37話目:4月■日テクマの日誌②

 この学園に来てから二日目。

 先生が教室に入り、ようやく授業が始まると思っていました。


「ここかね。初日にダンジョンで全滅したというクラスは」


 入ってきた先生は、それはそれはもう、嫌味な方でした。


「だらしのない新入生だ。だからこそ、吾輩がやってきたわけだが」


 あまりにも傲慢な態度を見過ごすことができず、私は勢いよく手を上げた。


「失礼。お言葉ですが、何の授業も受けておらぬ者がいきなりダンジョンで生還するのは難しいかと思われます。どうか、訂正を」

「ふむ、キミは≪ドルイド≫か」

「……それが何か?」

「本校では≪ドルイド≫がダンジョンを難なく踏破したと聞いていたのでな。キミは随分と甘えて育てられたようだ」


 射殺すかのような視線と言葉に、思わず下唇を噛み締めてしまう。

 先生に腹が立ったわけではない。


 あれだけ努力したというのに、エメト嬢が私よりも随分と先を歩いているという事実が悔しかった。


「そうそう。異世界人の≪ヘイズ≫も、初めてのダンジョンで生還したらしい」


 その言葉に思わず息をのむ。

 普通、異世界人はこの世界に適応するまで脆弱であることが多い。


 しかし、先生が言ったことが本当なら、本校の異世界人もまたカミール、完璧なるモノらしい。


「それで……涙ぐましい言い訳の努力をしたキミは、他に何か言うことがあるかね?」

「……ありま―――――」


 己の不明と無力さを認めようとした時だった。


「先生! つまり先生は、私達をその人達と同じくらい成長させてくれるわけですよね!」

「ふむ……≪ヘイズ≫か。本校の者とは違い、出来損ないのようだな」

「はい、その通りです! ですが、それを知っていて先生は私達を請け負ってくれたんですよね?」

「どういう意味だね?」

「先生は実力がなく、私達と一緒に厄介払いされたわけではない。私達を一人前の<探索者>にするだけの実力をお持ちなんですよね。という意味です!」


 あまりにも怖いもの知らずなその物言いに、思わずクラス中が唖然としてしまった。

 そしてその言葉のせいで、先生は私からアカネの方へと鋭い視線を向けた。


「……分校に来た≪ヘイズ≫は、随分と怖いもの知らずらしいな。吾輩をコハヴのノフェルであることを知ってなお、同じことが言えるのか」


 それを聞き、思わず息をのむ。

 <探索者>の頂点といえば不朽の英雄と呼ばれるエトルリアだと皆が口をそろえる。


 しかし五本指となると話は別だ。

 こちらの地域では<星堕>のノフェルの名前が一番に上がる。

 かなり偏屈で、滅多に人前に出ないと聞いていたのだけれども……。


「はい、怖くないので言えます!」


 わざわざノフェル先生が威圧しているにも関わらず、アカネははばかることなく、言い切って見せた。


「というより、それはあまり関係ないのでは?」

「……ほぅ? 続けたまえ」

「先生にとって、私は敵なのですか? 違いますよね。<探索者>のヒナでしかない私が怖くて、敵として見るだなんてこと、ないですよね。有名な方ならなおさらです」

「ふむ……無知ではあるが、その度胸を含めて及第点としよう。吾輩からすれば、お前たちは等しく卵でしかないからな」


 ノフェル先生から威圧的な雰囲気がなくなり、思わずほっと一息つく。

 肝心のアカネといえば、何も分かっていないかのような顔している……なんだか心配したこっちが馬鹿みたいだ!


「では、先ずは自力で孵化できるくらいには成長してもらう為に、さっそく授業に入る。先ほどの勇気ある意見を出したテクマ生徒、クラス委員に任命するので、号令を」

「は、はい!」


 思わぬところから、クラスを引率するクラス委員を任されることになった。

 そして一拍子おいて気付いた。

 私はアカネにしか自己紹介をしていない。

 なのに先生は私の名前を呼んだ……つまり、わざわざ覚えてくれたというわけだ。


 嫌味な物言いはあるが、教師としての役目に対しては真剣なのだと感じ取った。

 

 さて、こうして学園での授業が始まった。

 本校の方では誰がどの授業を受けるのか、ダンジョンに潜るのかが自由みたい。


 だけど、ニス山脈での分校は違う。

 決まった授業数にテスト、ダンジョンのスケジュールなどもキッチリ決められている。

 おかげで<探索者>としての評判も高く、個人ではなく国に雇われる人も多い。


 しっかりとした将来を見据えているならば、この分校に入るのが正しい。

 ……だけど、世間では本校の方ばかり優れていると評判になってる。


 振れ幅が大きい分、本校は多大な貢献をする<探索者>を輩出することがあるからだろう。

 ……だとしても、私はこの分校を優秀な成績をおさめて卒業してみせる。


 そしてエメト嬢よりも優秀であることを、証明しなくちゃいけない。


 その為に、先ずは―――――。


「アマネさん。アナタ、勉強よりも学ぶべきことが多いのではなくて?」

「これでも頑張って勉強したんだけどね。本に書いていないことって、学べないよね」


 教科書の設問は問題なく解ける。

 ただそれは答えを暗記しているというのに近く、基礎の分……どうしてそうなるかという部分がスッポリ抜けていた。


「あっちの世界と違って、当たり前のものが違いすぎて全然分からないの」

「私も手伝いたいですが、歯抜けになってる知識のページが分からなくてはどうしようもありませんわ」


 ひとまず、一番問題の大きそうなところから手を付けて見ることにしましょうか。


「では先ず<色術>についてですわ。ダンジョンでは必ずどんな術を使うか発声しますが、その理由はお分かりですか?」

「はい! 味方を巻き込まないようにする為です!」

「ハァ~……それは後付けの理由の一つですわ」


 どうやらこの世界に関する大事な知識が抜けているようなので、説明してさしあげなくてはならない様子。


「アマネさん。色には力があり、それが<色術>へと利用されております。それと同じように言葉にも力があります。なので、その力を加えることで、少しでも術を安定させる為に発声するのです」

「へぇ~! アタシの世界でも言霊ってあって、言ったことが実現するっていうものがあったよ」

「あら、似通っているものはあるのですね。色と言葉の力を強めていけば、いずれはもっと多くの色を……もしかしたら、<黒>と<白>も扱えるようになるかもしれませんわよ」


 全ての色を束ねる<黒>。

 それは全ての色の力が合わさる為、恐ろしい威力を秘めていると言われている。


 全ての色を抜く<白>。

 万物には色が備わっており、その色を抜くということは存在そのものを抹消できる可能性を秘めていると言われている。


 私にはまだ無理ですが、いずれどちらかの色を扱えるようにならなければ……。


「まぁアカネさんにはまだ<黒>も<白>も気の早いお話。先ずは赤と青を……どうされました?」

「言葉に力があるって言ってたけど、声とは別なのかな?」


 アカネさんの言うことがよく分からず、首をかしげる。


「文字・言葉・声。似ているようで、三つとも別のものだよね? <色術>を使うのに発声するなら、それは言葉じゃなくて声……つまりは音の力なんじゃないかなって」

「……斬新な考え方ですわね。ですが残念、音の力というものは聞いたことがございませんわ」

「へぇ~。文学が力になるなら、音学も力になるかなって思ってたけど、違うんだね」

「あぁ、そういえば一つだけ例外がありましたわね。吟遊詩人の力が」


 歌や曲で味方を強くし、敵を弱くする。

 様々な現象を引き起こすが、その不安定さと効力の弱さから見向きもされていないことを伝えた。


「アマネさんが音楽に対して造詣が深いのであれば、異世界流の曲を試してみますか?」

「う~ん、止めておく。別に得意じゃないし、そんなの練習して時間を無駄にしたくないからね」

「そうですわね。もっともっと、今のうちに勉強しておかないと、皆さんに置いてかれますものね」


 そうして私は甲斐甲斐しくも彼女の面倒を見る。

 別に良心からではない。


 彼女はカミール、完璧なるモノ。

 文字通り凡夫とはデキが違う。


 今のうちに仲良くしておけば、きっと将来、ダンジョンでその力を遺憾なく発揮してくれるでしょう。

 私が優秀である為に……そしてそれを証明する為に、彼女が力が必要なだけ。

 お互いが利用する、それだけの関係だ。


 でも今は……今だけはそんなことを考えずに、一緒に学園生活を送るこの瞬間を楽しみたい。

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