第23話:農民、翼を折る


 私は静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 そして、私は自分のスキルを空発動させた。脳裏に浮かぶのは、これまでに得た力の一覧。そしてその中に、見慣れぬ名が刻まれているのを見つけた瞬間、胸の奥が熱くなる。


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ジャックス・ビーンズ

地龍

グリフォン

赤月花

奈落草の種

ガーリック

リンゴ

ローズマリー

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「あ、あの…グリフォンが、う、うみ、生み出せるように、なって、います」


 声が震えないように、私は一度呼吸を整えてから、ミリアリアさんに報告した。彼女の金髪が、朽ちた柱の隙間から差し込む淡い光に照らされ、まるで神話の中の女神のように輝いて見えた。


 あの猛禽を倒した記憶が蘇る。羽ばたくたびに巻き起こる突風、鋭い爪とくちばし、そして何よりもその眼差しの鋭さ。だが、私は確かにそれを倒した。自らの手で討ち取った魔物は、スキルとして召喚可能になる。そして、呼び出された魔物は、どれほど凶暴であっても、召喚者には忠実に仕えるという。


 つまり——


「グリフォンを生み出せば、頼もしい相棒となるかもしれんな」


 ミリアリアさんが静かに言う。彼女の声には、王族のような威厳と、剣士としての冷静な判断が滲んでいた。


「つうことはだ。チンチクリンが地龍を呼び出せば、大人しく従うんじゃァねェか?」


 オーグが赤い肌を揺らして笑う。拳で戦う彼の言葉には、どこか挑発的な響きがあった。


「どうかしらね。お母さんにだけ従順で、私達には牙を剥いてくるかも」


 メグーちゃんが銀髪を揺らしながら、どこか遠くを見るように呟いた。彼女の声は、まるでこの神殿に漂う霧のように静かで、しかし確かな重みを持っていた。


「確かに、メグーの言う通りかもしれん。魔物を武器とするのは控えた方が良さそうだ」


 ミリアリアさんが頷く。彼女の目は、ただの仲間を見るそれではなく、何かを背負う者の覚悟が宿っていた。


「それで、お母さん、どう?」


 メグーちゃんの素朴な声に、私はふと我に返る。


「うん…何だか力強くなった…気がする」


 私は足元に転がっていた砕けた大理石の破片を拾い上げる。ひんやりとした感触が手に伝わる。試しにそれを片手で握りしめると、パキリ、と乾いた音を立てて砕けた。粉になった石片が指の隙間からこぼれ落ちる。


「うむ…確かに、肉体が強靭になったようだな」


 ミリアリアさんが感心したように頷く。


「チンチクリンから、ちょっとチンチクリンに変わった程度だがなァ」


 オーグのからかいに、メグーが抗議する。


「ちょっと、オーグ、お母さんのこと、悪くいったら許さない」


「けっ!」


 そんなやり取りに、私は思わず笑ってしまった。けれど、心の奥では確かな実感があった。私は変わった。グリフォンを倒したことで、確かに私は強くなったのだ。


「あ、あの…」


 その時、ケビンさんが小さな声で口を開いた。湿った空気の中で、その声はかすかに震えていた。


「ぼ、僕も、その…魔物を倒して強くなりたいです」


「お主はダメだ」

「何かヤダ」

「アンポンタンは引っ込んでろォ」


 容赦ない言葉が飛び交い、ケビンさんは肩を落とした。彼の地味な服装が、より一層その存在を霞ませているように見えた。だが、彼の目の奥には、確かに何かを求める光が宿っていた。


「さて、グリフォンのように、そこまで脅威でない魔物であれば、アニーに任せるとしよう。アニーの強化は天使の零落の攻略に大きく貢献するだろう。メグーの補助なしで、グリフォンぐらいの魔物が倒せれば、少なくとも1層の魔物と十分に戦えるようになるはずだ」


「まァ、異論はねェぜ、姉御」


 ミリアリアさんの言葉に、私は思わず息を呑んだ。グリフォンですら「そこまで脅威でない」と言い切る彼女たち。地龍をも倒す彼女たちにとっては、確かにそうなのかもしれない。


 だが、それでも——


 私の胸には、確かな熱が灯っていた。農民という、戦うことを許されぬロールを与えられ、夢を諦めかけた日々。けれど今、私はその枠を超えようとしている。私は、強くなれる。


「は、はい!が、がん…頑張ります!」

「うむ。いい返事だ」

「お母さん、無理はしないで」

「うん、メグーちゃん、ありがとう」


 私たちは、苔むした石畳を踏みしめながら、天使の零落の奥へと歩を進めた。赤い花が足元で揺れ、すすり泣くような水音が、どこかでまた響いた。


 ふと、背後に気配がないことに気づく。振り返ると、ケビンさんが立ち尽くしていた。拳を握りしめ、何かを噛みしめるように。


「ケビンさん?」

「…あ、はい!すみません。ボーっとしていました」


 私達は、ケビンさんのことを勘違いしていた。

 それは、この後すぐに理解することとなる…

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