第3章:小さな勇気

冬の気配がまだ残る放課後の図書室。外の風が校舎の窓を揺らし、冷たい空気がほんの少しだけ室内に差し込む。

高橋遼はいつもの席に座り、ノートと参考書を整えた。昨日、美咲と過ごした時間が頭の中に浮かぶ。彼女の笑顔、視線、そして何気ない一言――その一つひとつが、胸の奥で熱を帯びている。


「遼くん、ここわからないんだけど…」

美咲の声が、静かな図書室の中に柔らかく響く。遼は顔を上げ、彼女のノートを覗き込む。


「うん、こうやると分かりやすいと思う」

ペンを持ち替え、例題を書きながら説明する遼。だが、今日はただ教えるだけではない。心の奥で、少しだけ勇気を出してみようと思っていたのだ。


ノートに小さな文字で書かれた言葉――「一緒に頑張ろう」――を、彼女にそっと伝えようと考える。紙切れやノートの隅に、自然に書ける場所を探す。手がわずかに震える。心臓の鼓動が早まる。これまで感じたことのない緊張感に、遼は少しだけ息を整えた。


「遼くん、大丈夫?」

美咲がふと顔を上げる。彼の緊張した様子に、心配そうに眉をひそめる。


「う、うん、大丈夫」

遼は少し笑顔を作り、手元のノートに目を戻す。彼女の目線が気になりつつも、勇気を振り絞る。


鉛筆を動かす指先に少し力を入れ、ノートの隅に小さく文字を書き込む。


「一緒に頑張ろう」


書き終えた瞬間、遼は手を止め、深呼吸をひとつする。恥ずかしさと、でも伝えたいという気持ちが混ざり合い、胸の奥で熱いものがこみ上げる。


「ねえ、遼くん、ちょっと見せて」

美咲が声をかける。遼は一瞬迷うが、そっとノートを差し出す。美咲は目を細め、ノートの端の文字を見つける。


「……えっ?」

思わず声を漏らす。目を見開き、少し顔を赤らめる美咲。その表情に、遼の胸はさらに高鳴る。


「えっと…昨日の…あの…」

言葉がうまく出ない。緊張と照れが入り混じり、ペンを握る手も少しだけ震える。


美咲は紙を指で軽く撫で、やがて微笑む。「遼くん…ありがとう。嬉しい」


その一言に、遼は胸の中のもやもやが一気に晴れるような感覚を覚えた。小さな勇気を出したことで、互いの気持ちが確かに通じた瞬間だった。


二人はしばらく沈黙する。言葉は必要なかった。ただ視線を合わせ、微笑みを交わすだけで、互いの距離がぐっと縮まる。


外の風が窓を揺らし、図書室の静けさを破るかのように葉っぱが舞い落ちる。だが、二人の世界はその静寂の中で、温かく、確かに存在していた。


「ねえ、遼くん…次も一緒に勉強しようね」

美咲の言葉に、遼は小さくうなずく。心の中で、これからも勇気を出して、彼女のために何かをしたいと強く思った。


放課後の図書室で過ごす、ささやかだけれど特別な時間――

それは、二人の距離が初めて少しだけ縮まった瞬間だった。


帰り道、校庭の影が長く伸びる中、遼は心の中でそっとつぶやく。


「これからも…少しずつでいいから、美咲のそばにいよう」


その小さな誓いが、二人の青春の物語に、新しい一歩を刻んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る