3話 ヒロインは、すでに亡くなっていた

「……いいか。これは、あくまで家庭訪問だからな」

「はーい。生徒が先生の家に、家庭訪問ですね!」


 坂野はニコニコするだけだ。まあ、隆にとっては、誕生日を聞かれて嬉しかったりはするが。こういう時は、12月生まれのてんびん座ってウソをつくのが定石だよな。と、こんな感じで車を走らせるワケだが、隆はちょっと横目で彼女を見てみた。


「お前、そんな簡単に僕を信頼して、大丈夫なのか?」


 ところが坂野は「信頼」というよりかは「単純」と言う意味で、大丈夫だと分かっていた。あの4時間目、コイツは最終的に盆踊りをさせられた男なのだ。


「先生は12月生まれで、てんびん座。そして血液型はガタガタ。私との相性はいいみたいですけど?」

「フッ。それなら話は早い」


 そう言うと、隆は路肩に車を止めた。ニュースが流れるラジオも止めた。


「……じゃあ、目をつむってくれるか」

「あ、なるほど。社交辞令として聞きますけど、なんで?」

「困るんだよ。学校から僕の家までの道を覚えられると」


 二人の顔は急接近。車内は危なくなった、が


「びぎゃあ‼」

「先生、口が臭い」


 やっぱり体罰はよくない。


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


「いいか、少し待ってろ。あと、これは防犯ブザー。間違いが起こる前にコレを鳴らすんだぞ。僕はクラッシック鑑賞が趣味の、爽やかなお付き合いで始めたいから」


 アパートに着いても、坂野は相変わらずニコニコしている。先生の財布には200円しか入っていない、今日のお昼は生卵1個。そんなことまで、いろいろと分かっているのだ。


 渡されたのは【2年2組 たかだたかし】と書いてある防犯ブザー。私と同じく2年2組。だが、高校でも中学でもなく、どう考えても小学2年の発想だ。


「またまたぁ。どうせ電池入っていないんでしょ?」


 お構いなしに、坂野はピンクの紐を引っ張った。そして鳴り響いた。



オレのドナクエ、返せー



 あきれて物も言えない坂野は、なんとか「物」を言った。


「……コレ、どういうタイミングで使えばいいの?」

「時々、鳴らしているんだ。どこかでアイツ、聞いているかもしれないだろ」

「いや、ドナクエ買いなおせよ」


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 イイワケがましい防犯ブザーをもらっても、男の「少し待ってろ」は信用ならない。それとなく覗きに行く。すると、隆が何か説得していた。


「優美、ここに隠れていなさい! 見つかったらややこしい……びぎゃあ‼」

「先生、どこが爽やかなお付き合いですか! 女がいたなんて信じらんない!」


 すると「イイナズケの小屋」から何か飛び出した。四足歩行の生き物……ドナクエのモンスターも四足歩行が多い。このラノベ、序盤の戦闘シーンである。


「バウっ!」


 隆の嫁、そして犬の優美は坂野の顔をなめた。チョベリグギャルなエリマキが似合う。人懐っこいというか、乱暴というか。いくら坂野がジタバタしても、構わず馬乗り(犬乗り?)になって押しつぶされた。


「ううっ。高田家はみんな口が臭い……」


 そこへもう一人、口が臭い人物が。


「おや隆、もう帰って来たのか?」


 丈三だ。さっそく玄関にあるシロモノに気が付いた。


「なんだ、この靴は!?」


 隆は血の気が引いた。半ば無理やり、坂野を押入れに突っ込む。カッとなった丈三は、手当たり次第に机の下を覗き込んだ。しかし、そこにあるのは、【2年2組 たかだたかし】と書かれたドナクエの攻略本だけである。が、丈三は逆鱗に触れた時のテンションで隆を問い詰める。


「隆! お前、まさか女を連れ込んだのではないだろうな!」

「いやその、父上! 優美の靴を買ったんです!」

「だったら、もう一足いるだろう!」


 なかなか鋭い指摘だ……違う。感心している場合じゃなかった。父と子の喧嘩を盗み聞きしている坂野も、気が気ではない。


 その時、女の子の声がした。びっくりして坂野が振り向くと、片隅に会った写真立てが段ボールから落ちた。


 これ、先生の若い頃かな? さっきのお父さんも写っている。隣はお母さんかな。そして一番端に、お団子結びの女の子が笑っていた。顔と背格好が、私に似ている気もするけど。


 ところが。あ、う……手遅れ。今度は花瓶が倒れて、割と激しく物音がした。丈三には事の全てが分かった。


「隆! タンスの中に誰かいるのか?」


 隔てるのは扉一枚。坂野はとっさに言ってみた。


「バウ、バウっ!」

「うむ。人年齢は54歳。だが、犬年齢は7歳。ギリムスかくれんぼ、そっとしておくか」



「優美。チョベリグだから、ここに隠れていなさい! 見つかったら、ややこしい!」

「バグっ!」

「びぎゃあ‼」


🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵🍵


 まだ油汗が止まらない隆。これは全自動人型ロボットだとウソを無理やり突き通し、命からがら坂野を脱出させた。このウソがまかり通るなら、このラノベの舞台は戦国時代、武田信長が主人公だったとしても大丈夫な気がする。


 もう大丈夫だろう。「ガビガビ」と言うのをやめると、気になっていたことを坂野は尋ねた。段ボールから落ちたアレのことだ。


「タンスの中の写真を見ました。あそこに写っている方って、ご家族ですか?」

「ん? ああ。もう何年も前の家族写真だ。オジサンが写っていただろ。それが僕の親父の丈三。となりにいる背の高い女がお袋の恭子。さらにとなりにいる、変なお団子頭の女の子が、妹の真理だ」


 それを聞くと、坂野は気軽な気持ちで質問してみた。なんの悪気もない、素朴な質問。


「その真理さんやお母さんと、今も一緒に住んでいるの?」


 だが、返って来た答えは、高田家を理解する第一歩だった。


「真理は3年前、事故で亡くなった。それを機に、両親は離婚したんだ」


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 駅に着くと、坂野は防犯ブザーを返して、優しい笑顔を見せた。


「高田先生。本当は、淫らな理由で先生になったワケじゃないんだね」


 沈む夕日の先に、妹の顔が見えるのだろうか。


「真理は先生になるのが夢だったんだ。せめてもの報いとして、僕が教師になった……ウソではないかもな」



【まもなく~2番線の電車のドアが閉まります……】


「先生。先生のこと大好き。また明日学校でね!」


 坂野の言葉に「ああ」と隆がうなずくと、電車のドアは閉まった。閉まる最後の瞬間。


「高田先生。私が全部守ってあげるよ。守ってあげる!」

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