


 ケビンの言葉に、私は慌ててスキルを空発動させる。すると、グリフォンだけ「飼育」の選択肢が現れた。水龍との戦いでは気づかなかったが、どうやら私は戦闘時、飼育のためにグリフォンを生み出していたようだ。


「なるほど…つまり、地龍や水龍も、グリフォンのように飼育できるかもしれんということか。これは興味深い」

「飼育のためには、何度か…呼び出さないとダメかもしれませんけど」

「どういうことだ?」

「グリフォンしか飼育で生み出せないです」

「む?」


「もしかすると、グリフォンは、これまでの戦闘で何度か呼び出したから、飼育できるようになった気がします」

「なるほど…ふむ」


「それで、こいつ、どうするの?」

「うーむ」


 メグーの問いに、ミリアリアはグリフォンを見つめる。


 その視線に怯えたグリフォンは、翼を垂らして私の背中に隠れようとする。だが、その巨体が私を隠せるはずもなく、ただ必死に身を寄せてくる。


「私、まだ食べられるわ。ケビン」

「え、えっと」

「アイテムに換えて」


 そんなグリフォンの様子が気に入らないのか、メグーはケビンへ言い放つ。

 

「クルルル!!!」


 背後から響く怯えた声。そんなグリフォンの様子を見て、オーグが眉をひそめる。


「おい…何だかァ、可哀そうだぜェ」

「え?」

「ん?」

「は?」


 私達は驚きを露わにした。

 

「な、何だァ、てめェら!?」

「いや、オーグから、そのような言葉が飛び出すとは思わなくてな」

「気持ちわるっ!」


「てめェ!メグー!気持ち悪いとかいうんじゃねェ!!」

「で、どうするの?連れてくの?」


 メグーはオーグの猛抗議を無視して、ミリアリアへ尋ねる。


「そうだな…大人しい様子だ。このまま連れて行くのも構わんだろう。水の上では戦力になる」

「でも、この先、グリフォン程度の魔物は邪魔になるわよ」


 メグーちゃんの言葉は冷静で正しい。

 今の私でも、グリフォンを倒すことは難しくない。この先、グリフォンを連れて行くことが、むしろ足枷になる可能性は高い。


「クルル!クル!」

「え?成長すれば…進化して…もっと強い魔物になれる?」


「アニーさん!?言葉が!?」

「チンチクリン、グリフォンの言葉が分かるのかァ!?」

「え、あ、はい…何となく」


「す、すごいですね…」

「ふむ。これは興味深いな」


「クルル!」

「私のために頑張るだそうです」


「アニー」

「はい?」


「グリフォンが言った進化とは、何のことかわかるか?まずは、自分のスキルを確認してもらいたい」

「え…えっと…あ!スキルが増えています!…まだ、使えないみたいですけど、確かに、グリフォンが強くなれば、スキルで進化させられそうです!」

「なるほど、アニーの成長にも繋がりそうだ。グリフォンを連れて行くことにしよう」

「クルルルル!!」


 ミリアリアさんが決定を下すと、グリフォンは嬉しそうに翼を羽ばたかせる。そんなグリフォンの様子を不服そうに見つめるメグーは言う。


「ま、良いんじゃない。それで、こいつの名前はどうするの?」

「名前?」


「ずっと、グリフォンって呼ぶの?」

「確かに、メグーの言う通りだな。アニー、何か良い名前はあるか?」

「え、私ですか?えっと…」


 私はグリフォンへ視線を向けると、目を輝かせて私を見返す。


「クルル?」

「…クルルというのはどうですか?」


 ケビンが助け舟を出してくれる。


「おい、アンポンタン、安直すぎるだろォ」

「え、ダメですかね?」

「鳴き声を名前にすんのは、センスねェぞ。ほれ、グリフォンを見てみろォ」


 ケビンがオーグに言われてグリフォンへ視線を向けると、不服そうに嘴を鳴らしていた。


「非常食で良いんじゃない?」


メグーが言う。その響きに、グリフォンが震える。


「ひじょうしょく?」

「そう」


「あの、メグーさん」

「何?」


「それって、非常時の非常に、食べるの食で、非常食ですか?」

「ええ、そうよ」


「クルルルル!!!!」


 グリフォンは慌てて私の背後に再び隠れる。すると、そんなグリフォンをメグーがギロリと睨む。


「ちょっと!お母さんに甘えすぎ!離れて!」

「でも、メグーちゃん、それはあんまりな名前だよ」


「それじゃ、お母さんは、どんな名前が良いのよ?」

「え、えっと…グリフォンだから…グリー」


「アンポンタンと言い、チンチクリンと言い…ひでェ名前のセンスだな」

「だが、ケビンの時とは違って、グリフォン…いや、グリーが喜んでいるぞ」


「クルルルル!!」


 どうやら、グリフォンの名前はグリーで決まったようだ。

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