第2話 塔の探索、はじまり!

 ぼくたちはたまたま、グリューンさまのいるこのフィールドに迷い込んでしまったのではない。

 罠を掛けられ、どうしようもなくなり、ここまで来てしまったのだ。


 いわゆる、死の罠——というヤツだ。

 あの時のことを思い出すだけで、背筋が寒くなってきてしまう。


 どうして、ギンゲツたちがあんなことをしてきたのか、わからない。

 ぼくたちのような、アリアンフロッドになりたて——というか、まだ天賦を目覚めさせていない者は、小隊に仮入隊して、塔の探索をすることになる。

 戦いに参加することによって、天賦は開眼することがほとんどだからだ。


 だから、アリアンフロッド見習いをしっかりサポートするような小隊ランスが選ばれることになるのだが——ギンゲツたち、「千秋の轍デイ・バイ・デイ」は、そんな態度はまったく、ぼくたちに示そうとしていなかった。

 探索のことなど、まったくわからないぼくたちを怒鳴りつけ、こんなことも知らないのか、とばかにし、さらにせっかく集めていた招魂殻ですら、奪い取っていってしまっていた。


 塔——九曜の塔と呼ばれているが、ぼくたちはいつか、高位のアリアンフロッドとなり、最終的に、その頂きに到達することを目指している。

 大陸に九つある、と言われている塔のうち、今、ぼくたちがいるのは、春水の塔と呼ばれている。

 春水の塔は、ロシュトゥール王国の王都ファル=ナルシオンのすぐ近くのエオル湖から伸びている。

 凍りついたエオル湖の水を塔が溶かして、王国の春がはじまる——とされているので、その名があるらしい。


 九曜の塔は、高さなどはわかっていないが、地上からそびえ、天を貫いて、星海まで届いているらしい。

 しかし、塔が本当に星海まで届いているのか、確かめた者はいない。


 旅立った者は、アリアンフロッドも含めて、たくさんいるのだが、誰ひとりとして、戻ってきていないからだ。

 彼らは本当に星海に達して、別の世界へと向かったのかもしれないし、または途中で息絶えてしまったのかもしれない。

 ぼくたちは、その塔の天辺へと向かったセリカ姉を追うために、アリアンフロッドにならなければならないのだ。


 塔——というのは、まったく不思議な建築物だった。

 突如として現われ、大陸に祝福をもたらしてくれている。


 塔の内部には、ドリフテッド・シングスと呼ばれる、大陸の技術を遙かに超えた代物が出現し、生活に変革を与えてくれているからだ。

 ただ、塔に昇るだけで、ドリフテッド・シングスが得られる、ということではない。


 塔の内部には、招魂獣しょうこんじゅうと呼ばれる存在が徘徊しており、襲いかかってくるからだ。

 そのため、アリアンフロッド機関と呼ばれる組織が生まれ、塔の内部を管理している。

 招魂獣は、撃破されると、招魂殻しょうこんかくと呼ばれるアイテムをドロップすることがあり、それはアリアンフロッドの強化にも使われるのだが、なかには強力な招魂獣もいるので、複数の小隊で討伐する、ということもあるみたいだ。


 塔のなかは、ランダムに構造が変わり、一部の小迷宮ダンジョンを除いて、入る度に通路や部屋の位置、それに徘徊する招魂獣の種類まで変わり、一度として同じ、ということがないらしい。

 階層は、地下へと降りることはなく、上層へと向かう階段のみだ。

 エレベーターもあることはあるが、ほとんど目にしない。


 塔そのものの大きさは、偉い学者の先生が研究しているみたいだけど、春水の塔はファル=ナルシオンの都がすっぽりと入るくらいはあるようだ。

 九つの塔ごとに特色はあるのだけど、共通しているのは、上の階層へ行くほど、強力な招魂獣が登場し、さらに塔の部屋に配置されているドリフテッド・シングスのレア度も増す、ということだけだ。


 そんななか、空気を一変させる出来事が起きた。

 アカネが、天賦てんぷを得たのだ。


 あれは——いったい、どのくらい前の出来事なのだろう。

 グリューンとの、厳しい戦いの連続で、時間間隔すら、あやふやとなってしまっている今のぼくには、何とも答えようがなかった。

 ただ、記憶そのものは、はっきりとしていた。


◆   □   ■   △


 アカネが、刀を振り上げた。

 蔦を受け流しながら、何とか、その場に踏みとどまっている。

 削られた木の皮が弾け、周囲に飛び散った。

 ぼくは、土の地面を踏み込むと、アカネの横から前へと飛び出していった。


 ——首吊りの樹。

 その招魂獣しょうこんじゅうはそのような名前で呼ばれている。

 ひと口に招魂獣といっても、動物型のものは以外と少なく、植物型や昆虫型、または人の姿をしたものなど、種類も数多い。


 塔のなかは、金属で覆われた通路と部屋ばかりではなく、今回のように床が一面、土に覆われていたり、池があったり、または砂丘や洞窟、遺跡のような場所などの場合もあった。

 それらは、小迷宮ミニダンジョンと呼ばれ、構造が変わったとしても、どこかにまた、出現することになる。

 小迷宮の広さは色々で、複数の階層を占めるものもあれば、数ブロック、またはひと部屋しかないようなものも、存在する。


 ぼくたちが踏み込んだ、その小迷宮は、あまり広くはないものの、土の地面が剥きだしとなっていて、小高い丘の中心に、招魂獣の首吊りの樹が位置していた。

 首吊りの樹は、その名前のまま、蔦や枝、木の根などで攻撃を仕掛け、白骨化した死体を樹の幹にぶらさげている、招魂獣だ。

 見た目が樹なので、剣や槍などでは、攻撃しても効果が薄く、斧または呪文を使った攻撃が有効だ。


 蔦の攻撃を、アカネが引き寄せ、その隙にぼくは首吊りの樹に迫った。

 アカネの攻撃で樹の幹の表面が歪み、表情のようなものを作り上げている。

 その顔面めがけて、ぼくは斧を叩きつけた。


 まともなアリアンフロッドなら、戦闘スキルなどを使って攻撃力を増すところなんだろうけど、残念ながら、ぼくにはそれがないので、ただ、斧の刃で斬りつけるしかない。

 柄を握る腕に、痺れのようなものが走った。

 樹の幹が削れ、内部が露出する。


 姿は樹のようだが、樹皮の下は木ではなかった。

 紫の肉のようなものが、覗いた。


 首吊りの樹が、悲鳴なのだろうか——鼓膜の奥がびりびりと震えるような音を周囲に鳴り響かせた。

 どこから、発しているのかわからないが、ダメージは与えられているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る