第10話

 お社というには大きな建物だった。内装も外装も、昔は立派だったのだろうと感じさせるものがあった。今は落ち葉が吹き込み、すきま風で冷えた空気が漂っている。


「昔は親父とかが掃除してたんだけどさ」


 祐一は辺りを点検するように見渡す。


「今じゃほとんど人が来ない」


「神主さんとかいないんですか?」


「いたらこんな風にはならないよ。で……あれが」


 懐中電灯の光を奥に向ける。つるりとした質感。蛇のようなものを模った大きな石細工が、古びた祭壇に鎮座している。


(巳津多様……か)


 琢磨はごくりと唾を呑む。資料によれば、ここで山の者が特別な香を焚き、呼びかけることで巳津多様が現れるという。今からそれを行う。まるで現実味のない現実だ。


 祐一は祭壇前にしゃがみ込み、ナップサックから次々に何かを取り出していく。


「しかし……暗いな」


「照らしましょうか?」


「いや、俺のだけで足りるさ。それよりこっちを頼むよ」


 手招きされ、琢磨は歩み寄る。何かが手渡された。琢磨が照らす。手のひら大の巳津多様の石細工だ。それも、4つ。


「四隅にセットしてくれ。それが大事らしい」


「あ、はい」


 ホコリの溜まった角に、石細工を置いていく。1つ。2つ。3つ。立ち止まる。


「あれ」


「どうした?」


「いえ、もう置かれてます」


 琢磨は足元を照らす。巳津多様の石……いや、硝子細工だろうか? なぜこんなものが?


「おかしいな、そんなはず……待てよ」


 祐一は足を止め、琢磨に呼びかけた。


「まさかそれ、硝子で出来てないよな?」


「え? ……た、たぶん出来てますけど」


「何だと!?」


 祐一は突然立ち上がり、呼びかけた。


「すぐにこっちに来い!」


「え、え?」


「早く!」


「……!」


 呼ばれるがまま、琢磨は駆けた。直線上には落ち葉溜まりがあったが、まるで構わなかった。結論から言えば、それが間違いだった。


「うわっ!?」


 パキ、と軽い音が響いた。足場が抜け、琢磨の体は真っ直ぐに落ちていった。


「あ、痛ッ……!」


 着地も突然だった。高さはそこまでだったが、何ら前触れもなかったのが効いた。足首を捻ったか。


 辺りを照らす。ここは……お社の地下空間だろうか。木の壁。いくつか柱もある。腐食した段ボールが不規則に並び、そこから年代物の缶詰がいくつかこぼれ落ちている。信仰が失われた後、倉庫として使われていたのだろうか?


 奥に階段が見える。琢磨はそちらへ向かったが、駄目だった。腐食し、踏み砕かれたのか、壊れてしまっている。


「すみません坂田さん。床、腐ってたのかな……落っこちちゃったんですけど、何か梯子とかありませんか?」


 開いた穴から呼びかける。……返事はない。少し妙だ。あんな音がしたんだ。気付かないはずはない。


 カチ、と小さな音が聞こえる。カチ、カチ。やけに鋭敏に。……3度目で音は消えた。代わりに香りを感じた。黴臭さに混じり、異様に甘ったるい匂い。


「坂田さん? ……坂田さん!?」


「……諦めてたんだ」


「え?」


「本当だよ。だから帰って来なかった。余計なことを考えそうだったから。なのに――なのに君は、あまりにも都合よくてさ」


「何を言って……」


 軽い頭痛。この匂いのせいか? それとは矛盾するような奇妙な安らぎも。


「試せなかった。いや、試さずに済んでたんだ。原因は本当に出自か? 何か特別な供物でも捧げたんじゃないのか? 権力側でしか用意出来ないような――」


 供物。……供物? 琢磨は鼓動が早まるのを感じた。思考が追いつく前に懐中電灯を上に向けた。踏み抜いた床。それは既に開いていた大穴に、被せるようにして置かれた、別の薄い木の板だった。


(落とし……穴?)


「巳津多様……巳津多様!」


 力強い呼びかけが聞こえた。琢磨はもはや待たなかった。床下をめちゃくちゃに照らし、上れそうな場所を探し回った。

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