9話 家族写真
「いやあ、小林くんありがとう。これでビデオテープは、小場先生と猪俣の、計2本が無事ゴミ箱行きだ」
しかし、以前から思っていたのだが……女の子を見る僕の目に、狂いはないはずだ。そのためだけに「ゲームは控えめ。視力を守りましょう」という、高田に伝わる、もうひとつの家訓があるのだ。隆はポツリとつぶやいた。
「坂野は僕が見る限り、真理には似てないと思うんだけどなぁ。だからこそ『カワイイ』って思ったワケだし」
そして、イヤらしい気持ちでビデオテープをゴミ箱から拾った。減るもんじゃないし♡
「ちょっとだけ見ちゃお」
OoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOooh
きっと来る~ きっと来る~
OoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOoohOooh
「全然違うじゃねーか! 猪俣、いい加減にしろぉ! どう考えても、このビデオは欲しくない!」
ん? 裏になんか書いてある。
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ボクシングの「リング」です。
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「やかましいわ‼」
そういえば、小場から奪ったビデオテープもあった。こっちは?
【さあ、早めに押しました。白、愛知県からお越しの、小場佳代子さん】
【その問題の答えは「ただいま帰りました」でしょうか】
【お見事、正解。さて、何番のパネルに入る?】
「……番組が何かは分かった。だけど、答えが『ただいま帰りました』って問題、どんなんやねん」
うーん。とりあえず、その答えを25回叫んでみるか。
「ただいま帰りました! ただいま帰りました!」
「うるさい、隆! 聞こえておるわ!」
「どわっ‼」
丈三だった。ある意味、このビデオで良かった。ちなみにホラー映画を見るのも「怖くてトイレに行けなくなるから」という、分かる様な分からない様な理由で、高田家ではご法度である。それはどうでもいいのだが、丈三は今日も声を荒げる。
「隆、思い出してはならん。あの恭子が我が家にいた日々は、苦行そのものだったぞ」
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「ただいま帰りました!」
「おかえり、隆。もう、みんなでドーナツ食べているわよ」
恭子は毎日おやつを用意して、みんなの帰りを待っていた。そういえば、ドーナツの日が多かった。母の手作りドーナツを食べられる日は、もう二度とないだろう。まして、家族4人で食べるなんて。真理と隆は、いつだって喜んでいた。が、一番喜んでいたのは……
「よっしゃあ、ドーナツか! 私はチョコレートをいただく!」
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「あの悪女め。チョコレートのドーナツなど作りおって。あれはきっと、毒入りだったに決まっておるわ!」
その時、壊れかけていた「イイナズケの小屋」の扉が、本当に壊れてしまった。
「バウっ!」
優美が丈三に嚙みついた。この愛犬である優美は、丈三と恭子が離婚してから高田家にやって来た。だが、この家族に何があったか、おおむね分かっているのだろう。振りほどく丈三の手は、ちょっと赤く滲んでしまった。
「な、何をする! 私は義理の父親だぞ!」
すると隆は優美を側へ座らせ、珍しく口答えをした。イヤらしい気持ちは無くなったようだ。優美も嬉しそうにクルクル回る。
「悪女じゃありませんよ。真理が亡くなるまでは父さんだって、母さんが好きだったでしょう」
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今でもよく覚えています。あれは、まだ真理が小学生だった頃です。
「お兄ちゃん、夏休みの作文書けたよ! 読んで!」
「うん。よく頑張ったな。どれどれ」
……
「真理。題名が『大好きなお母さん』なのはいいけど、母さんを褒めちぎるだけの作文だな」
「ご、ごめんなさい。お兄ちゃん」
「あ、いや。いいんだけどさ。バカとはいえ、父さんのことも書いてあげたら?」
「そしたらお母さんのこと、半分しか書けなくなっちゃうよ」
「半分? あはは、いいよ。あんなバカみたいな父さんのことを、半分も書かなくて。ちょっと書けば、あんな程度の父さんも嬉しいと思うよ」
「ダメ。お父さんも書くなら、真理、ちゃんと半分書きたい!」
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「嬉しい思い出だな。少々、お前の発言に思うところはあったが」
温かい空気が流れる。丈三は、娘と妻に思いを馳せた。だが、真理と恭子は自分の幸せを祈ってはいないだろうな……温かい空気に、少し寂しさの香りがした。
が、イカン。あまり隆を信頼してはダメだ。コイツはガキの頃、3本しかなかった丈三の髪の毛を抜いて、残るは1本のみとなってしまったのだ。この1本は、毎日ドライヤーをかけて大事にしている。意識を取り戻して丈三は叫んだ。
「だが、男もバカである、いや、隆はバッカモーンであるという点は譲れない! 隆の嫁は我が家の愛犬、チョベリグギャルな54歳・優美であるのを忘れるな!」
「はっ! 父上!」
それはともかく、隆は持ち帰ったプリントの採点を始めた。すいへー・リーベー ん? りい兵衛さんって数学だっけ。
「お前も立派になったものだ。真理の夢だった、教師になるとはな」
丈三はそう言って、何となくプリント用紙を見る。
なるほど。この生徒の成績はA判定。しかし、こちらはO判定。隆は厳しい教師なのだろうか。あれ、この生徒はAB判定……
「隆。全部、女の名前が書いてあるが、どういう事かな?」
【粋平りい兵衛 1600~1999年 忍店道水地の開発者。新潟出身】
電話が鳴った。
「はい、高田です」
「今すぐ病院へ来て!」
「わっ! ど、どうしたんですか!?」
母、恭子からの電話だった。何のことか分からなかったが、隆に嫌な予感が駆け巡る。家族4人の写真が急に棚から落ちたのだ。しかし、自分が取り乱すわけにはいかない。
「母さんどうしたんだ! 落ち着いて説明してください」
「真理が、私の車の前に飛び出して……いいから、早く病院に来て!」
「おい、真理。しっかりしろ!」
「真理! 真理! お願い死なないで!」
真理は薄れゆく意識の中で、きれいな笑顔を見せた。いつもの笑顔なのに、声はみるみる小さくなっていく。
「お母さんの車でよかったんだよね……さようなら。お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」
「何を言ってるんだ。お前は死ぬわけじゃない!」
それから、もう一つ真理はつぶやいた。キャンドルライトの炎が、消えるように。
「知也くんに、ごめんねって伝えて……」
「えっ、知也がどうしたんだ」
もう、何も答えなかった。真理は集中治療室へ運ばれてゆく。丈三は狂ったように声を上げた。
「恭子……お前が、お前が!」
映画のフイルムは、悲鳴で引き裂かれた。誰が言ったか思い出せないけど、確かに口にしていた……2時間後に、彼女は息を引き取るかもしれない。
かもしれない。真理がよく言っていたセリフだ。
「真理ね、今度のテストは、10点取れるかもしれない!」
「真理ね、もう友達にイジメられないかもしれない!」
かもしれない。それは三人の中で大嫌いな言葉になった。恭子は泣きながらぐったりした。
「お願い死なないで……私はこれ以上、真理を不幸な目に合わせるわけには……」
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