第2話 やはり薬師が評判を下げている
あれから数日間――俺はギルドに顔を出せない日々が続いた。
すれ違う冒険者たちの噂話が、容赦なく俺に刺さる。
「パンツまで世話されている男」
「束縛過保護野郎」
「くそヘタレ」
こんな謂れに耐えられる勇者がいるだろうか? いや、いない。
しかし、俺もいっぱしの中級冒険者。
いつまでも逃げてばかりではいられない。
今日は少し出遅れてしまったが、気合を入れてギルドまでやってきたはずだったのに――
もう人影がまばらになったカウンターの前で俺は呆然と立ち尽くしていた。
「え……受けられる依頼が……ない?」
思わず聞き返した俺に、受付さんは慌てて首を振った。
「い、いえ! “全くない”わけではないんです。例えば……こちらなんてどうでしょう?」
不安に駆られながらも、受付さんが差し出した依頼書を検める。
中級ランク:サンドホークの尾羽を15本以上納品 と書かれていた。
俺は反射的に声を上げ、カウンターをバンッと叩いていた。
「だ、だめです! 危険すぎます!」
「えぇ!? これくらい普通だよ!」
横から飛び出したミーナが、即座に依頼に食いついた。
「普通じゃない! 俺たちにはまだ早すぎる!」
「ビッ君、サンドホークなんてこれまで何回も倒してるじゃん! 私たち、もう中級なんだよ!?」
「中級でも! ほら、その……数が多いし、油断は禁物なんだ!」
「油断なんてしないってば!」
「いや、する! 絶対する!」
「しない!」
「する!」
「分かってて油断するなんておかしいでしょ!」
「油断しないって言った奴は既に油断してるんだ!」
ギルドの受付前で、俺とミーナの声が見事に反響していた。
言い争う俺たちに向かって数少ない冒険者たちの視線が集まる。
くそっ、なんでこうなる! せめて半分の数……いや5本なら……
受付さんは書類を抱えたまま、コホンと咳払いをした。
「……あの、お二人とも、少しいいでしょうか?」
いつもより硬い声音に、俺たちの言い争いがピタリと止まる。
こちらを見る受付さんの表情に笑顔はなく、真剣だ。
これくらいの言い争い、いつも通りのはずなんだが……
胸の奥が、じわりと冷たくなる。
「最近、ビックスさんたちが受ける依頼内容が……その、偏っていると思いまして」
受付さんは、抱えていた書類を胸元までそっと持ち上げ、
その影に半分だけ顔を隠した。
伏せた視線を、書類の上からおそるおそる上げてくる。
「その……みなさんの実力に対して、難易度が釣り合っていない依頼が続いているのが、少し気になっているんです」
その意味を咀嚼するのに、優に呼吸五つ分ほどかかっただろうか。
ミーナも同じように固まってしまっている。
さっきまでの勢いはどこへやら、目だけが不安そうに揺れていた。
受付さんは顔を隠したまま、視線をそらし、言葉を探すように口ごもった。
「最近、お二人の受注の場面が……その、少し目立ってしまっているようでして……」
うっ、さっきも騒いでいたのが思い出される。
いつものことだから気にしていなかったけど、問題だったのか。
「ギルド内でも……その……“にぎやかだ”といいますか……ええと、判断が難しくなる場面が続いている、と……」
受付さんは、意を決したように書類の影から顔を出し、ニコリと微笑んだ。
「ですので、一度しっかりと、パーティーの皆さんと、受注方針について話し合われた方がいいかもしれませんね」
――その時、俺の脳内に電流が走った。
俺たちの現状、ギルドで問題となっている俺たちの評価……そして、全ての解決方法。
「ミーナ……やはり、お前を追放しないといけないらしいな」
まさか、この言葉を再び使う日が、こんなにも早くなってくるとはな。
俺はしたり顔で腕を組み、ミーナをしかと見据えた。
「……え?」
ミーナの口が、ぽかんと開いたまま固まった。
その声は、今まで聞いたどんな叫びよりも小さく、素っ頓狂だった。
同じように目を大きく開いた受付さんに気が付き、俺は素早く謝った。
「突然こんなことを言い出してすみません……でも、必要なことなんです。」
頭を上げるとともに、すぐさまミーナに向かって、話を続けた。
「ミーナ、さっきの話は聞いていただろう? 俺たちの行動が問題となっている。これは由々しき事態だ。」
俺は左手を腰に当て、ゆっくり右手の指を一本、ミーナの目の前に突き出した。
「まず一つ、そもそも、パーティーの資金を管理しているからって、受注する依頼の内容まで、いつもいつも口を出す必要はないだろう?」
「で、でもそれは――」
ミーナの抗議を手で制し、俺はさらにもう一本、指を立てた。
「そして二つ目だ! 報酬は十分になるように、俺が慎重に依頼を選んでいる! それを無視して危険な依頼を受けようとするのは、リーダーとして見過ごせない!」
完璧な弁論の前に、ミーナも反論の余地がないらしい。
言葉を失い暗い顔のミーナを前に、指をふたつ立てた俺。
まさに勝利のVサインと言っても過言ではな――ガシッ!
俯いたミーナの手が、引きずり下ろすよう俺のVサインを掴む。
「ふっふっふ……甘いよ、ビッ君! リリーさんに言われて、この展開は、ちゃーんと“準備”はしてあるんだよ!」
顔を上げたミーナは、にやりと口角を吊り上げていた。
ミーナの謎の自信に押され、思わずバッと振り返る。
――そこには、少し離れた席からこちらを見守るパーティーメンバーたちの姿があった。
彼ら全員の温かい目の中心で、リリーさんは、澄ました顔でサムズアップしていた。
お前かぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
胸の奥から、叫びが上がりかけたその時――
「じゃ、というわけで!」
ミーナの明るい声に、俺は再び振り返る。
「こちら依頼実績は、私たちの過去二年間分でーす。」
じゃじゃーんっ! と掲げられたそれを見つめる。
だが……それが何になるんだ?
俺が口を開くより早く、ミーナが当然のように続けた。
「よく見てよビッ君。私たち、もう半年以上も、依頼のランクが上がってないんだよ?」
ミーナの細い指が、紙に書かれたグラフをなぞる。
……確かに、以前の俺たちはランクと同等の依頼を受けて、中級まで上がってきた。
「それなのに最近は、初級の依頼をたくさん受けてクリアしてるでしょ?」
トントントンと示された先の“依頼件数の月計”を見れば、一目瞭然だ。
そのやり方で安全に稼げるようになったんだから、それの何が悪いんだ。
「今“安全に稼げてるからいいじゃん”って思ったでしょ?」
思わず息が詰まる。……読まれた?
ミーナは俺の反応を見て、いたずらが成功した子どものようにニヤリと笑う。
だが次の瞬間、その表情はすっと真剣なものに戻った。
「私たちが依頼を先に取りすぎて、新人さんたちが困ってるんだよ!」
「……ちょ、待て。新人が困ってるって……どういう……」
ミーナの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
俺の解釈と言っていることがまるで噛み合っていない?
――その時、俺の脳内に本日二度目の電流が走った。
この集計……受付さんの協力がなければ手に入れることはできないはずだ。
ってことは、受付さんの真意は、やはりミーナと同じ……?
じゃあ、俺がさっき、Vサインまでして話したことは一体……
胸の奥がざわつき、背中に冷たい汗が伝う。
ふらりと視線を向けると、受付さんと目が合った。
彼女は「あっ」と小さく言葉を飲み込み、気まずそうに視線を宙に泳がせた。
……終わった。
しかし俺の背後から、更なる悲劇が容赦なく襲いかかってきたのだ。
「ミーナ……やはり、お前を追放しないといけないらしいな(キリッ)」
リリーさんの艶のある声で、俺の言葉が繰り返される。
「報酬は十分になるように、俺が慎重に依頼を選んでいる!(キリリッ)」
笑いを堪えたレオナードが、それに乗っかる。
「そもそもなんで二本指を……え、Vサイン?それってダサくないですか?」
クララベルの無邪気な声が、俺の背中に突き刺さった。
さっきの自信満々のVサインが、脳内でスローモーション再生される。
ミーナの前で、あのポーズで、あんなにしたり顔で――
「う、うわああああああああああああッ!!」
背後からの“口撃”にもう耐えられなかった。
視界が真っ白になり、俺は何も見えないままギルドから飛び出した。
扉の向こうへ消えていく背中を見送りながら、ミーナはそっと目を細めた。
彼女の小さな呟きは、誰にも聞かれることなく静かに消えていった。
「ビッ君……私は絶対に離れないよ」
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