第3話:揺れる心、触れた指先

 ひよりの「私もだよ」という言葉が、温室の静けさに溶けていった。


 その声は、湿った空気に吸い込まれるように柔らかく響き、私の胸の奥にそっと落ちていく。

 その瞬間、胸の奥に張りつめていた糸がふっと緩むのを感じた。


 ずっと怖くて、触れられなかった気持ちが、ようやく形を持ち始めたような気がした。

 けれど、安心と同時に、別の不安が顔を出す。


 ――これから、どうなるんだろう。


 ひよりと私の関係は、もう“ただの友達”ではいられない。

 その変化が嬉しい反面、どこかで怖くて胸がざわつく。


 ひよりは私の手を包んだまま、少し照れたように笑った。

 その笑顔は、いつものひよりの笑顔なのに、今はどこか違って見える。

 距離が近い。


 触れている手の温度が、心臓の鼓動を早める。


「真白、そんな顔しないでよ。泣きそうじゃん」

「泣いてない……」

「泣きそう、って言ったの」

 ひよりの指先が、私の手の甲をそっと撫でる。

 その優しさに、胸がまた熱くなる。

 触れられるたびに、心の奥がじんわりと溶けていくようで、息が少しだけ苦しくなる。


「ひよりは…いつから、そう思ってたの?」

 聞きたいようで、聞きたくない質問だった。

 もし答えが期待と違ったら、どうしよう。

 そんな不安が胸を締めつける。


「うーん…気づいたのは最近。でも、ずっと真白のことは特別だったよ」

「特別…」

 その言葉を噛みしめるように繰り返すと、ひよりは少しだけ頬を赤くした。

 その仕草が可愛くて、胸がまたきゅっとなる。


「真白はさ、私が誰と話してても気にするでしょ?」

「そ、そんなこと……」

「あるよ。すぐわかるもん」

 図星を突かれて、言葉が詰まる。

 自分でも気づかないふりをしていた気持ちを、ひよりはあっさりと言い当ててしまう。


 ひよりはくすっと笑い、私の肩に頭を預けてきた。

 その重みが心地よくて、でも同時に心臓が跳ね上がる。


「私もね、真白が他の子と仲良くしてると、ちょっとだけ嫌なんだよ」

「…ひよりが?」

「うん。だから、気持ちに気づいたとき、ああ、これが“好き”なんだって思った」


 ひよりの声は、温室の湿った空気の中で柔らかく響いた。

 その声は、まるで私の心の奥に直接触れてくるようで、胸がじんわりと熱くなる。


 私はその言葉を胸の奥にそっとしまい込む。

 大切に、大切に、壊れないように。


 けれど、幸せな時間は長く続かなかった。


 温室の外で風が吹き、ガラスがかすかに揺れる。


 その音が、まるでこれから訪れる波乱を予告しているように聞こえて。

 私の胸の奥に小さな不安が芽生えた。


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