第15話

 暫く沈黙が続いた。

 でも、特にそれ以上何も起こらない。

 何が何だかわからなくて混乱していると、寝息が聞こえた。


 振り返ったら、勇凛くんは寝ていた。


「寝言……?」


 私はほっとした。

 ただ、体勢は変わらず、私は身動きがとれない。

 どうしよう……。


「七海さん」


 また寝言を言っている。

 これじゃ眠れない。

 脱出を試みた時、腕の力が強くなった。


「七海さん……」


 苦しそうな声。

 どんな夢を見ているんだ……!

 深い眠りだろうから、ちょっと力入れても大丈夫かも。

 勇凛くんの腕を振り解こうとした。


「七海さん……俺とずっと一緒にいてください」


 勇凛くんの静かで切実な声。

 寝言なのにハッキリしている。

 腕を振り払うことができなくなってしまった。


 私はそのまま眠りにつくことにした。


 ***


 朝目が覚めると、私と勇凛くんは向かい合わせに寝ていた。

 勇凛くんの腕はそのままだった。

 その状況に焦ったけれど、私はそのままでいた。


 勇凛くんの腕の中が暖かくて、心臓は早く鳴るのに落ち着く。

 不思議な感覚だった。


 暫くすると、私のスマホのアラームが鳴った。

 ヤバい!!


 すると勇凛くんが目覚めた。


「……七海さん?え、なんで」

「勇凛くんが寝てる時にこうなってしまって……」

「そうなんですね……すみません」

「アラーム消すね」


 私は起き上がってアラームを消した。


「七海さん、今日はどうするんですか……?」

「役所に行こうと思う」


 勇凛くんが起き上がった。


「婚姻届のことですか?」


 少し不安そうな顔をしている。


「うん。ちゃんと確認したいの。私たちが夫婦になってることを」

「はい、そうですね。俺も行きます」


 私と勇凛くんは朝ご飯を食べて支度を始めた。


 ***


 私は会社に電話した。


「川崎です。今日は午後から出勤しようと思います」

『わかった。待っている』


 相変わらず心のない上司の声。


「七海さん今日会社に行くんですか?」

「うん。流石にこれ以上休むと仕事が溜まって余計に大変になるから」


 勇凛くんは悩んでいる。


「まだ退院したばかりなのに、また同じ状態になるか不安です」

「……そこは、気をつける」


 私と勇凛くんはマンションから出て駅に向かって歩いた。


「七海さん」

「なに?」

「手を繋いでいいですか」


 手を繋ぐ……って、周りの人に見られる訳で、もう私は三十路。流石に恥ずかしい。

 私が何も言えないでいると、勇凛くんは恐る恐る私の手に触れた。

 そっと優しく私の手が包まれた。

 心まで温かくなった。


 恥ずかしい。

 だけど、嬉しい。

 勇凛くんの行動にドキドキしてる私は、彼に恋をしているんじゃないのかと、今更ながら思った。

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