『死神』と恐れられる鍛冶師、実はただの不器用なおっさんです。 ~捨てられた少女たちを魔改造装備で無双させたら、悪徳商会が勝手に潰れました~

@pepolon

第1話 『死神の工房』と呼ばれる店

王都の旧市街。


 都市開発から完全に取り残され、迷路のように入り組んだ路地の最奥に、その店はある。


 剥げかけた看板には、下手くそな手書きでこう書かれていた。


『よろず修理処 スマイル』


 店名の横には、店主が「お客様への感謝」を込めて描いたロゴマーク――笑顔(スマイル)の絵が添えられている。


 だが、その絵心のなさゆえに、それはどう見ても『笑いながら首を狩る死神の刻印』にしか見えなかった。


 おかげで、この店についたあだ名がこれだ。

『死神の工房』。


 あるいは、『生きては帰れない武器屋』。


「……ひどい言われようだ」


 店主である俺、グレイは、今日も客の来ない店内で溜息をついた。


 俺はただ、静かに暮らしたいだけのしがない鍛冶師だ。


 年齢は三十八。徹夜仕事が翌日に響くようになってきたが、まだ引退する歳じゃない。


 顔が無精髭だらけで、目つきが死んだ魚のように腐っているのは生まれつきだ。


 別に、客を威圧しようなんてこれっぽっちも思っていない。


「暇だな……」


 あまりに暇なので、俺はカウンターで趣味の「包丁研ぎ」を始めた。


 愛用の砥石に水を垂らし、刃を滑らせる。


 ――シャアァァァ……。


 ――シャアァァァ……。


 静寂な店内に、金属が研ぎ澄まされる音が響く。


 俺にとっては心が落ち着く環境音だが、店の前を通る冒険者たちは「ヒィッ! 死神が鎌を研いでる音だ!」と逃げ出すらしい。失礼な話だ。


 キィン、と爪で刃を弾く。


 反響音を確認する。


「……駄目だ。刃先の重心が〇・〇一ミリずれてる。これじゃあトマトを切った時に断面が潰れる」


 俺は気に入らない。


 職人として、道具が「完璧」でない状態が許せないのだ。


 もう一度、最初から研ぎ直そうとした、その時だった。


 カラン、カラン。


 ドアベルが鳴った。

 珍しい。こんな「死神の店」に入ってくる物好きがいるとは。


「いらっしゃい」


 俺は砥石から顔を上げ、愛想笑いを浮かべた(つもりだが、鏡で見ると引きつった死神にしか見えないらしい)。


 入ってきたのは、一人の少女だった。

 年齢は十五、六といったところか。


 燃えるような赤髪をボブカットにし、動きやすそうな軽装鎧を纏っている。


 だが、その鎧はあちこちが擦り切れ、泥だらけだった。

 まるで、捨てられた子犬だ。


 彼女は俺の顔を見るなり、ビクリと肩を震わせた。


「あ、あの……! ここ、武器の修理をしてくれるって聞いて……」


 震える声。

 その目には、あからさまな怯えの色が浮かんでいる。


 まあいい。客は客だ。


「修理だな。物は?」


「こ、これです……」


 少女がおずおずと差し出したものを見て、俺の目は細められた。


 それは、「剣」だったものだ。

 正確には、剣の「柄(つか)」だけ。


 刀身は根元から見事にへし折れ、無残な断面を晒している。


「……派手にやったな」


「ご、ごめんなさい! 私、力が強すぎて……いつも壊しちゃうんです。気をつけてるんですけど……」


 少女は泣きそうな顔で謝った。

 またやってしまった、という自己嫌悪。自分の才能を呪うような表情だ。


 だが。


 俺が見ていたのは、少女の涙ではない。

 折れた剣の「断面」だ。


(……金属疲労じゃない。気泡だらけの鋳造ミスだ。焼き入れも甘い。表面だけピカピカに磨いて誤魔化してやがる)


 柄の底に刻印されたメーカー名を見る。

 『ゴライアス商会』。

 この街で一番幅を利かせている大手だ。


 そして、これは「寿命」で壊れたんじゃない。

 最初から壊れるように作られた、粗悪品だ。

 それを、この新人の少女に売りつけたのか。


 ――プツン。


 俺の中で、何かが切れる音がした。

 俺は無言で立ち上がり、少女の手を掴んだ。


「ひゃうっ!? い、命だけは……!」


「手を見せろ」


 俺は彼女の手のひらを強引に開かせた。

 剣ダコができている。ボロボロだ。

 だが、その筋肉の付き方は悪くない。指先のバネ、手首の柔軟性。


「……いい筋肉(素材)だ」

「えっ?(か、体目当て!?)」


 少女が顔を赤くして身を引こうとするが、俺は離さない。


 俺の職人魂に、火がついた。


 才能ある使い手が、腐った道具のせいで潰される。

 それが、俺には何よりも我慢ならなかった。


「嬢ちゃん。名前は?」


「え? あ、リ、リズベット……です」


「そうか、リズ。そのゴミ屑(剣)は置いていけ。修理する価値もねぇ」


 俺は折れた柄をゴミ箱に放り投げると、店の奥――「関係者以外立ち入り禁止」の札がかかった工房へと歩き出した。


「えっ、あ、あの!? 修理してもらわないと、私、借金が……!」


「黙って待ってろ」


 俺は背中で告げた。


「お前のその極上の筋肉に耐えられる『本物』を、今すぐ見繕ってやる」


 数分後。

 俺は工房の奥から、ボロ布に包まれた「それ」を担いで戻ってきた。


コトッ。


 俺はそれをカウンターに置いた。

 見た目の巨大さに反して、乾いた軽い音が響く。


「……あの、おじ様? それは?」


リズが不思議そうな顔をする。


 彼女の目には、その巨大な物体が「重い鉄塊」に見えているはずだ。だからこそ、今聞こえた「軽い音」に脳が混乱しているのだろう。


「俺の試作品だ。持ってみろ」


 俺が布を取り払うと、リズの顔が真っ青になった。


 現れたのは、非常識なほど巨大な「大剣」だった。全長は二メートル近い。刃の厚みだけでも辞書くらいある。


 剣というよりは、持ち手のついた鉄骨だ。


「む、無理です! 無理無理!」


 リズが首をブンブンと横に振って後ずさる。

 先ほどの音を聞き逃したのか、見た目のインパクトに圧倒されているようだ。


「私、いくら力が強いって言っても、こんな鉄の塊は持てません! 重すぎて腰が砕けちゃいます!」


「見た目に騙されるな。いいから持て」


「えぇぇ……ひどい……私、これで潰れて死ぬんだ……」


 リズは涙目になりながら、恐る恐るその巨大な柄に手を伸ばした。


 覚悟を決めて、歯を食いしばる。

 全身のバネを使って、一気に持ち上げようと――


「ふんぬっ――……え?」


 ヒュンッ!


 勢い余って、大剣が天井まで跳ね上がった。


「わわっ!?」


 リズが慌てて剣を受け止める。

 彼女はきょとんとして、自分の手の中にある巨大な鉄塊と、俺の顔を交互に見た。


「か、軽い……? 木の枝……?」


 見た目は百キロありそうな鉄塊なのに、指先一つで持てそうなほど軽い。

 その矛盾に、リズの脳味噌が処理落ちしている。


「中身はハニカム構造で空洞化してある。だが、表面には特殊な硬化コーティングと、衝撃吸収用の多層術式を組み込んであるから強度はオリハルコン並みだ。さらに風属性の『重力軽減』を常時発動させて――」


 俺がつい早口でスペックを語りだすと、リズの目がキラキラと輝き始めた。


「わかんないけど凄いです! 何これ、魔法!? 羽根みたい!」


 リズが嬉しそうに大剣をブンブン振り回す。


 そのたびに、ごうっ、ごうっ、と店内の空気が唸りを上げて揺れる。


「気に入ったか?」


「はい! これなら私、いくら力を入れても疲れません!」


「よし。代金は出世払いでいい。持ってけ」


「ありがとうございます! 私、これでダンジョンへ行ってきますね!」


 リズは大事そうにその巨大な剣を抱えると、満面の笑みで店を飛び出そうと――


「――待て」


 俺は低い声で呼び止めた。

 ビクッ、とリズの肩が跳ねる。


「は、はいっ!?(や、やっぱり高いお金取られるの!?)」


 怯えるリズに、俺は無造作に歩み寄る。

 そして、彼女が身につけているボロボロの革鎧を、値踏みするようにジロジロと凝視した。


「ど、どうかしましたか……?」


「その装備だ」


 俺は眉間に皺を寄せた。

 剣は傑作を渡した。だが、それを使う「本体(リズ)」の装備環境が最悪だ。


 肩紐は緩んでいるし、腰のベルト位置もズレている。これではせっかくの剣の性能が発揮できない。


 職人として、我慢ならない。


「えっ? こ、これは安物ですけど……」


「安物だろうが関係ない。俺の武器を使う以上、万全の状態(コンディション)じゃないと許さん」


 俺はリズの手首を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せた。


「ひゃうっ!?」


「こっちへ来い。……体のサイズ、測り直すぞ」


「え……ええええええっ!?(こ、ここで脱ぐんですかぁ!?)」


 リズが顔を真っ赤にして悲鳴を上げるが、俺には聞こえない。


 早く調整したくてウズウズしている職人魂が、俺を突き動かしていた。

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