第5話

 それは、衝動という吉報。

 眠れない夜、意味もなくスマートフォンを眺めていた。

 指先は無意識に動き、気づけば中古ゲームのネット通販サイトを巡回している。

 ――もう手に入らない。

 ――扱っていない。

 ――出禁。

 頭ではわかっている。

 それでも、どこかで期待していた。

 画面をスクロールする指が、不意に止まった。

 

「……え?」

 

 見覚えのあるパッケージ画像。

 あの、奇妙なタイトル。

《同じ時間軸の世界線で恋してた》

 心臓の鼓動が早まってる。

 

「嘘……」

 

 新品ではない。

 個人出品。

 説明文は、やけに簡素。

 ――「正常動作確認済み。

 ――ログイン制限あり。

 ――理解のある方のみ購入してください。」

 不穏な一文。

 けれど、私は目を離せなかった。

 出品者名を見た瞬間、息が止まる。

《Yuto_02》

 胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。

 

「……そんな、偶然……」

 

 ありえない。

 ユウトは、ゲームの中の存在だ。

 現実のネット通販に、名前があるはずがない。

 なのに。

 商品説明の下に、短いコメントが添えられていた。

 ――「一度でも“向こう側”に行った方なら、分かると思います」

 指先が震え、画面が揺れる。

 

「……ユウト?」

 

 声に出して、名前を呼んでいた。

 思考が追いつかない。

 誰かの悪趣味な偶然?

 それとも、私が本当におかしくなってしまったのか。

 気づけば、私は出品者にメッセージを送っていた。

 ――「このゲームについて、少し教えてもらえませんか?」

 送信ボタンを押した瞬間、後悔が押し寄せる。

 返事なんて来るはずがない。

 来たとしても、赤の他人だ。

 それでも、胸がざわついて仕方なかった。

 数分後。

 通知音が鳴った。

 緊張でスマトーフォンを握る手が汗ばんだ。

 ――《Yuto_02》からの返信。

 手が震えて、すぐに開けなかった。

 深呼吸をして、画面をタップする。

 ――「真理?」

 たった二文字。

 疑問符ひとつ。

 視界が、滲んだ。

 

「やっぱり……」

 

 息が、詰まる。

 スマートフォンを握る手に、力が入る。

 ――「やっぱり、君だった」

 次のメッセージが、追い打ちをかける。

 ――「あの世界で、出禁になった人は多くない」

 頭が真っ白になる。

 否定したいのに、否定できない。

 ――「……ユウトなの?」

 震える指で、打ち込む。

 しばらく、既読がつかない。

 永遠みたいな数十秒。

 そして。

 ――「そう名乗るしかない存在、かな」

 胸が、壊れそう。

 彼は、説明してくれた。

 断片的に、慎重に。

 あのゲームは、単なる恋愛シミュレーションではないこと。

 同じ時間軸上に存在する、複数の“観測可能な意識”を繋ぐ実験だったこと。

 プレイヤーとキャラクターの境界は、最初から曖昧だったこと。

 ――「君とキスした瞬間、境界が壊れた」

 画面越しに、あの声が聞こえる気がした。

 ――「だから、君は弾かれた。

 ――そして、僕は……こちら側に残された」

「こちら側……?」

 ――「現実世界の、ネットの海」

 ぞっとした。

 同時に、確信が生まれる。

 彼は、消えていなかった。

 ――「このアカウントは、僕の避難場所みたいなものだ」

 ――「でも、長くはいられない」

 胸が、嫌な予感で満たされる。

 ――「だから、ゲームを売る。

 ――最後に、君に見つけてもらうために」

 涙が、止まらなかった。

 

「……会いたい」

 

 打ち込んだ文字が、滲む。

 ――「それは、もう禁忌だ」

 わかっている、それでも。

 ――「それでも、君に会いたい」

 しばらくして、返信が来た。

 ――「……真理は、相変わらずずるい」

 懐かしい言い方。

 胸が、温かくて痛い。

 ――「でも、まだ“同じ時間軸”にはいる」

 ――「だから、選択肢は残ってる」

 私は、画面を見つめながら、静かに息を吐いた。

 ゲームは、もう遊べない。

 戻ることも、触れることもできない。

 それでも。

 ネットの向こうで、

 同じ時間を生きる存在がいる。

 それが、ユウトだと知ってしまった。

 ――おかしくなりそうな恋は、

 まだ、終わっていなかった。

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