32話目:スリーピーウッドの獣狩り・後

 存在するはずのない異物<探索者>に狼狽しながらも、すぐさま骨の羽が射抜く。

 狂気の楽器はそれに対応できるほどの力はない。

 すぐさま血だまりを作り、その場から消え去った。


 今度こそ邪魔なモノは消したと獣は自分に言い聞かせる。

 あの時、音を殺して死んだフリをしていただけなのだと。

 そういえば攻撃を一度だけ防ぐ指輪を持っていた、それのおかげだったのだと。


 そんな獣の縋り付く願いを破るように、再び狂気の旋律が眠りの森に響き渡る。

 在り得ないはずの、聞こえないはずの曲が聞こえる。


 獣は自身の正気を疑う。

 本当は何も聞こえていないのではないかと、ただの悪夢ではないかと。


 それを否定するように、再び黒い影が一刃の風となり獣の首を切り裂いた。


『■■■■■!?』


 獣は再び影を射抜く。

 消える前に見えたその出で立ちは、間違いなく先ほど殺したはずの異物<探索者>であった。


 いったいどういうことかと考えている間にも、旋律は流れる。

 理を無視したその存在に獣は恐怖して身構える。


 それこそが異物<探索者>の狙いでもあった。


 森より不意に飛び出したるは一筋の刃。

 狙いは獣ではなく、意識を失っていた同胞<探索者>であった。


 咄嗟に獣が身体で庇ったことで、同胞<探索者>は無事である。

 だが突き立てられた刃は、確かに獣の命を削っていた。


「大事なモノなんだろ? 守ってみろよ、死ぬ気でな」


 異物<探索者>は容赦も見境もなく、狂刃となって暴れまわる。

 対して獣は守る為に死力を尽くさねばならなかった。


 一切を省みない狂刃はあらゆるものを傷つけていく。

 対して守るものが増えてしまった獣は、己の執着から出る鎖によって、我が身を縛られていた。


 無論、獣と異物<探索者>では力量が違いすぎる。

 その証拠に異物<探索者>は何度も獣に傷つけながらも、その度に殺されている。


 命一つにつき傷一つでは、あまりにも割に合わない。


 ――――――本当にそうだろうか?


 本来ならば死ねば異物<探索者>はここに入ってこられない。

 等価交換からは程遠いダメージレースのはず。


 だがもし……もしも、異物<探索者>だけが何度も入ってこられるとしたら?

 "魂"の損耗を無視できる存在なのだとしたら?


 そうなれば、獣は何度も異物<探索者>を殺さねばならない。

 二度、三度どころではない……十……二十……三十………。


 日の出が出るまで、傷をつけられ続けられるだろう。

 そしてやがて、その傷が自らの命に達した時……獣は狩られるのだ。


 その考えに至った獣は、自身が狂気に飲まれていると錯覚した。

 そして逃げようと考えながらも……飛べない羽と、脚に生えた根と、未練となる同胞<探索者>のせいで逃げられないことに絶望した。


 獣は考えることを止めた、放棄した。

 どうせやることは変わらない。


 ただひたすらに殺し続けること。

 それだけが、夢を叶える一つの方法なのだから。


 迷いを捨てた獣は、ホンモノの獣となった。

 音色が聴こえる度に骨の羽を振るい、射抜き続ける。


 音が消えれば身体を休め、再び聴こえれば力を振るう。

 ただそれだけの行動を起こすモンスターと化してしまった。


 流石の異物<探索者>も、これには手が出せない。

 自らの位置が音で辿られぬよう、布石そのものは最初から打っていた。


 少し話は逸れてしまうが、ダンジョンに入った際、持ち込んだ武器はどうなるか?


 答えは、そのままダンジョンに飲みこまれてしまう。

 ただし、ダンジョンが閉じた際に吐き出されるように加工・処置することが可能だ。


 <探索者>にとって武器は命綱であり、この保険は切っても切り離せない重要な仕組みである。


 ではダンジョンが閉じていないここではどうなっているのか?

 もちろん、異物<探索者>達が残していった武器はそのままの状態になっている。


 つまり、獣の四方に散らばっているのだ。

 そして異物<探索者>はそれを利用している。

 音と物体が作用する性質……共振による空気の振動によって共鳴を発生させ、自身の居場所を誤魔化していたのだ。


 しかしそれにも限度はある。

 さらに見境なく攻撃されれば、補足されておらずとも流れ弾で殺される。


 愚策かと思いきや、獣の最後の手段は、最期の狂刃を排除するのに最適な方法であった。

 ――――――そう、ただ一人の狂刃だけならば。


「これでも……くらえぇ!」


 獣が違和感を覚えたとき、既にその異物<探索者>は……地を這う羽虫と侮っていたモノは、握っていた何かを獣に叩きつけていた。


 それは希釈された<レベルダウンポーション>であった。


 <羽化>には様々な条件がある。

 異物<探索者>は、そのうちの一つにあるレベル上限が関係していると考えていた。


 逆に言えば、それを解決してしまえば元に戻るのではないかと思い、試したのだ。

 結果を言えば、それは確かに成功した。


 蔦と棘、そして飛べない羽と根に縛られた獣は、徐々に余分なものがこそぎ落ちていく。

 獣が作り出した揺り籠も役目を終えたように自壊し、残ったモノはかつて≪ドルイド≫と呼ばれていた、本来の彼女であった。


 獣であった時は夢心地であった。

 だが、彼女は確かにその夢を見ていた。


 同胞を縛り付けていたことを。

 傷つけていたことを。

 そして疑似的なものであろうとも、数多の命を奪っていたことを。


 己の成した罪と業に直面し、彼女はその身を震わせていた。

 償いなど、できようもしない。

 赦されるはずなど、あろうはずがない。


 そんな彼女の肩に、優しく手が置かれる。

 その手の主は、彼女が追い求めていた光であり、すがりついたものである同胞……エメトであった。


「あ……あ、あぁ………!」


 体の内側より湧き出でる感情が喉でつまり、声が出ない。

 そもそも何を言うことが正しいのかも分からない。

 ただ嗚咽のような音が漏れ出るだけである。


 エメトはそんな彼女の肩を優しく抱き、諭すように話しかける。


「お前が戻ってきてくれて、本当に嬉しい。よく戻ってきてくれた……友よ」

「ぅ……ぐすっ……ぅぁぁ………あああ、あああぁ………!」


 エメトは獣となった彼女を責めることなく、その全てを赦した。

 その寛大な心と、優しさに触れた彼女は……ただただ、泣いて、泣き続け―――――喉元に突き刺さった刃によって、消え去った。


「―――――――は?」


 その場で意識のある者、全てがその光景を信じることができなかった。

 かつての狂刃が……何の変哲もない顔をして、その刃を握っていたのだから。


「感動のご対面のところ、すんげぇ~~~~~申し訳ないんだけど、そろそろガチでタイムリミットなのよ」


 彼が何かを言っている。

 だがその言葉の一切が、彼女達の頭の中に入ってこなかった。


「だから悪いんだけど……今から全員殺して、脱出します。大丈夫、俺も死ぬから」


 一切の理解も同調も得られないまま―――――狂刃は最後まで、狂刃の役目を果たす。

 こうして、スリーピーウッドの獣狩りの夜は終わりを迎えたのであった。

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