第2話 先輩と語らう

「それでもしぶとく生き残る奴が売れるんだよなぁ」


 そう言うのは俺の先輩作曲家である額田美徳よしのり、四十歳だ。


「ちょっとヤリ捨てられただけでメンタル病んでたらこの業界じゃ生き残れねぇのよ。そんな野郎は見返してやる! くらいのガッツが欲しいわけよ。おれだって、一年間頼み込んできておれに奉仕し尽くした女には曲書いたもんなぁ」


 俺は手元の高級バーボンを揺らしながら、それを一口含む。


「俺に寄って来たアイドルの卵は二、三回俺ん所に来てダメだと諦めて去って行くような奴らばかりっすよ。大抵は一年以内にグループ脱退かメンタル病んで田舎に引っ込むっす」

「それじゃダメなのよ~。俺らに抱かれるのは単なる通過儀礼みたいなものでね~?」


 基本的に楽曲依頼は事務所を通してされるものなんだが、弱小事務所やフリーランスのアイドルの卵が俺みたいなクズの所に枕に来る。あいつら金も無いし実力も無いのに本気で売れっ子作曲家の俺に曲を依頼できるとでも思っているわけ!?


「額田さん、今まで刺されそうになった事とかないっすか?」


 俺の唐突な質問に額田さんはニヤリと片側の口角を上げた。


「そりゃ、あるさ。未遂なら何十回とあるね。コトが終わった後にカッターを突き付けられたこともある。でもさ、相手はダイエットに励みまくってるひょろひょろの女なわけよ。力で俺に勝てるとでも思ってるのか?」


 額田さんは音楽家の割に筋肉質で、趣味はジム通いという異色の人物だ。胸を張って見せるとそれはそれは見事な胸筋の厚みである。


「名前が『美徳』なのに、額田さんから『美徳』を感じないっす」

「相手に一切曲を作らないお前に言われたかねーね。俺は十人に一人には作ってるぜ」


 俺は、枕をする様な意識の低いアイドルに曲なんて提供したくない。アイドルはいつだって清くあれと思っている。だったらアイドルに手を出しまくってる俺は何なんだ、という話になるのだが、そもそも相手が股を開いて来るんだ。俺から頼み込んだわけじゃねぇ。


「あ、そろそろひなちとの約束の時間っす。俺そろそろ行くっす」

「随分その子にご執心だな。もう四回目じゃねぇか?」

「相性が良いんすよ」

「下衆の極みだな……」


 そんなわけで、俺はひなちと約束をしているいつものビジネスホテルに移動した。

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