第3話 ドラゴンとの交渉は命がけです


 俺は黒白の制服を着たまま、魔王城の外へと駆り出されていた。

 ――あーあ、何やってんだろ、俺。あのロリっ子魔王、ドラゴンの卵を持ってこい、だってよ……


 いっそ、適当な鳥の卵に、ペンで「ドラゴンの卵」って書いて渡そうかな?

 ……いや、やめよう。卵焼きじゃなくて執事焼きができちまう。


「とはいえ……俺、勇者でも何でもないからなぁ。」


 そう、俺はただのハイエナ転移者。

 他人が残したものを漁るしか能のない負け組なのである。

 そんな俺が、ドラゴンの卵をかっさらってこいと? しかも1時間で? おいおい冗談よせよ。何も面白くねぇって。フューレは俺を殺す気か?


 あああ、逃げたい! このままどこか遠くに!

 でも1時間したら、俺の匂いをしっかり記憶した炎の犬が追っかけてくるよな。駄目だ、生き残る方法を考えないと。


「とりあえず、あれが火山か」


 魔王城は、険しい峡谷の果て、一番高いところにあった。

 遠くに、先端が真っ赤に染まった巨大な山がある。

 あれが火山だろう。そして話によれば、ドラゴンが住んでいるらしいです。

 はぁぁ……。どうせ手ぶらで帰ったら殺されるんだ。死ぬ気でドラゴンに突っ込んで、卵を取ってこれないだろうか。


 ……と、思っていたのだが。

 俺が何とか火山のふもとまでたどり着くと、たまたま見つけた洞窟の入り口に、こんな看板が刺さっていた。


『ドラゴンの巣 現在子育て中 立ち入り厳禁』



 えぇ……ドラゴンって人の言葉を使えるんだ……

 って、え? 子育て? 卵は? 孵化してない卵は!?




 立ち入り禁止と書いてあるのにもかかわらず、衝動的に洞窟の中へ入ってしまった俺。

 ハァハァと息を切らしながら進むと――その最奥には、巨大な空洞があった。

 くぼみに溶岩がたっぷりと溜まっており、上を見上げれば火口がぽっかりと開いている。


 そして、溶岩に浮かんだ岩の上に――真っ黒なドラゴンが座っていた。

 体当たりしただけで家が壊れそうな巨体。鋭い瞳は、睨んだだけで人を殺せそうだ。

 そんなドラゴンは、腕に黒いトカゲのような生き物を抱いている。

 もしかして……赤ちゃん!? かえっちゃったのかよ!?


「……何の用だ、人間。看板が見えなかったのか」

「えっ、あ、その」

「この私が丁寧に、わざわざ忠告しておいたというのに、無視をするとは……。さては貴様、この私に焼き殺されにきたのか?」


 うわああああ、違うんだ! 違うんです!

 ドラゴンブレス受けるとか無理だからマジで!


 ここは冷静に、ドラゴンのご機嫌を取ろう。


「違います、違うんです。ドラゴンさん、聞いてください!」

「……」

「俺、ドラゴンさんの大ファンでっ……。そうそう、子どものころから憧れてたんですよ! 世界各地のドラゴンを探しているオタクなんです。んで、あのっ……たまたまこの洞窟に来たんですけど、ドラゴンが子育て中なんて看板見たら、大興奮してしまい……」


 やべー、大嘘ついちまった。

 確かにドラゴンは俺の小学生時代からのヒーローだが、さすがに巣へもぐりこむまで熱中してねぇよ……。

 あと、普通にキモいって思われたら俺、終わりだからな。


 するとドラゴンは、じっとりと目を細めた。


「……ほぅ、私のファンだと」

「はいそうですっ! その通り!」

「そして私の子育てに感心を持ち、ここまで来てしまったと」

「まさにそう!」

「……なるほど。面白い人間だ。このドラゴンの魅力を理解できるとは、なかなかの着眼点を持っているな」


 するとドラゴンは笑い出した。

 よっしゃ来た! ドラゴンが上機嫌になったぞ!

 話せば理解し合える相手じゃないか! フューレの1000倍まともな奴だ!


 ――さぁ、ここからが勝負だ。

 俺は無事に、卵を魔王城へ持って帰れるのか。

 震える声で、俺は必死に会話を試みた。


「……それで、ドラゴンさん……」

「どうした、我がオタクよ」

「あの……卵ってまだ、残ってたりします?」

「卵……? まだ一応、残ってはいるが……」


 あるの!? あるんですか!?

 よっしゃワンチャン行けるぞ! もうあらゆる手を使って交渉したり言い訳したりして、卵を貰ってやる。時間もないし!


「あのぉ、もしよかったら、本当に余ってるレベルだったらでいいんですけど……」

「……?」

「その卵……もらえたりしませんかね?」


 一瞬にして、空気が凍り付く音がした。

 そりゃいいよって言わないよね! だって我が子をあげるようなもんだ!

 でも俺は何とか強欲に踏み切らないと、どの道死んでしまう……!




 すると、ドラゴンから返ってきた答えは、あまりに予想外なものだった。


「……なんだ、その程度のことか」

「は?」

「卵が欲しいのだろう? よかろう、持ってくるから待っていろ」


 すると、溶岩の中に手を入れて漁りだすドラゴン。

 ……ん? さっきなんて言ってた?

 その程度のこと!? 他人に自分の卵をあげるのが、その程度のことっ!?


「え、ほほほほ本当にいいんですか!!??」

「もちろんだ。我のオタクなる者に、最高の土産を与えよう」

「嘘じゃないですね!? マジかやったああああ!!」

「ほら、これが卵だ。持って帰ると良い」

「やった――」






 俺は洞窟から出た。

 呆然とした表情だった。

 腕の中には、たくさんの卵――の殻を抱えて。


 確かに、ドラゴンの卵。

 でも殻なんかで、卵焼きが作れるわけがない。

 ドラゴンの子どもは、すでに孵化した1匹だけだったらしい。そうだよな、子どもを他人にあげるとか、あり得ないよな……。


「ハハハッ……」


 乾いた笑みが漏れた。

 もうそろそろ1時間が経ってしまう。城に急いで戻らないといけないというのに。

 フューレ様、卵の殻を見て何て言うんだろう?




 ……いやでも、俺は卵を持って来いと言われたんだ!

 卵の殻だって、卵の一部なんだから!


 俺は絶対、その理屈で通して見せるぜ……!

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