第8話 灰色の降下
「ア……ガ……」
マッドサイエンティストによる過剰な電流操作と、終わりのない虐待によって、彼女の戦士としての魂はすでに磨耗しきっている。
(もういい。……もう、十分だろ)
ガレアは歯を食いしばり、断頭斧を大きく振りかぶった。刃ではなく、石突で心臓を一突きにして、苦痛なく終わらせる。
それが、同じアルファとして生まれてしまった同族への、せめてもの手向けだ。
「眠れ。次は、愛してくれる人の元へ生まれ変われ」
ノットは避けようともせず、ただ濁った瞳でガレアを見つめ――いや、私の背後を見ている? その違和感に気づいた時には、既に手遅れだった。
頭上からの殺気──いや、「殺気」すらなかった。
真空の刃が落ちてくるような、無機質な物理現象としての落下。
(――ッ!? なんだ、匂いがしない!?)
ガレアの獣の嗅覚が、背後の脅威を捉え損ねた。しかし、振りかぶった斧の勢いは殺せない。身体が硬直するコンマ一秒の隙。灰色の影が、無防備な首筋へとダガーを振り下ろす――。ガレアが死を覚悟した、その瞬間だった。
「ガ……ルルァッ!!」
目の前の「怪物」が動いた。ノットが自身の身体を弾丸のように射出し、ガレアを突き飛ばしたのだ。
「え……?」
鈍く、濡れた音が響いた。ガレアが突き飛ばされて転がったその場所に、ノットが覆いかぶさるように割り込んだのだ。灰色の女のダガーは、私の首ではなく、ノットの背中から心臓を深々と貫いていた。
「……あ?」
灰色の女の口から、無感情な声が漏れる。
「計算外。……なぜ、
ノットは答えなかった。口から大量の血と、緑色の溶解液を吐き出しながら、巨大な鉤爪の手でダガーを掴んで離さない。
「ガレアッ!!」
ルシアンの悲鳴で、ガレアは我に返った。目の前の光景が信じられなかった。理性を焼かれ、ただの殺戮人形にされていたはずの怪物が、自らの意志で私を庇った?
「おい、ノット……! なんで……!」
私は這いずり寄り、彼女の身体を支えた。身体は冷たくなり始めていた。だらしなく開いたままの股間から、糞尿と精液が垂れ流されている。そんな惨めな姿なのに、彼女の瞳には、先ほどまでの濁り消え、澄んだ光が宿っていた。
「キ……レ、イ……」
ノットの視線は、私の顔ではなく、私の腰――ルシアンによって整備された『処女の鉄枷』に向けられていた。
「アイ……サレ……テル……」
彼女は知っていたのだ。自分がつけられている首輪と、私がつけられている鉄枷の違いを。誰にも守られず、ただ消費されるだけの穴だった彼女にとって、私の厳重な拘束具は、羨ましいほどに輝く愛の証明に見えたのかもしれない。
「ニ……ゲ……ロ……」
ノットは、最後にひきつった笑みを浮かべた。それは怪物のものではなく、一人の誇り高き女アルファの顔だった。彼女の腕から力が抜け、ドサリと崩れ落ちる。
「……死んだわね」
灰色の女は興味なさそうに、ノットの死骸からダガーを引き抜いた。血振るいをして、虚ろな目で私を見る。
「邪魔が入ったわ。……まあいい。次はあんたよ」
「……貴様ァァァッ!!」
全身から、激情が噴き出した。同族の誇りを踏みにじり、ゴミのように捨てたこの女を、絶対に許さない。
◇
「な、なんだ、あの乱入者は!?」
「
右ブロックの惨劇に、観客席は騒然となっていた。
審判団が慌てて笛を吹き、警備兵らが灰色の女を取り囲もうとする。だが、その混乱を一喝したのは、高らかに響く笑い声だった。
「ハハハハハ! 良い! 実に良いぞ!! ……シグマの女よ、名乗るがよい」
「……イゾルデ」
貴賓席の狂王が、立ち上がって拍手していた。
「友情! 自己犠牲! そして理不尽な死! これこそが闘争の華よ! 警備兵、下がれ!」
「へ、陛下!? しかしルールが……」
「ルールなど余が決める! 柵を取り払え! 無粋な仕切りなどいらぬ!」
王が指を鳴らすと、闘技場の仕掛けが作動した。中央を分断していた巨大な鉄柵が、地下へと沈んでいく。
右の檻と、左の檻が繋がった。
右には、友の死に涙し、怒りに震えるガレアと、無感情な死神イゾルデ。左には、状況が飲み込めず剣を構えたままのローズマリーと、腕組みをしたまま動かないドラクル。
四人の怪物が、障害物のない一つのリングで対峙する。
「生き残った四名で殺し合え! 最後に立っていた者こそが、今大会の頂点だ!」
王の無慈悲な勅命により、準決勝は崩壊し、史上最悪の四つ巴へと変貌した。
「……ふざけるな」
私はノットの死骸をそっと床に寝かせ、ゆっくりと立ち上がった。涙で視界が滲む。だが、その奥にある殺意は明確だった。
「全員、食い殺してやる」
鉄枷が、ガレアの怒りのフェロモンに反応して、痛いほど強く締め付けてきた。
ルシアンが金網越しに叫ぶ。
「ガレア、落ち着け! 周りを見ろ! 全員が敵だ!」
そう、全員が敵。美しく着飾った騎士も、最強の覇王も、そして友を殺した死神も。血の匂いが充満するリングで、私の中の
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