第21話:すすり泣く神殿、香る皿

 

 白い皿の脇に添えられた、スプーンのような形状の道具。

 

だが、その質感は金属ではなく、どこか有機的で、まるで古代の神官が儀式に使っていた聖具のような雰囲気を漂わせていた。


 メグーはそれを指先でそっと持ち上げると、皿の上にドーム状に盛られた種子の山へと差し込んだ。


 その瞬間、神殿の空気の湿った空気が一変し、香ばしい香りが支配する。

 

 スプーン状の道具に触れた種子は、パラリとほぐれ、雪崩のようにその上に落ちていく。粒の一つひとつが、まるで命を持っているかのように輝いていた。刻みネギの鮮やかな緑、ふんわりとしたコカトリスの卵の黄色、そして地龍の肉から滲み出る深い旨味。それらが絶妙なバランスで混ざり合い、メグーがひと口頬張ると、香ばしい奈落草の種子油とガーリックの香りが神殿の重苦しい空気を一瞬だけ塗り替えた。外はパリッと、中はふっくら。噛むたびに広がる旨味の波に、彼女の表情がぱっと華やぐ。

 

「お、おいひい!」


 頬に手を添え、目を輝かせながらメグーが叫ぶ。その声は、すすり泣くような水音に混じって、神殿の奥へと吸い込まれていく。先ほどまで禍々しく思えた赤月花の存在も、今ではその印象が薄れ、ただの美しい花のように見えてしまう。だが、その危険性が消えたわけではない。私は、目の前の花の赤が血に似ていることを思い出し、眉をひそめた。

 

「ふむ…アニーよ。どうだ?」


 ミリアリアが静かに問いかけると、アニーは少し緊張した面持ちで頷いた。

 

「はい…確かに、赤月花が生み出せるようになっています。あと、ケビンさんからお願いされた品々も」


 アニーの脳内に軽快なラッパ音が鳴り終えると、彼女は自分のスキル一覧を確認しながら言葉を続けた。メグーが食べたことで、スキルが拡張されたのだ。その事実に、アニーは驚きと同時に、メグーの存在がいかに特異であるかを改めて実感する。彼女の力は、ただの妖艶な美しさにとどまらず、周囲の能力にまで影響を及ぼす。利用しようとする者が現れても不思議ではない。

 

「…赤月花ですが、さっきの種子が伸びた状態、め、目の前にある状態で分けて生み出せるみたいです。これって、もしかすると、ぶぶ、ぶ、武器になりますかね?」


 アニーの声には、希望と興奮が混じっていた。ミリアリアは目を細め、柱の陰に咲く赤月花を見つめる。

 

「アニー、お主はセンスがあるな。うむ、確かに…地龍を一飲みにしてしまう花だ。うまく利用できれば強力であろう」

「やった!」


 アニーの顔がぱっと明るくなる。農民である自分が、戦闘に役立つスキルを持てるとは思っていなかった。だが、植物を操る力があれば、戦場での役割も変わるかもしれない。地龍を武器に…いや、それはさすがに無理か。だが、赤月花ならば、可能性はある。

 

「お母さん、嬉しそうね」


 メグーの声に振り返ると、彼女はチャーハンを食べ終え、わずかに背が伸びていた。神殿の薄暗い光の中で、銀髪がほのかに輝き、彼女の存在が幻想的に映る。だが、彼女は素っ裸になることなく、アニーが渡した衣服をそのまま身にまとっていた。その姿に、アニーは安堵の息を漏らす。

 

「やはり、大きな変化はないか」

「ここまで成長すると、ちょっとやそっとじゃ、姿が変わらないわよ」

「ふむ」

「それよりも、お母さん、スキルが増えたの?」

「うん、アニーちゃん、ありがとう」

「そう」


 メグーは短く返事をするが、その瞳には確かな喜びが宿っていた。神殿の空気は依然として重く、すすり泣く声が遠くから聞こえる。だが、今この瞬間だけは、彼らの間に静かな希望が灯っていた。


「ふむ。では、行こうか。オーグ達を待たせても悪い」

「はい!」


 アニーの声が神殿に響き、ひび割れた柱の間に、彼らの足音が重なっていく。血のような赤い花が、静かに揺れていた。

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