第27話 杖と魔法

 夏休みが終わり。季節は初夏。真帆も新学期が始まり、学校へ通い始めた。

 とある日の夜。仕事部屋に呼び出された真帆だが、作業台には大きな深紅しんこう色の布が置かれ、何かを包むように膨らんでいた。

 

「そろそろ、これを君に渡さなければと思ってな」

 

 そう言いながら、鳥羽はその深紅の布を捲る。

 

「これって……」

 

 真帆は布に包まれていた“それ”を凝視する。

 箒ほどの長さがあるだろうか。焦茶色をした木製の杖だ。杖先が曲がっており、杖には青いリボンが付いている。リボンの先端は水色のグラデーションがかかっていて、海の色を思わせるようだ。

 

「師から弟子に杖を贈る習わしがあってな。君の杖だ。手に取ってみるといい」

 

 真帆は頷くと、緊張した面持ちで杖を手にした。木製の感触と木の匂い。そしてしっかりと重みを感じる。

 

「前にも話したが」と鳥羽は真帆に語りかける。

 

「普通、魔力は私たちの体内にあり、杖などの媒介物がなければ魔法として出力ができない。だが君はどういうわけか、魔力を具現化することで放出できるようだ」

 

 そう言うと彼は自身の杖を取り出し、優しく柄を撫でた。

 

「放出するだけで、魔法に変換する力までは備わっていないらしい。魔法を使うには杖は必須だろう」

「あの……」

 

 ここまで鳥羽の話を聞いた上で、真帆は申し訳なさそうに口を挟む。

 

「僕はどんな魔法が使えるようになるんですか?まさか、魔法協会の魔法使いと戦え、なんて言いませんよね」

 

 すると鳥羽は呆れたように腰に手をあて、真帆を見返す。

 

「あのな……映画や漫画のようにバトルするわけじゃない。魔法はそんなもののためにあるわけじゃないんだ。現代には必要ない」

「それじゃ、僕が魔法を使えるようにするのは、なんのためなんです?」

 

 それは純粋な疑問だった。

 これから真帆はもっと魔法使いの世界へ巻き込まれていくだろう。そのためには“知識”が必要だ。だからこそ鳥羽は最初に『知識を叩き込め』と実践前に時間をかけて座学をさせた。

 では、実践的に魔法の技術を高めるのはなぜなのか。誰かと戦うわけでもなく、自分を守るわけでもない。自分が魔法を使うことの意義に疑問を持ったのだ。

 

「それは……君が“オズヴァルト”生まれ変わりだからだろう」

「オズヴァルトが魔法使いだったから、僕にも同じ人生を歩めと?」

 

 彼は小さくため息を吐いてみせる。

 

「同じ道を辿れと言いたいわけじゃない。魔法使いになる“責務”が君にはある」

「それって、鳥羽さんも魔法協会と同じじゃないですか。“オズの子”の僕に魔法使いになってほしいんですよね」

 

 鳥羽は黙ったまま、頭を抱えて低く唸った。

 真帆は手にしていた杖を、そっと作業台へ戻す。

 

「鳥羽さんが言いたいことも理解はできます。ただ……今の僕には、魔法を使う理由が思い浮かばなくて」

 

 魔法は魅力的だと思う。

 はじめて魔法を見たのは、鳥羽と出会った時に、彼が見せてくれた“幻夢の蝶”。火を纏う幻覚の蝶だ。あれを見て「美しい」と心から思えた。

 そして春鈴が見せてくれた、咲き誇る草花の魔法。それも真帆にとってはここ惹かれるものだ。

 二人の魔法を間近で目にし、どれも魔法の素晴らしさに心が惹かれる。だが、それは自分に必要なものなのだろうか?

 魔導師になるわけでもないのに、魔法を学ぶ意味が見えてこないのだ。

 

「……そうか」

 

 鳥羽は置かれた杖を布で包み直した。真帆は包まれていく杖を、じっと見つめる。

 

「すみません……」

 

「いや、私が急かしすぎたな。君の考えも、もっともだ」

 

 「だが」と彼は言葉を続け、こちらに視線を寄こす。

 

「ひとつだけ覚えていてほしい。君が魔法を学ぶということは、これから先の人生に“選択肢”が増えるということだ。例えその選択をしなかったとしても。君には“魔法を使う”という選択が増える。それだけは間違いない」

 

 真帆は視線を落とした。なんと返せばいいのかわからない。少年にはまだ、理解するには難しかった。

 杖を仕舞う鳥羽へ、真帆はふと顔を上げる。

 

「鳥羽さんはどうして魔法を使うんですか?」 

「それは魔導師だからだろう。魔導師が魔法を使えなくてどうするんだ」 

「そうじゃなくて、その……どうして魔導師になったんですか」

 

 真帆の問いに彼の動きはぴたりと止まり。こちらに顔を向けぬままに、口を開いた。

 

「かっこいいだろう」 

「……なんて?」

 

 聞き間違いかと思い、真帆は聞き返す。

 すると鳥羽は得意げな笑みをこちらに向けた。

 

「かっこいいじゃないか!!魔導師!」

 

 真帆は開いた口が塞がらない。と同時に呆れてしまった。

 

「かっこいい?それだけ?」 

「理由なんて、そんなものでいい。私には野望などというものはないよ」

 

 なんだか呆気に取られてしまった。一瞬だけ鳥羽の顔つきが神妙になったので、なにか深い理由でもあるのかと身構えてしまったのだ。

 

「なんだか楽しそうね」

 

 仕事部屋を春鈴が覗きに来た。お風呂上がりのネグリジェ姿な彼女は部屋へ入ってくる。

 

「春鈴さん。春鈴さんは、どうして魔女になって鳥羽さんといるんですか?」

 

「わたし?そうねぇ……」と彼女は言葉を選ぶように考えている。

 

「魔法を教えてくれたのは母なの。魔法薬の分野に長けている人だったわ。それから、色々とあって鳥羽さんと出会って。魔法薬の店を建てるというから、働かせてほしいとお願いしたのよ」

「そうだったんですか?!春鈴さんからお願いしたんだ……」

 

 彼女は優しく笑う。

 

「それからも色々とあったんだけどね。その話は、今度にでもゆっくり話してあげるわよ」 

「気になってきちゃった」 

「ふふ、でも二人とも。もう遅い時間だから寝ないと」

 

 春鈴に連れられて真帆は仕事部屋を出る。扉を閉め切る前に、真帆は部屋の奥へ目をやる。

 黒の支柱に銀の頭杖をした自身の杖を鳥羽は撫でていた。その横顔には、どこか哀愁が漂っている気がしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る