第2章 つむじ風のような日々
第8話 退屈な教室と、つむじ風の始まり
十歳の春。
私はママに選んでもらった新しい服に袖を通し、少しの緊張とたくさんの期待を胸に、ヴェルダの街にある初等学校の門をくぐった。
石造りの立派な校舎に、ピカピカの講堂。
五十人ほどの同級生たちはみんなソワソワしていて、これから始まる新しい生活に胸を躍らせているのが伝わってくる。
「ねぇ、わたしアミーカっていうの。よろしくね?」
指定された席に座ると、隣の女の子がこっそりと話しかけてきた。
栗色の髪でひまわりみたいに明るい笑顔の子だ。
「わたしはセレナ! こっちこそよろしく!」
これが私とアミーカ、後に先生たちを震え上がらせることになる、『ヴェルダ初等学校のつむじ風コンビ』、その最強の相棒との出会いだった。
◇◆◇
入学して数日も経つと、私の期待は少し
理由は単純。
授業が、退屈すぎるのだ。
「えー、では次は計算の練習です。1足す1は……」
先生が黒板に丁寧に数字を書いている。
周りの子は真剣に指を折って数えているけれど、私にとっては簡単すぎる。
文字の読み書きも、魔導具作りのためにママに叩き込まれたし、計算だって澪の計算知識が使えるようになった私には、準備運動にもならない。
(はぁ……帰って魔導回路の続き書きたいなぁ)
窓際の後ろから二番目という特等席で、私は大きな欠伸を噛み殺した。
学校は楽しい。アミーカとも仲良くなったし、おしゃべりは尽きない。
でも、この授業時間だけは、どうしても苦痛だった。
そんなある日の、算数の時間。
私が頬杖をついて外の雲を眺めていると、隣のアミーカがツンツンと袖を引いてきた。
「ねぇ、セレナ。あれ見て」
アミーカが指差したのは、教卓に置かれた先生の教科書だ。
先生は今、黒板の方を向いて板書をしている。
「……えっ?」
目を凝らした私は、思わず声を上げそうになった。
先生の教科書の、ページの右下。
そこには、インクで描かれた小さなネズミの絵があった。
しかも、ページが風でパラパラとめくれるたびに、そのネズミがチョロチョロと動いているように見える。
(イタズラ描き!?)
いや、それよりもだ。
あれは先生の私物だ。いつの間に描いたの?
休み時間、先生はずっと教室にいたはずだし、教材は手元に置いていたはずなのに。
「あれ、アミーカが描いたの?」
私が小声で尋ねると、アミーカは「しーっ」と人差し指を立てて、にんまりと悪戯っぽく笑った。
「すごいでしょ? 先生がよそ見してる隙に、パパッとね!」
と、得意げな顔。
……すごい。
いつ描いたのかも謎だけど、先生の教科書に落書きをするなんて度胸、普通じゃない。
一般的な常識で考えれば「絶対ダメでしょ!」と止める場面だ。
でも、退屈しきっていた私の心は、そのスリルと発想の面白さに、不覚にもドキドキしてしまったのだ。
「ふふっ……やるね」
私は思わず笑い返していた。
◇◆◇
その日を境に、私たちの「退屈しのぎ」はエスカレートしていった。ターゲットは、授業中の眠気と、先生たちのリアクションだ。
「ねぇセレナ、今日の放課後、ちょっと面白いことしない?」
アミーカの提案はいつも突拍子もない。
ある時は、教室の机と椅子を、全部黒板に背を向けるように並べ替えたり。
またある時は、歴史の教科書の偉い王様の肖像画に、全員分立派なチョビ髭を書き足したり。
使うのは知恵と工夫だ。
机を運ぶ時は音を立てないように靴下を噛ませたり、落書きにはママの工房の失敗作置き場から見つけてきた、時間が経つと色が消えてしまう特殊なインクを使ったりした。
まあカモフラージュのために描いた自分の教科書に、インクが少し残った部分があったりもしたけど……
ルールは一つ。
『誰も傷つけず、痕跡を残さないこと』。
「ぶふっ!」
翌朝、教室に入ってきたゴードン先生が、逆向きの机を見て吹き出し、生徒たちがクスクス笑う。
それを見て、私とアミーカは顔を見合わせてニヤリとする。
誰がやったのか証拠はない。
まるで風のように現れては去っていくイタズラの数々。
「次はどうする? もっとビックリさせたいね」
「うん! アミーカ、いいアイデアある?」
私はすっかり共犯者になっていた。
アミーカの底なしの発想力と、私の小賢しい知恵。
二人が揃えば、退屈な学校生活も、最高に刺激的な冒険の舞台に早変わりだ。
◇◆◇
そして季節は巡り、私たちは2年生に進級した。もうすぐ『春の交流パーティー』がやってくる。
全校生徒が集まる大きなイベント。
お祭り好きのアミーカが、これを黙って見過ごすはずがなかった。
「ねぇセレナ、聞いた? 今度のパーティー、チョコレートファウンテンがあるんだって!」
目をキラキラさせるアミーカ。
でも、その瞳の奥には、美味しいチョコへの期待とは別の、もっと怪しい光が宿っていた。
「へぇー、すごいね! ……で、何か仕掛けるの?」
「ふふふ、実はね……」
アミーカが声を潜めて、とんでもない情報を口にした。
「先生たち、そのチョコの機械を倉庫に隠して、そこへ『いたずらっ子』が盗みに入るのを待ち伏せする『罠』を張ってるらしいよ!」
「えっ、なんで知ってるの?」
「昨日、うちの店で先生たちが作戦会議してたんだもん。『奴らが来たら確保だ!』って、丸聞こえだったよ」
……先生たち、脇が甘すぎる。
生徒のお店で密談するなんて。
具体的な名前こそ出さなかったみたいだけど、先生たちは間違いなくイタズラの犯人を捕まえる気だ。
「で、どうする? 罠だって分かってて捕まるなんて、つまんないでしょ?」
アミーカが悪戯っぽく笑う。
その笑顔を見たら、私の答えなんて決まっている。
「……だよね! 逆手に取っちゃおうか!」
こうして、私たちと先生たちの威信をかけた『倉庫の攻防戦』の火蓋が切って落とされたのだった。
―――――――――――――――――
退屈な授業への反逆!最強コンビ結成で、
先生たちとの愉快な知恵比べが始まります。
次回、第9話「倉庫の罠と、逆転の人形」
先生たちの罠を逆手に取れ!
セレナとアミーカの秘策、「逆転の人形」とは?
アミーカ、第一印象はどうでしたか?
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