第59話 正しい付与と、売れる付与

 様々な魔導具の素材が並び、定着液などの薬品の独特の匂いが広がる。

 ここは“魔導具実習室A”。

 魔導具を作る、開発するための部屋だ。

 ——ただし、ここで求められるのは“新しさ”ではない。


 今日は魔導回路を紙に書くだけ。

 正直教室でも出来るのでは? と思うが、教室は講義、実践はここと厳密に切り分けをしてるらしい。

 意味あるのかね?


「本日は皆の生活でもよく使われている魔導ランタンの回路を書いてもらう。くれぐれも“スタンダード”な回路を書くこと」


 教師の厳しい視線は、紛れもなく私に向いていた。

 ——“余計なことはするな”と。


(はいはい、ちゃんとやりますよ)


 そう思いながらもあまりの悔しさに、私は知らず知らず奥歯を強く噛み締めていた……



「出来ました!」


 まだ誰も終わっていない中、私は一人手を挙げた。こんな基本中の基本の回路は九歳の時に、もう書けている。


 教師が私の書いた回路用紙を取り、じっくりと読み込む。

 そして……


「うむ、模範的だ。実に教科書通りで素晴らしい。……では席に戻り、他の生徒の邪魔にならないように」


 そう言って満足気に口の端を吊り上げた。

 その顔を見て思わず拳を強く握り込んだ……


 ◇◆◇


「今回の魔導回路はセレナくんが最も早く、綺麗な回路を書いた。皆も見習い、負けぬよう精進すること、以上!」


 そう言って教師は実習室を出て行った。


 はぁ、やっとこの茶番の時間が終わった。

 ——正解を書くだけなら、私はここに来る必要はない。

 思わず深い溜め息をついてしまった。


「セレナすごいね!見習えってさ」


 そこへマリーナが明るい声をかけてきた。

 今はその声がとても救いのように感じられる。


「最初だけだよ。みんなこれから努力していくもん。すぐ追い抜かされちゃうかも」


「そうね、あなたなんかすぐ追い越してやるわ。この私がね!」


 そんな敵意に満ちた声が背後から聞こえてくる。

 ふと振り返ると、そこには金髪の、気が強そうな女の子が立っていた。


「いい?今回あなたが持ち上げられたのはたまたま。次は工房の娘として腕を磨いてきた私こそがトップを取るから覚悟しておいて!」


「うん、それはいいんだけどさ……誰?」


「セレナ!リディアだよ。自己紹介聞いてなかったの?」


 マリーナが私にそっと耳打ちするが、たぶんこの距離だから丸聞こえだろう。


「ふん。次の付与の授業では必ず勝つから見てなさい!」


 そう言ってリディアはスタスタと教師を出て行った。


「なんかちょっと態度悪いよね……」


 マリーナはそう言うが、


「そう?むしろ上目指す気概があって頼もしいじゃない」


 と私は返す。

 初等学校にいないタイプだったので、私はとても新鮮な感じだった。


「セレナって変だよね。何か最初は先生に目付けられてたみたいなのに、終わったら褒められてたし……」


 うっ! マリーナもしっかり見てるなぁ。


「そ、そう?」


 つい動揺が返事に出てしまった。

 一瞬視線を鋭くしたマリーナは、すぐ元の表情に戻り、


「ま、いっか。ほら、教室もどろう」


 と手を差し出してきた。


 何か気づかれたかな?

 まあでも今のところ悪いことはしてないし。

 私の良心に対して以外は……


 ◇◆◇


 そしてその二日後。

 今度は付与の実習授業があった。


 正直付与はそれほど得意ではない。

 私の中では魔導回路を組むことが魔導具のメインだから、付与は後回しでいい。

 そう思っていたからだ。


 なので不安なのはこの授業。

 付与を自在に操る腕がないので、いつものやり方しか出来ない。

 それはきっとこの学校のやり方とはズレている自信がある。


「今日は魔導ランタンの外装によく行われる、『耐火』と『硬化』の付与をしてもらう。火の魔石を用意してるので、取りに来ること」


 たぶん魔石から魔力を抜く手際も見たいのだろう。

 私はもう昔みたいに『サイフォンの原理』を使うまでもない。

 ここまでなら私は自信がある。


「ほう、セレナくん。見事な魔力抽出だ。一切の淀みが感じられない」


 教師は褒めてくれるが、私はここまでなの。

 付与になると途端にいつものことしか出来なくなるから、見ないでくれないかな。


「続きを見せてもらおうか」


 キャー!

 恐れていたことが起こった……

 仕方ない、やるか。


 私はランタンのカバーの内側に耐火付与を行う。


 付与自体は問題なく成立している。

 ただ、熱の逃げを抑えるため魔力配分を均一にしすぎたせいで、魔力を多く必要とし、さらに教科書に載るような綺麗さはなかった。


「うん、付与の考え方は悪くない。だが、学校でこのやり方を続けるなら進級は厳しい」


 私は“正しい”ことをしている。

 それを理解できない側が遅れているだけだ。

 だけど、いざ評価されないと胸の奥がざらつく。

 ――私は唇を噛み締めた。



(しばらくは教科書をお手本に、求められる付与が出来るよう練習するしかないか)


 この学校ではそれが"正しい"と分かっているのに、それを学ぶための"プライド"という対価が日に日に重く感じられて仕方なかった……



 授業終了後、この前宣戦布告をしたリディアという女の子が、スタスタと早足でやって来て、私の付与した板金を取り上げた。


「ふん、この程度なの。残念だわ」


 そう言って板金を机の上に置いた。


「私の物を見なさい。これが“付与”よ。先生も、これが一番綺麗だって言ってたわ。学校で学ぶなら、これが正解でしょ?」


「まぁ……売るなら、ね。使う人のことまでは先生、見ないもの」


 渡された板金を見ると、面の外側は薄めに、光る中心に近づくほど厚く、熱の広がりに合わせた綺麗な付与が施されていた。


 ――すごい!

 これなら店頭に置かれても遜色ないレベルだ。

 今の私にはここまで滑らかな付与は出来ない。


「ねぇ!これどうやったの、教えて!!」


「な、なんで私があなたなんかに……」


「代わりに魔導回路教えてあげるから!」


「……」


 リディアは私の言葉に唇を噛み締める。


「魔導回路、教えられるなら教えてもらってもいいわ」


 さすがにこの恩着せがましい言い方にはピクッとこめかみが動く。


「そんな言い方するなら教えなくてもいいよ。他の得意な人に教えてもらえばいいし。行こっ、マリーナ」


「わ、分かったわよ!付与を教えるから、代わりに魔導回路教えて。これは交換条件よ」


 やれやれ、最初から素直に言えばいいものを。


「分かった。私、セレナ・シルヴァーノ。よろしくね、リディア!」


「わ、私はリディア・ヴェルティナ。この街の魔導具工房の娘よ。よろしくね」


 自己紹介の中で落ち着いてきたらしいリディアは、余裕を持って手を差し出してきた。


「うん、よろしく!!」


 この後リディアとは関係を深めていくんだけど、それはもう少し後の話。



 まさかマリーナがあんな特技があるとは……。

 その“特技”のおかげで私たち三人は放課後一緒に残ることが多くなっていくんだ。





―――――――――――――――――

教科書通りの「平凡」を求められる屈辱。

リディアの登場が良いスパイスになってます!


​次回、第60話「静かな反対者たち」

​浮かび上がってくる学校のもう一つの評価軸。一人の生徒の叫びが胸を突き刺す。



今回初登場のリディアですが、第一印象は


①うわっ、偉そう。

 お近づきになりたくないな

②あっさり折れた!

 これはからかえそうだぞ?


あなたはどっちで感じましたか?

良かったら教えてくださいね♪

私は②で調子に乗って、本気で怒られて主従逆転する未来が見えます(笑)

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