第8話 『 男の美学 』

 親バカを覚悟で言わせてもらうと、カイはなかなかのイケメン顔だった。特に家に居ついてからは表情にも風格が出てきて、

「これでお腹ブヨブヨすらなかったらなあ~」

 と飼い主としての下らない欲まで出てくるほどだった(実際カイが走る時はダブついた下腹の皮がぶらんぶらんと左右に揺れていた)。

 そのカイが、止せば良いのに結構な頻度でケンカをして帰ってきた。その度に顔には無惨な向こう傷が浮かび僕らを驚かせた。それに対して僕らは特に病院に連れていったりはしなかったが、応急処置で消毒などを女房にさせると、さすがにカイも表情を若干歪め、逃げ出そうとした。

「ケンカばっかりしてくるからでしょう」

 心配のあまり女房は若干キレ気味になりつつ我が家の暴れん坊を介抱する。しかし一方で僕はその痛々しい傷を見ながら

 お前、少なくとも相手に背中は見せなかったんだな…。

 と、同性として理屈を超えた共感、いや尊敬の念すら感じていたのだ。ほとんど男のロマンと言ってもいいほどの…。

しかし、それも度を過ぎるとさすがにそうも言っていられなくなる。

 ある時カイが、朝の散歩から帰ってきてから家の中で妙に大人しかったことがあった。不審に思った僕らがカイを探すと、彼は僕の本が山積みされた部屋の僅かな片隅でじっと身を潜めていた。

「おい、どうした?」

 僕が声を掛け、その身体を抱き起そうとした時、僕は思わず小さく「あ」と言ってしまった。

 カイの顔が倍近くに膨れ上がっていたのだ(特に下あごの付近)。

「どうしたん、カイくん?」

 異変に気づいた女房も声を上げた。訳が分からなかった。あのイケメン顔のカイ君が、完全にブチャイク顔に変貌していた。早速僕が最寄りの動物病院に連れていき診てもらったところ、どうやらヘビにちょっかいを出して、逆に口の下あたりを噛まれたらしかった。

「アホだねえ、お前は」

 原因が分かってホッとした僕はカイにそう冗談めかして言ったが、当のカイは抗生剤の注射がよほど嫌だったのか、布団の上で少し拗ねたように身を横たえていた。男の美学も台無しだな。僕は心の中でそう思ったが、流石にそれを口に出すのは同性として忍びなかった。 

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