その子を好きになってはいけない

夜方宵@MF文庫J/講ラ文庫で書籍発売中

第1話 馴れ初め

 俺は、自分で言うのもなんだが昔からモテた。

 中学時代に付き合った女子の数なんて数えきれないほどだ。だから当然、俺の中には『女子なんて向こうから寄ってくるもの』という認識が少なからずあった。

 だけど、高校に入学した俺は生まれて初めて『自分の方が惹き寄せられてしまう相手』を知った。


 それが舞鶴稀歌まいづるまれかだった。


 稀歌は今まで見てきたどんな女子よりも可愛かった。清楚にして可憐な容貌と佇まい、誰にでも分け隔てなく優しく、なのにその純潔さゆえ穢すのを恐れて近寄りがたいと感じてしまうような──いわゆる高嶺の花というべき存在だった。

 同じクラスだというのに、入学してから一ヶ月経っても俺はろくに稀歌と話す機会を持てなかった。俺だけじゃない。ほかの男子の誰もが、確かに稀歌に魅せられながら、しかし触れることが罪であるかのように距離を縮められないでいた。


 そんなある日、ついに膠着状態を破る出来事があった。

 休日の繁華街を散策していた稀歌が、男子二人からしつこいナンパに遭っているところに、俺が通りかかったのだ。

 無理やり腕を掴まれて涙目になっている稀歌のもとに、俺は迷わず歩み寄った。


「おい、なにしてんだよ」

 ナンパ男子の手首を掴んで捻り上げる。

「俺の彼女に手出してんじゃねえよ」

 そう凄んで睨みつけると、抗うでもなくナンパ男子達はそそくさと逃げ出した。

 振り返って稀歌を見ると、彼女は呆けた顔で俺を見つめていた。

「大丈夫、舞鶴さん」

 そう語りかけたところで、稀歌は顔をハッとさせた。

「あっ、松城まつしろくん?」

「そう、同じクラスの松城和希まつしろかずきだよ。あ、ごめんね、あいつらを追い払うためとはいえ君の彼氏だなんて嘘をついて」

 稀歌が俺の名前を覚えていてくれたことに内心では歓喜しつつ、努めて平静を貫く。

 そんな俺を見て頬を朱に染めた稀歌は、笑顔を咲かせて小さく首を横に振った。

「ううん、全然。助けてくれてありがとう、松城くん。その……本当にカッコよかったよ」


 大きな歯車が回り始めた瞬間だった。

 それから俺と稀歌は連絡先を交換し、学校でも頻繁に話すようになり、夜はメッセージや通話で他愛のない話に花を咲かせ、一度はふたりで週末の繁華街に出かけもして、瞬く間に心の距離を縮めていった。

 俺が稀歌に告白をしたのは、ナンパの一件から三週間後のことだった。


「稀歌、君が好きだ。俺と付き合ってください」

「もちろん。私も和希くんのことが大好きです」


 こうして俺は、生まれて初めて自分から惚れた女の子をついに手に入れたのだった。

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