向いていると言われて、介護課程を選んだ

凪雨カイ

序章

高校一年の秋、祖父が亡くなった。


胃癌だった。

胃をすべて取る手術をしてから、祖父はほとんど物を食べられなくなった。

食べることが好きだった人が、食べられなくなる。

それをどう受け止めればいいのか、当時の私は分からなかった。


九月の彼岸だった。


授業中、教室の扉がガラッと開いた。

担任が入ってきて、私の名前を呼んだ。

理由は言われなかった。

クラスの空気が一瞬だけ静かになって、また元に戻った。


廊下を歩き、校門を出ると、姉の車が停まっていた。

何も説明されなかったけれど、分かってしまった。

車の中は静かで、ラジオもついていなかった。


祖父は、その日亡くなった。


通夜と葬式の日取りの関係で、

私は次の日、普通に学校へ行った。


忌引きは三日だったけれど、

その三日は、祖父が亡くなったあとすぐではなかった。


チャイムが鳴って、授業が始まった。

周りはいつも通りで、

私もいつも通り席に座っていた。


黒板の文字を見ていたはずなのに、

内容は頭に入ってこなかった。


途中で、急に涙が出た。


悲しいとか、つらいとか、

そういう言葉を考える前に、涙が出た。


「私、なんで泣いてるんだろう」


そう思いながら、

止め方が分からなかった。


成人するまで生きていてほしかった。

もっと病院にお見舞いに行けばよかった。


いろんな考えが浮かんで、

全部、今さらだった。


その日は、途中で家に帰った。



それから時間は進んだ。

進んでしまった。

祖父の死を、きちんと整理できないまま、年度は終わりに近づいていった。


一学期の終わり頃、三者面談があった。


将来の話をされた。

やりたいことはあるか、と聞かれたけれど、特に何もなかった。

正直に、そう答えた。


その時、担任が言った。


「性格的に、介護課程とか向いてるんじゃない?」


その場では、よく分からなかった。

そうなんですか、と曖昧に返事をした気がする。


介護に興味があったわけじゃない。

人の役に立ちたい、という強い気持ちがあったわけでもない。


ただ、その言葉だけは、なぜか残った。


人が食べられなくなること。

身体が弱っていくこと。

終わりが、日常のすぐそばにあること。


私はもう、それを知ってしまっていた。


年度の終わりに、課程選択の紙が配られた。

普通科のまま進むか、専門課程を選ぶか。


私は介護課程に丸をつけた。


向いているかどうかは、分からないままだった。

ただ、その時の私は、

もう以前の自分には戻れない気がしていた。


何も知らないまま、

将来のことを適当に選ぶ、

そういうやり方ができなくなっていた。


祖父のことを、

きちんと悲しめたわけでもない。

整理できたわけでもない。


それでも、

人が弱っていくことや、

食べられなくなることや、

終わりが静かに近づいてくる様子だけは、

頭のどこかに残り続けていた。


三者面談で言われた

「向いているんじゃない?」

という言葉は、

背中を押したというより、

すでに立っていた場所を

指さされたような気がした。


だから私は、

深く考えたわけでもなく、

強い覚悟があったわけでもなく、

介護課程を選んだ。


それが正しい選択だったのかは、

その時も、

そのあとも、

ずっと分からなかった。


ただ一つだけ、

はっきりしていたことがある。


私はもう、

人の終わりを、

何も知らなかった頃の目では

見られなくなっていた。

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