文化祭の劇
「文化祭の出し物を決めないといけないから、放課後、教室に残っているように」
担任の新海真帆先生(真帆ちゃんの愛称で親しまれている年齢不詳の独身)からそう連絡があったのは、昨日の朝のHRのことだった。
何人かのクラスメイトが不満そうな声をあげたものの、真帆ちゃんはどこ吹く風と聞き流した。
文化祭の準備期間は時間割が変更され、週に四度、LHRが授けられているのだが、みんな騒ぐだけ騒いで話が全くまとまっていなかったのだ。
放課後に召集をかけるのは、真帆ちゃんにとっても不本意だったに違いない。
放課後、クラス委員長の波戸一が教壇に立ち、進行役を務める。
彼はかなりの長身で、男子には珍しく服装の乱れがまるでなかった。
シャツのボタンなんて律儀に全部かけているし、これであと眼鏡でもしていれば、これぞ委員長という風体になることだろう。
「出し物は何がいいかな」
案を募り多数決を採った結果、二年四組では演劇をやることなった。
私は喫茶店に票を投じたけれど、正直みんなで楽しめるならなんでもよかった。
オリジナルかパロディかの二択ではパロディに軍配が上がる。
有名どころを片っ端から挙げ連ね、その中から『不思議の国のアリス』が演目として選ばれた。
みんな早く帰りたい一心なのか、面白いくらいスムーズに決まっていった。
「脚本はどうしようか」
波戸の問いに応えたのは、クラスのお調子者の瀬川潤だった。
「はいはい、俺書いてみたい!」
彼は両手を上げ、ひらひらと振り動かす。
母親の関心を引こうとでもするような幼さが、彼の言動の節々に見て取れた。
「お前目立ちたいだけだろ」
「どうせろくなものなんて作れないって」
「悪いことは言わないからやめとけ」
教室のあちこちから野次が飛んだ。
少し言いすぎな気もするけれど、私も概ね同意見だった。
なにせ日頃の行いが悪い。
制服もだらしなく着崩しているし、アクセサリーの類は校則で禁止されているから、さすがに身に着けてはいないけれど(見つかり次第没収されてしまうのだ)、それでもかなりちゃらちゃらとした印象を受ける。
控えめに言っても、脚本のような重役が務まるとは思えなかった。
「な、なんだよ」
瀬川は野次を飛ばした男子たちを睨み付けた。
けれどそれは、かえって嘲笑を買ってしまっただけだった。
瀬川はますます顔を険しくする。
「できないなんて決めつけるのはよくないって」
フォローするように波戸が割って入った。
「そもそもみんな素人なんだから、やりたい人がやればいいと思う」
それでも不満をもらすクラスメイトたちに向けて、彼は続けた。
「他に脚本を書きたいって人がいれば別だけど」
その言葉に、皆一様に口をつぐんだ。
しばらく待っても名乗りを上げる者はいなかった。
「じゃあ脚本は瀬川、ということでいいかな」
躊躇うような間があったけれど、やがて拍手が起こった。
私も空気を読んで手を叩いておく。
音響班と照明班、それから衣装班を決め、私を含めた残りの大勢が大道具小道具班に割り振られた。
肝心の役者については、登場人物が決まってから改めて、ということになった。
「きりもいいし、今日はここまでにしようか」
そう言って、波戸は窓の外に視線を投げかける。
つられるように私もそちらに目を向けた。
日はもう暮れかかっていた。
校舎は丘の上に建っていて、窓からは朱く色づいた街並みが見渡せる。
「何か質問がある人は」
誰も挙手しないことを確認してから、波戸は区切りをつけるようにゆっくりと頷く。
「じゃあ、解散」
その言葉を合図に、私たちは銘々に放課後の喧騒に紛れていった。
× × × ×
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