私の甲冑体験記

松本章太郎

第1話

 先日、機会があって甲冑の試着体験をしてきました。顔には面頬という仮面みたいなものまでつけるかなり本格的な甲冑で、鏡越しに写った自分の顔はまったくの別人、いや、「戦国の武将」そのもので、思わず「これ、私?」と声が出てしまったほどでした。

 甲冑の重さは想像以上で、ちょっと歩くだけでも「戦いに生きた人たちって、本当にすごかったんだ」と痛感させられましたが、同時に、不思議な高揚感も湧いてきました。刀を構えてみると、戦場で今まさに相手に斬りかかろうとしている迫力が備わり、面頬の隙間から見える目は相手を射すくめるような強く鋭いものに見え、女性としての私はすっかり消えています。

「せっかくですし、お庭でも撮影してみましょう」というスタッフさんの声に促され、日本庭園に出ると、空気がひんやりとしていて、甲冑の隙間から風がすっと入ってきます。庭園の池の前で立ち止まると、金色の兜の鍬形が水面に反射して揺らいでいました。鏡を見るのとは違う、不思議な姿です。「私、こんな格好してるんだ」と見つめているうちに、こんな強くたくましそうな若武者ってほんとに素敵、恋してしまいそうという気分もして、思わず苦笑してしまいました。

 カメラを向けられると、自然と姿勢が正されます。胸を張って刀を構えると、スタッフさんが「すごく勇ましい表情です!」と声をかけてくれるけれど、面頬で隠れているはずの口元は、実は緊張で少し震えていました。

 石灯籠のそばでポーズをとったときには、ふと風が吹いてきて、兜の飾りがかすかに揺れ、その音と感触に、何百年前の武士たちも同じように自然を感じながら戦いや儀式に臨んでいたのかなと想像も広がり、まるで時代の隔たりが溶けて、自分がその歴史の一部になったような、不思議な心地よさが胸を満たしていきました。


 しばらくして、授業の時間に、この日の体験のことを子供たちに話しました。「先生ね、週末にちょっと面白い体験をしてきたの」と切り出すと、クラスの目が一斉に輝きました。

 私は手元のタブレットに、甲冑を着て日本庭園を歩いている写真を映し出しました。画面に黄金の兜と大きな鍬形、重厚な鎧姿の私が映ると、「うわぁ!」「先生、だれ!?」「めっちゃ強そう!」と教室中がざわめきます。

 笑いながら「そう、これ、先生なんだよ」と言うと、「えー!ほんとに!?」「なんか信じられない!」と口々に声があがり、私は少し誇らしい気持ちになりました。授業が終わると、数人の子どもたちが私のところに駆け寄ってきて、「先生、今度本物見てみたい!」「私も着てみたい!」と声を弾ませていました。

 子供たちのほとばしるような興味、関心を肌で感じた私は思いきって同僚の先生たちに、子供たちを喜ばすために甲冑を着て実物をみせてあげたい、そんなイベントはどうでしょう、と相談したところ、実現する運びとなりました。


 体育館の裏の小さな控室に、再び甲冑の箱が運び込まれました。

「ほんとに着るんですか、先生?」

 隣で手伝ってくれている同僚の横田先生が、目をまんまるにしています。

「うん、せっかくだから子どもたちにも“リアル武士”を見せたいなって思って」

「いやいや、発想が豪快すぎますよ!」

「大丈夫、前に着たときでコツは掴んだから。重いけど、ちょっと癖になるんだよ」

「癖になるって、そんな……筋トレか何かですか」

 二人で笑いながら、胴を肩にかけてもらうと、ズシリと体にのしかかる重さに「やっぱり来たな」と心の中でつぶやいた。

「ねえ先生、これ着たまま児童の前に出て、もし転んだらどうするんです?」

 横田先生は、いたずらっぽく笑ってみせる。

「そしたらあなたが助けて!“ウルトラレスキュー隊”みたいに」

「えぇ〜!じゃあ私も目立っちゃうじゃないですか!」

 私は思わず吹き出し、二人で甲冑を押さえながら笑い合いました。

 面頬を顔に当てると、視界が狭くなり、空気がこもる。すると横田先生が、「わ、すごい!ちょっと怖いですね」と後ずさった。

「え、怖い?これで子どもたち泣いちゃったらどうしよう」

「いや、泣くどころか、絶対テンション爆上がりですよ! “戦国無双だー!”って」

「それ、ゲームのタイトルでしょ!」

 

 体育館の扉の向こうから、すでにざわざわとした子どもたちの声が響いています。マイクを握った司会役の先生が「それでは、本日の特別ゲストです!」と呼びかけると、一斉に「え?」「だれ?」「なになに!?」と期待に満ちた声が広がっていきます。

 私は深呼吸をひとつして、重たい兜を少し押さえながら体育館に入ります。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「ほんとに武士だーーー!!!」

 ギィと金具の音が響き、ゆっくりと歩み出た瞬間に体育館は大爆発したみたいに歓声と拍手であふれました。前列の子たちは口をあんぐり開けて見上げ、後ろの子たちは椅子から立ち上がって跳ねています。

「かっこいい〜!」と叫ぶ声の合間に、「ゲームから出てきたみたい!」「戦国時代にタイムスリップ!?」と興奮気味の感想が飛び交います。


「えー……みんな、びっくりしたよね?(笑)

「本物の甲冑です。まず、見ての通りすっごく大きくて重たいです。肩と腰にずーんと重さがかかって、立っているだけでもけっこう大変ですよ。これを着て戦った昔の武士たちって、本当にすごいなぁって思います」

「この胸のところ、見える? ここには“不動明王”っていう仏さまの絵が描かれていて、戦いに行く人たちが『私を守ってください』って願いを込めていたんだって。だから甲冑はただの防具じゃなくて、気持ちを強くしてくれるものでもあったんだよ」

「あと、この兜!上に大きな鍬形がついてるでしょ。これね、遠くからでも『あそこに武将がいるぞ!』って分かるようにするための飾りなんだって。だから重いんだけど、威厳を示す大事なポイントだったみたいです」

「それから、着てみてわかったことはね、視界がすっごく狭いことです。前のほんのちょっとしか見えなくて、横は全然見えません。だから動くときはすごく慎重にならないといけないし、戦うときは勘と集中力が大事だったんだろうなって思います」

「でもね、重いし暑いし苦しいんだけど、不思議と“よし、がんばらなきゃ”って気持ちになるんです。背筋が勝手に伸びて、強くなったような気分になる。まるで自分じゃない誰かに変身したみたいで……それがすごく面白いんです」

「今日みんなに伝えたいのは、『甲冑は戦うための服だけど、心も強くしてくれる服だったんだよ』ってこと。そして着てみると、歴史の人たちがどんな思いで戦ってたのか、ちょっとだけ感じられるんだってことです」

「はい!以上、武士になった先生からのお話でした!」


 私の話が終わるやいなや、体育館のあちこちから手が一斉に挙がった。まるで授業の質問タイムみたいだけれど、声はどれも弾んでいて楽しそう。

「先生!刀構えてみて!」

「武士っぽく歩いて!」

「戦うポーズやってーー!」

 まさかこんな展開になるとは思わず、私は思わず笑ってしまった。面頬の内側で「え、これ本当にやるの?」と惑っていると、後ろで見ていた横田先生は親指を立てて「やるしかないですよ!」というポーズを取っています。

 仕方なく、舞台袖から模造刀を受け取ると、「じゃあ……みんなのために、ちょっとだけ!」と宣言。体育館は一気に「わぁぁぁー!」と歓声に包まれた。

 私が刀を両手で構え、足を大きく開いて腰を落とし、一つ深呼吸をして、私は一気に刀を振り下ろします。カシャリと甲冑が鳴り、鍬形がライトに反射してきらめき、まるで戦国の合戦場にでもいるかのような錯覚に包まれす。

「もう一回!もう一回!」

「歩いて!武士みたいに歩いて!」

 リクエストに応えて、私はゆっくりとステージを横切っていきます。一歩ごとに、「カチャリ、ギシリ」と音を立てるたびごとに、子どもたちは身を乗り出して目を輝かせます。

 最後に刀を肩に担ぎ、きりっと前を見据えて立ち止まる。体育館全体がしん、と静まり返ったかと思うと、「かっこいいーーー!!」という大歓声と拍手が巻き起こっていきます。面頬の中で思わず笑顔になった私は「これ、癖になりそうだなぁ」とつぶやきながら、甲冑姿での演武を終えて舞台から降りました。


「じゃあ、今日の感想を言ってもらいましょう」と司会の先生が声をかけると、すぐに何人もの子が「はい!はい!」と手を挙げます。

 最初に当てられた、普段はおとなしい女の子が「先生が歩いたときの“カチャカチャ”って音が、本物っぽくてすごかったです。タイムスリップしたみたいでした」と言ってくれたので、私が「ありがとう」と答えるとその子は照れながらも嬉しそうに笑っていました。

 いつも元気な男の子には「先生、めっちゃカッコよかったです!これ着てサッカーしたら絶対最強ですよ!」と奨めてくれたので、私が「でも3分でバテちゃうから無理だなぁ」と返すと、体育館は大きな笑い声に包まれました。

「甲冑って、ただ体を守るだけじゃなくて、心も守ってくれるって聞いてすごいなって思いました。僕も試験とかで緊張するときに“心を強くしてくれる甲冑”を着たいです」と格好いいことを言う子もいますが、それって私が言ったことそのままなんですけど、それがまた可愛いですね。

 ついには「先生、これで登校して!絶対人気でるよ。嫁にも行けるよ!やって!」と教室でいつも冗談ばかり言う子に痛いところを突かれる、そんな素敵なイベントは大成功のうちに終わりました。

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