第10章: 新しい日常【前編】

悠斗と阿部の関係は、少しずつ安定し、互いに支え合いながら歩みを進めていた。毎日のように顔を合わせ、話すことで、二人の絆は強くなり、互いに心から信頼し合う関係へと変わっていった。だが、その一方で、悠斗の中には依然として解決しきれない問題があった。それは、自分が抱える「モデル」としての過去だった。


悠斗はかつて、SNSで大人気の美少女モデルとして活躍していた。しかし、その姿は自分の本当の姿ではなく、地味で内向的な男子高校生が作り上げた虚構だった。モデルとして注目を集めることには大きなプレッシャーがあり、日々自分の正体を隠しながら生活していた。


その正体が露呈した後も、悠斗は自分が「モデル」として生きていた時期を完全に切り離すことはできなかった。自分をどう受け入れるべきか、その答えが見つからないままだった。


今日も、阿部と一緒に帰る途中、悠斗はまたそのことについて考えていた。モデルとしての自分をどう受け入れ、今後どのように生活していくべきなのか。阿部と過ごす時間が増える中で、ますますその思いが強くなっていた。


「阿部、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」悠斗は歩きながら、ためらうように言った。


阿部はその声に気づき、すぐに立ち止まって悠斗を見た。「どうした?」


悠斗は少しだけ顔を伏せ、言葉を絞り出すように話し始めた。「僕、実はまだモデルとしての自分を受け入れられていないんだ。僕がやっていたことは、自分じゃないような気がして、どうしてもその過去に戻りたくないと思ってる。でも、周りからはそのイメージがついてしまって、どうしてもそれを引きずっている感じがする。」


阿部は悠斗の話を静かに聞きながら、少し考え込み、優しく答えた。「悠斗、君がモデルとしてやっていたことは、君の一部だと思う。今の君を作り上げたものでもあるし、過去を否定する必要はないんじゃないかな。」


悠斗はその言葉に驚いたような顔をして、阿部を見た。「でも、僕はあんな姿、誰にも見せたくないって思ってしまう。モデルとして注目を浴びていた時期の自分を、どうしても恥ずかしく感じるんだ。」


阿部は少し考え、そしてゆっくりと答えた。「モデルとして活躍していたことが恥ずかしいわけじゃないと思うよ。それはただ君が持っている才能の一部だし、それに誇りを持っていいんじゃないかな。ただ、今はその自分をどう生かすかが大事だと思う。」


悠斗はその言葉にじっと耳を傾け、少しの間沈黙が流れた。阿部の言葉は、彼がモデルとして生きていた過去を否定することなく、受け入れる勇気を与えてくれるように感じた。過去を引きずって生きるのではなく、その経験を糧にして、今の自分をどう進化させていくか。それが大事だということを、少しずつ理解し始めていた。


「阿部、ありがとう。君の言葉で、少し楽になった気がする。」悠斗は小さく微笑んだ。「過去に悩むことなく、今の自分を大事にしたい。」


阿部は悠斗の肩を軽く叩き、「それが一番だよ。」と微笑んだ。


その後、二人は再び歩き始めた。悠斗の中で、少しずつ心の中のもやもやが晴れていくのを感じた。自分の過去に向き合い、それを受け入れることができるようになれば、きっと未来も明るいものになると感じ始めていた。


その日の夕方、家に帰った悠斗は、ふと自分の部屋にある昔のモデル活動の写真を見つめていた。あの頃は、すべてがうまくいっているように見えたけれど、実際には心の中で孤独を感じていた。SNSのフォロワーたちからの期待に応えようと必死になり、どんどん自分を犠牲にしていたことを思い出す。それでも、その時期があったからこそ、今の自分があるのだと思うと、少しだけ誇らしさも感じた。


悠斗はその写真を手に取って、ゆっくりと眺めた。過去の自分を否定することなく、受け入れながらも、今の自分に合った生き方をしていこうと思った。


「もう過去を引きずらない。」悠斗は心の中で強く決意した。「自分のペースで、少しずつ前に進んでいこう。」


その日の夜、悠斗は寝る前に携帯を手に取り、阿部にメッセージを送った。


『ありがとう、阿部。今日は話してよかった。少しずつ自分のこと、受け入れていくね。』


すぐに返ってきたメッセージには、こう書かれていた。


『いつでも支えるから、無理せずにね。』


その言葉を見て、悠斗はもう一度心が温かくなるのを感じた。阿部と一緒にいれば、何でも乗り越えられると思えるようになった。そして、何よりも大事なのは、過去の自分を受け入れ、今を大切に生きることだということを、改めて感じた。

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