108個のチートを持つ僕に、どうかラブコメをさせていただけませんでしょうか。ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

@toysiro

1 転生者でも恋がしたい!

第1話

「やあ、また会ったね。今回は随分頑張っていたなあ。八年くらいかい?」


 意識を取り戻して聞こえてきたのは、もはやお馴染みとなった声だった。横倒しになっていた自分の身体を起こして、胡坐をかく。そして特大のため息をひとつ。

またあの白い部屋だ。どこまでも続いていくようで、どこにも行けない、なにもない部屋。ここにあるのは僕の魂と、どこからか聞こえてくる声の主、その気配だけだった。


 また、戻ってきてしまったのか、ここに。


「くそおぉぉぉぉぉ! ちくしょおおぉぉぉぉぉぉ! チートさえ、チートさえ発動できれば勝ち目はあったのにぃぃぃぃ!」


「悪役の悔しがり方だなあ」


「だって! だってあと三秒……いや、あと一秒あれば僕のスキル:【悪魔召喚サモン・ラプラス】の詠唱が完了していたんです! そうすれば立場は逆転! 僕の勝ちだったのに!」


「だが君は詠唱が間に合わずに負け、死んだ。十五回目の転生も失敗したんだ。それが事実さ。時は巻き戻せない。残念だったね。今回も、君の物語は終わった」


「そんなあ!」


 僕の慟哭を半笑いで流すのは、自称・天使様。僕の異世界への転生担当であり、この空間――魂の埠頭ソウルワーフの主だ。姿は見えない。僕が元の世界でトラックに撥ねられて死んでしまい、この空間に初めてやって来てから、もう何度も訪れる羽目になっているけれど、ただの一度も姿を現したことはない。


「しかしまあ、アレだね。ここの常連になる魂というのも初めてだな。大抵の魂は、一度目ですんなりうまくいくものだがね。君の場合は、一度目の転生は一年、二度目は三か月、三度目はちょっと頑張って三年か。それ以降はもう覚えちゃいないが……先の転生で十五回目だ。天寿を全うするまで転生は続くとはいえ、君は少し死にすぎだね」


「僕が言いたいですよ。どうしてうまくいかないのかな。チートだって、毎回もらってるのに」


 ありがちな話だけれど、転生時にはチートをもらうことができる。例を挙げれば次の通りだ。


肉体言語マッスル・ランゲージ】……身体能力の劇的な向上。

当たれば終わりワン・ヒット・ワンダー】……一発でも攻撃を当てれば相手は死ぬ。

魔導王ウィズ・ウィザウト】……魔法の比類なき才能。

第六感シックス・センス】……生命・身体に及ぶ危険を察知する。

直観アプリオリ】……物事の本質を見抜けるようになる。

欺瞞看破ビヨンド・エイトハンドレッド】……相手のついている嘘を見抜くことができる。


 転生先の世界で生きやすくなるチートをもらって、僕は転生してきた。


 それなのに、僕は死んでいる。実に十五回だ。


 あんまりにも僕が容易く死ぬものだから、天使様は呆れて一度の転生に一つと決められているチートを、途中から複数個くれるようになった。それも転生を繰り返すたびに五個、六個、七個と増えていき……。


 なんと、先ほどの異世界で累計で百八個になった! 煩悩と同じ数! すごい!


 それでも死ぬんだけどね。しかも転生して間もなく死ぬことが多くって、八年というのは実は僕の中で二番目に長い記録だったりする。


「でも、逆に考えれば、僕は向こうで八年の間、生きることができた。順調に成長してると言えるよね。さ、天使様。次の転生先を教えてください」


「ああ、そのことなんだが……ううむ、どう言うべきか」


 次の転生先についてブリーフィングを受けようと全裸正座で待機していると、天使様は珍しく言いづらそうにした。


「どうしたんですか? まさか今さら、言いづらい転生先なんてないでしょう。そりゃ確かに、疫病の蔓延する灰と泥にまみれた終末世界だとか、人類が宇宙生物の奴隷にされている世界とか、生きづらい世界もありました。でも、天使様はいつだってそこで生きていけるチートを与えてくれた。そうでしょう? さ、どんとこいですよ!」


「うん、まあそうしたいところなんだがね……」天使様はぼそりと呟く。「もう、ないんだ」


 ない、とは? 僕が首を傾げると、天使様は苦笑交じりに言った。


「もう、転生先の世界がないんだよ。君が肉体を持って生活できるところはすべて出し尽くしてしまった。そういうことさ」


「またまた御冗談を……」と相槌をうったけど、天使様から続く言葉はない。「え、待ってくださいよ。ほんとに?」


「送り出せる異世界というのは、その魂の波長に合う世界と決まっているんだ。君は十五個と多い方だったけれど、まさかそのいずれも早世するとはね。計算外だったよ」


「そ、それじゃ、僕はこのあとどうなるんですか……?」


「まあ、その……消える、かな」


「そんなあ!」


「ほら、君も全部の異世界を累計したら、結構生きたろう。元の世界が十五年、だったかな? それを考えると……ええと……そうだ、五十年と少しくらいは生きたじゃないか。ここいらで満足したらどうだい?」


「消しゴムのカスを集めて大きな練りけし作れたからいいじゃん、じゃないんですよ!」


「消しゴムのカスって、君ねえ……」


「僕は一人の人間として、楽しい人生を送りたいんですよ!」


「また難しいことを言うじゃないか。君の言う、楽しい人生とは一体なんだい?」


 よくぞ訊いてくれました! 僕は勢い込んで立ち上がる。


「ラブコメがしたいんです! かわいい女の子とつかず離れずの微妙な距離感でデートとかしてみたい! 『お待たせ、ごめん、待った? 今日はありがとう。偶然手に入った映画のペアチケット、使うのに付き合ってくれて。え、ホント? 実を言うと僕も、今日が楽しみで、あんまり寝られなくって……。あ、あのさ……私服姿も、かわいいね』とか、したいんだよお!」


「君の理想のデートまでは訊いていないんだがね……」


 天使様は閉口してしまったけれど、僕の熱意は本物だ。五体投地の構えで、どこにいるとも知れない天使様への敬意を表現する。




「どうか、僕にラブコメをさせていただけませんでしょうか! なにとぞ、なにとぞご検討の程を! よろしくお願いいたします!」



 

 どれくらいの時間が経っただろうか。ソウルワーフには時間の概念がないらしいので、そこになんの意味もないけれど、結構な時間をそうしていたはずだ。

頭上からため息が聞こえてきた。


「負けたよ」


「え、それじゃあ!」


「一つだけ、君が生きていける世界がある。そこに君の魂を送ることとしよう」


「ありがとうございます! さすが天使様! 優しい! 柔軟な思考! 時代はオタクに優しいギャルじゃなくて転生者に優しい天使!」


「なんでもいいけれど、正真正銘、これが最後のチャンスだ。それを覚えていてくれ。死んだらそこまで。君の魂はここに戻ってくることも、天上に昇ることもなく霧散する。それが決まりだ」


 天使様はいたって真面目にそう言った。僕も居住まいを正してそれに応える。


「もちろんです。泣きの一回に文句をつけるつもりはありません」


「よろしい。それから、今度の世界は転生ではなく転移となる。君の魂を、現地の肉体に宿らせる形になるわけだ。幼少期からチートで無双、とはならないから気を付けてくれよ」


「それは大丈夫ですけど……」僕は頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。「つまり、現地人に憑依するってことですよね。それ、人生を乗っ取るみたいで憑依される側が不憫じゃないですか?」


「その点は問題ない。任せてくれ」


 任せろと言うならお任せしよう。僕だって、最後のチャンスを不満だらけでフイにはしたくない。


「決意は固まったかな? ……よろしい。善は急げと、どこかの世界のどこかの国でも言われていたからね。さっそく君の魂を送り出すとしよう」


「よろしくお願いします」


 僕が平身低頭にすると、すぐさま僕の魂の輪郭が光の粒子となって段々と周囲に溶け出していく。十六度目ともなると慣れたもので、これが、僕の新たな人生が始まる合図だ。


「もう一度だけ」天使様の声が響いた。「もう一度だけ忠告しよう。これが、君がヒトとして過ごせる最後の機会だ。くれぐれも自分の命を軽んじないことだね。どうせここに戻ってこられるからと危険を顧みないのは、君の悪い癖だ」


 さすがは天使様。転生先の世界での僕のこれまでの行いは、すべて筒抜けのようだ。


「ご忠告ありがとうございます。行ってきます」


「よき旅を」


 僕の意識は、そこで完全に途絶えた。


 そのはずなのに、天使様の続く言葉はなぜだかずっと、僕の耳に残っていた。




「君の選択を、楽しみにしているよ」




 その言葉の意味するところを知るのは、ずっと先のことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る