海底に沈んだ恋

だっこしろくるみゆ

休止発表

アイドルグループ、レイダーズのセンター『加納拓海』の活動休止が発表されたのは、ツアーライブラスト会場での新曲発表の直後だった。明らかに先程と違う張り詰めた空気に、私も違和感を感じた。ファンの歓声がしぼみ、空調の音がやけに耳につく。彼が「大事なお知らせがあります。」と言った時、客席からは脱退を危惧する声で包まれた。グループ内で一番の人気を誇る彼だ。若い女性ファンの中には泣き出す子もいた。「必ず戻ってくるよ!約束!」彼が『拓海スマイル』を見せると、拍手の嵐が巻き起こった。ペンライトやスポットライトが彼の担当カラーの赤色で染まった。波のように揺れるそれは、血の海みたいだった。


「拓海休止だってね。」

隣を歩いている美帆がぽつりと呟く。すっかり日が落ちて暗い、駅までの道。街灯の明かりで彼女の横顔が白く光る。冷たい風が頭上に結ばれた萌葱色のリボンを揺らした。……いや。揺れているのは、彼女が小刻みに震えているからだった。ネイルで彩られた長い指で顔を覆う。

「大丈夫?ちょっと座ろうか?」

近くにある木製ベンチへ美帆を導こうとすると、彼女は小さくかぶりを振った。そして、操り人形の糸が切れたみたいに、ぶらりとその手を垂れ下げた。

「ふっ、はは。あはははは!」

同じく駅に向かう最中であろう、周りのレイダーズファン達がぎょっとしてこちらに振り向く。

「美帆、人いるって!」

私が彼女の口を塞ぐと、ようやくその不気味な笑い声を止めてくれた。しかし、顔には堪えきれない笑みが広がっている。

「ねえ、これ夢じゃないよね?あいつが居なくなったらさ、新太がセンターじゃん!最高……。」

ため息を漏らし、うっとりした表情でペンライトを掲げた。私の友人、夕凪美帆は、元センター鮫島新太のファンであり、現センター加納拓海のアンチだ。

「よーし、今日はお祝いだー!ゆら、オールでカラオケでも行こ!」

いくらなんでも不謹慎だと思った。でも、私はそれを口に出せなかった。彼女を傷つけるかもしれない言葉なんて言えないから。

「分かった、行こう!」

そう言った私の顔にも、彼女と同じ笑顔が浮かんでいただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る