第7話 密猟者

 真帆は口をあんぐりと開けた。


「トイーズって大手玩具メーカーですよね。それが表向きで、本当は魔導師?」


 『トイーズ』とは日本だけでなく、海外にも名の知れた玩具メーカーである。誰しもが一度はトイーズの玩具に触れたことがあるだろう。


「いい反応だな。意外だろ?でも珍しくもないぜ。魔導師は兼業が多いんだ。本職の魔導師業は残念ながら儲かるには難しい。ただ、蔵家は魔法使いの一族で、昔から国との繋がりも強い。だから国家に認められた魔法使いなのさ。お国の名のもとに動いている。それを眞人にも手伝ってもらう代わりに高い報酬をやっているんだ」


 真帆は顎に手を添え、首を傾げた。


「それなら、蔵さんは会社を立ち上げなくとも、魔導師のお仕事だけで十二分に生活できるんじゃないですか?」

「トイーズを創ったのは俺じゃなくて、もっと上の先代。初めは魔法を取り込んだ玩具を売る小さな店だったのが、こんなに大きくなったのさ」


 真帆は驚きを隠せなかった。

 蔵の正体についてもそうだが、一番は鳥羽にそんな繋がりがあることに驚いている。


「なんだ。私に大企業の坊ちゃんが知人にいるのが、そんなに驚くことだったか?」


 真帆から注がれる視線で少年の心情を察したらしい鳥羽は、真帆を睨んできた。


「そんな、悪い意味では!」


 蔵はくくっと笑う。


「無愛想な男だからな。友人がいることにも驚くだろう」


 蔵の言葉に真帆は乾いた笑いしかできない。隣では鳥羽が不満げに口をへの字に曲げていた。


「それで、私に会いに来たのは用事があったんだろう」


 鳥羽が蔵に向き直り言えば、蔵は「そうだった」と拳を掌に打つ。


「家まで押しかけたのは丁度このあたりに仕事で来てたからなんだが。会うついでに話しておきたいことがあってな。その……」


 蔵は一瞬だけ真帆に視線を向け、再び鳥羽と目を合わせる。


「二人だけでいいか?」


「わかった」と彼は頷いた。


「仔犬くん、春鈴が店にいる。彼女の手伝いをしてくれ」


 真帆はクレオを抱き抱えると、庭を出ていく。


「大人だけの秘密の話ってやつ?」


 そっとクレオに聞いた。


『さぁ、どうかしらね』



 少年の背中が見えなくなったところで蔵は言う。


「仔犬くん?」

「あの少年のことだ。彼も慣れたのか、そう呼んでも素直に反応している」


 意地悪く笑む鳥羽に蔵は苦笑いした。


「嫌われるぞ、お前」

「嫌う者が一人増えたところで、たいした問題でもない」

「お前な……」


 蔵は呆れて鳥羽を説教しそうになったが、本題から逸れるため、この説教は今後にとっておくことにした。

 ガーデンチェアに腰掛けた鳥羽は、蔵を向かいの椅子に座るよう催促してくる。


「話を聞くから、早く座れ」


 蔵は腰掛けると真剣な表情を浮かべた。


「難しい話じゃない。日本に妖精の密猟者が出てきたんだ。妖精を捕まえて闇ブリーダーに売る。もしくは闇市で出品だ」


 鳥羽はそれを聞いて眉を寄せた。


『ミツリョウシャ!恐ろしいやつ!』

『懲らしめてあげるわよ』


 盗み聞いていた妖精は二人の側にやってくると円卓に鎮座する。蔵は肩をすくめた。


「簡単な話じゃないんだぜ。その密猟者は“雇われ人“だ。指導者は身の安全なところから、金で釣った雇われバイトを遣ってことを働いてるってわけさ。いくら密猟者を捕まえても、親玉が捕まらない限り止められない」


 鳥羽は腕を組むと椅子の背もたれに体重を預け、足を組んだ。


「しかし密猟は今に限った話でなければ、日本だけの問題でもない。なぜ今になって騒いでるんだ」


 すると蔵はテーブルに前のめりになり、指でトントンと机上を叩く。


「いいか、今の密猟者の組織図はこうだ。まずはトップの“ボス”。こいつが組織全体をまとめている。所在は不明で国外なことはわかっている。次に“指示役”こいつも所在は不明。次に“仲介人”これは本国にいる確率が高い。その下に“実行犯“がいる。ここまでいいな」


 鳥羽は黙って頷いた。


「“仲介人”は適当な人材を探して“実行犯”を金で雇う。高い報酬をチラつかせるんだ。で、“実行犯”に使い捨ての携帯を渡す。“実行犯”は携帯のメールから“指示役”と連絡を取り合い、密猟を行う。報酬は“仲介人”から現金を手渡しでもらえる」


「なるほど。実行犯を捕まえたところで、指示は使い捨ての携帯メールだから、指示役やボスには足が付かない仕組みになっているのか」


「そういうこと。仲介人も裏サイトから雇われたバイトの確率が高いから、仲介人を捕まえられても根っこを潰すことが難しい。指示役やボスからすれば、雇いの下っ端はトカゲの尻尾切りのように容易く捨てられる。この手口が最近、横行し始めている。組織もどのくらいの規模なのか、いくつあるのか、まだ把握しきれていないのが現状だ」


「組織のトップが国外だと捕まえるのも困難を極めるだろうな」


 蔵は赤縁メガネを取ると、テーブルに肘をついて頭を抱えた。


「そもそも日本は妖精や魔法使いに対しての規則が整っていない!法整備が穴だらけだから他国より狙われやすいんだ。欧州なんてガチガチに厳しい。日本政府はこの件を重く捉えてないんだ。他人事だと思って問題をこっちに丸投げしやがって……」


「欧州は日本と違い、今でも妖精の伝承が数多くあり、文化が染み付いているところだからな。で、私はお前が密猟の件で苦労している話を聞けばよかったのか?」


 姿勢を正した蔵はメガネをかけ直す。


「わかって言ってるだろ。お前もこのくらいの情報は耳に入れておけって言いにきたんだ」


 蔵は席を立ち上がる。


「帰るのか」

「話はこれだけだ。俺も暇じゃないし」


 鳥羽に門まで送られた蔵は立ち止まって黙った。ひとつだけ気になることがある。

 怪訝な表情のままで蔵の様子を伺っている青年に聞く。


「眞人、あの子は誰なんだ」

「少年のことか。晴政さんの子供だと説明したはずだが」

「そうじゃない。あの瞳……」


 蔵の脳裏には少年の姿がはっきりと映し出されている。一見は素朴な子ども。けれど引き込まれるような青い瞳は、普通の子ではないと蔵の直感が言っているのだ。


「もう一度聞く。


 二人の間に風が吹き、髪を揺らした。

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