第3話

「うん、仕込みはこれで終わり。もう上がっていいよ」


「はい、お疲れ様です」


 坂田祐一さかた ゆういちはバイト先を出ると、思い切りため息をついた。団体の予約は店にとって喜ばしくとも、それで時給が上がるわけでもない。


 缶コーヒーで喉を潤し、足早に次のバイト先へと向かう。大学に通いながら2人分稼ぐのは正直しんどかった。


 無論、それでもやっていくと決めたのは自分だ。それは分かっている。分かっているのにため息は出るし、余計なことまで考えてしまう。


(3日前の、あれは……夢じゃなかったよな?)


 壁越しに聞こえてきた悲鳴。叫び声。激しい足音。……何かあったのは間違いない。翌朝の隣人、宮地くんも凄まじい顔色をしていた。でも、同室の天地さんは実に平然としていた。悲鳴は女性のものだったにも関わらず。


(……ん?)


 ふと、視線が見覚えある人影に止まる。


「宮地くん!」


 声を掛け、走り寄る。琢磨はぎょっとした顔で見返した。祐一は構わなかった。


「奇遇だね、こんなところで」


「あ、ああ、ええ。どしたんすか、坂田さんも」


「バイトでね。君は?」


「あー……その」


 琢磨が視線を泳がせる。その先には、いかにも怪しげな占いの館。


「占い?」


「えーと……まあ、その、はい」


「へぇ。そういうの好きなんだ?」


「……いいでしょ別に。勝手ですよ?」


「まあ、そりゃそうだけどさ」


 祐一は愛想笑いした。これ以上踏み込まれたくはなさそうだ。それは分かっていた。


「悩みでもあるの?」


 単刀直入な言葉に琢磨はうろたえた。


「え……」


「色々あるだろ、二人暮らしなんて」


「……」


 琢磨は黙り込んだ。祐一は構わず続けた。


「俺だって経験あるしさ、君の悩みも」


「分かるはずあるかよ!」


 いきなりの怒声に、体はびくりと震えた。けれども祐一の目は、しっかりと琢磨の動揺を捉えていた。


「あ……その、すみません」


 通りすがりが嫌な視線を向けている。琢磨は慌てて取り繕った。


「いや、いや、いいよ、別に。無神経過ぎたな、ごめん」


 祐一は苦笑交じりに頭を下げる。


「いえ、そんな……」


「でもさ、全部は無理でも、少しだけなら分かることもあると思うんだ」


「はぁ」


「愚痴だけでも全然、話に来てくれて構わないからね」


「……もう行っていいですか?」


「うん。引き止めちゃってごめんね」


 軽く手を振ると、琢磨は走り去る。彼は一度も振り返らなかった。


(……やっぱり余計だったかな?)


 無駄な負担を掛けたかもしれない。それでも、彼を孤独にさせないためには必要な言葉だと思った。


(それにしても……あの温度差)


 ピタリと足が止まる。不意に呼び起こされる記憶。……祐一は頭を振った。


「まさか……な」

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