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  • 石勒は半独立勢力だったんので地位を保てた感じですか。この負け戦の数からして完全な配下なら更迭されてそうですもんね。
    後漢末期の義勇軍ぽさ、劉備ぽい図々しさがオモローです。

    作者からの返信

    なんだかんだでこの当時の地元民からはヒーロー扱いされてたんじゃないかなあって気もしないではないです。晋目線だから悪し様に言われてるだけで。

  • 何というかこの混戦を見ると、長江を境として仕切り直しって考えるのは有りですよね。
    北宮純は職業軍人って事なのかな。やっぱり西晋って国としての機構が未だ生きている感じですよね。魏から西晋の統治機構を作った人達の優秀さなのか。北宋から南宋の地方義勇兵を集めてって感じじゃないですね。

    作者からの返信

    匈奴漢はそれでもまだ「魏晋の息子」的なところもあったんだろうな、とも思います、「劉淵の代までは」。なのでまだ内遷みたいなふいんきがでないでもなかったんだけど、劉淵の死で全部がおじゃんになるという……

    劉聡、「洛陽を破壊した悪役」というところで割をくらってるところもあるとは思うんですが、それにしても、それにしてもなんですよね。

  • 何というか劉淵さんって、部下がオイタした時に普通に怒りますよね。凄いまとも。いや指示をしっかり出しないさいよとかあるんですが、教養人的にそこまでアホな事せんやろって思ってたのかな。

    作者からの返信

    おいたしたのを怒ったというのもあるでしょうし、演出的なところもある気がします。なにせあの辺のやらかしを降格で終わらせるのはさすがにどーよ、と。劉景なんかは劉聡政権でむしろ中心人物化してますし、ちょとなんだかなぁ感も感じないではないですw

  • 苟晞さんの伝をチラリとWikipediaで見ましたが、この人はヤベェっすね。ただ理想が高すぎたのか、余程風紀委員長体質だったのか、公私を峻拒し過ぎて皆から好かれる人ではなかった様子。
    エピソード見るに私人としては、情の厚い人の様なのだけどなあ。
    まあ例え犯罪者とは言え、死罪連発で死体を積み上げてちゃ怖さしかなかったでしょうよ。

    作者からの返信

    厳しい時代に厳しい人が必要になるのはしかたないにせよ、それにしてもこのひとモズグズ様過ぎるんですよね、ベルセルクの……w

  • 恵帝遂にお亡くなりに。恵帝はこの内乱をどう思っていたんでしょうね。錦の御旗がどちらにあるかのツール扱いだったろうに。

    しかしこれだけ荒れているように見えて、軍閥が割拠していると言う感じには未だなってないですね。晋と言う国の統制はそれなりに取れている感あって、不思議な感じ。

    作者からの返信

    軍閥割拠よりも前に外が割れすぎたというか、まぁ「所詮晋の当時の影響力ってそんなもん」というのが一番しっくりくるのかもしれません。乱の地域が、ぶっちゃけ狭すぎ。

  • 暴れている諸王領の兵とは別に、晋の正規軍はそれはそれで優秀だったのか。

    作者からの返信

    優秀です、特に劉弘陶侃ラインが強烈ですし、
    張軌も本人だけなら十分晋の名吏ですし。

    上が使いこなせていなさすぎ、って印象です。

    編集済
  • 劉淵の戦歴てば意外と勝ったり負けたりなんですね。

    作者からの返信

    結構びっくりしました、特にたくばついろとの戦争はもっと詳しく教えてくれって気分ですw

  • これは最早、民とすれば劉淵様状態だったんでは。普通に愛想が尽き果てた感ですよ。

    作者からの返信

    晋書だと「五胡」として書かれてますけど、初動はたぶんかなりガッツリ漢人国家のガワかぶってそうですよね。まぁ劉淵死亡で全部剥がれたでしょうけど。

  • 八王で乂さんはほぼ悪い所無いよね。穎を見過ごしていたのが悪いちゃあ悪いけど、それを言っちゃあお終いだもの。

    作者からの返信

    向こう見ずにすっ飛ばす、みたいな人ではありそうですw

  • 滅ぶのに理由ありってやつですか。これだけ内憂してれば、外患が蠢動しないわけ無いじゃない…
    もうどうにも同情する所無いですよね。恵帝がひっそり未だ生きているのが、たちの悪い冗談みたい。

    作者からの返信

    八王の乱の「そんなことしてる場合じゃねえだろいい加減にしろ」ぶりはほんとにおかしいです……とは言え歴史は起こるべくして起こってるわけで、それが必然になってしまってる事実が更に恐い……

  • Googleマップで地形レイヤを有効にして蜀の辺りを見ると無茶苦茶広大な盆地な上に川が縦横に走ってるわ、周囲は山脈だでむっちゃ良い土地ですね。それこそえり好みしなきゃ発展しか無い土地ですよね。

    作者からの返信

    状況的には割と甲府盆地みたいだったみたいです、つまり結局は治水しないとどうしようもない、って言う。このあたりを始皇帝の時代に改善しちゃうとか、あの国の治水レベルマジでわけわからんです……w

  • こっちの汚い孫秀も小物臭いんだけど策謀家としては優秀なんですよね。孫秀ファンとか居るんだろか?

    作者からの返信

    お一方知っています、司馬倫と孫秀のワンセットで。その方の影響で、自分も結構好きになりましたw

  • やっぱり恵帝が一番悪いですね。まあ更に言うなら武帝が悪いですね。確かに司馬一族は優秀な人達が多いけど、野心家もむっちゃ多いの分かってたやろと。

    賈南風は賈南風で、運がないよね。なんせ恵帝との間に4女居るんだもの。男児が生まれていれば別の道あったのかもね。

    作者からの返信

    恵帝はもともと暗愚極まりなかったので、責任という意味ではもう完璧に武帝だと思うんですよね。どう考えても恵帝に押さえ込めるはずがない。

    賈南風については、ただただ追い詰められぶりがヤバいっすね……

  • 孟観って勇猛で有能だったかもですが、大分粘性が強い感じですね。
    若い時分には賈南風に付いて楊駿一族を三族皆殺しの目に合わせるは、内乱鎮圧で大活躍するわ、最後は司馬倫にベットして三族皆殺しになるって波乱万丈過ぎですわ。

    作者からの返信

    なかなかこの時期の名将ってクセが強くて面白いですよね。その中で強さだけで個性を出す祁弘の異常さよ。

  • 清談ですか。あれですねウッドストック・フェスティバルでヒッピーでラブ&ピースで葉っぱサイコーってムーヴなんですね。

    作者からの返信

    やってもいいけど高官がやるなと言う印象です……w

  • 反乱の初動で、鎮圧にベストな将を選定している(ここまでは有能)のに、何故おまけで足枷を付けてみるのか…西晋って何やっても裏目に出る感ありますね。
    まあそりゃ中原に異民族が相当数住み着いた後に異民族主体の蜂起ってのは初めてだったからかもしれないですが。

    周処に討伐に向かったら死ぬから引退しなはれって勧めたのは、きれいな方の孫秀さんなんですね。似た年代の同姓同名はヤヤコシイ。

    作者からの返信

    枝を増やしてもその枝の剪定もまた重要なんですよねえ……結局のところ権力がそもそも毒だってところからスタートせんことにゃどうしようもない印象。ここの自認を怠ってだいたい沈没してる気がします。この辺に対して李淵の発言が、たとえポーズだとしても権力が毒であることを強く自覚してたのがカッケーです。

    この時代の孫秀二人、どっちも割と存在感でかいのが困りものですね……w

  • 王莽の首とか何ですかその特級呪物…

    作者からの返信

    なんでこんなもん保管しとくねん感が半端ないですよね……w

  • 北方の情勢がじわじわきな臭くなっていくの良いですね。
    しかし余白が多い時代って、それはそれで創作の余地があっておもろいですね。

    作者からの返信

    このあたり、ほんにどのようにも書ける感じが素敵です。少なくともここで司馬越をめっちゃ活躍させないとあとの展開との整合性がとれませんし……w

  • 内乱無ければどうなっていたでしょうね。まあ所詮は時間の問題だったのかも知れませんが。

    作者からの返信

    結局似た流れにはなったと思うんですけど、全然その形は想像がつかないです。誰がどう動くのか…

  • 誰もが「どうしてこうなった」って首を傾げそうですね。

    司馬懿の末子が生きてたってのも驚きですね。50代なんで意外と若いと言うべきか。

    作者からの返信

    いやほんと、司馬倫孫秀ペアがいなかったときにどうなるのかさっぱり読めないんですよね、あそこまでわかり易すぎるトリガー的存在はイフを考えるにも換えが効かない…

  • 劉琨さんてば、中山靖王劉勝の末裔なんですね。なんかワロタ。縁故頼って蜀には流れなかった一族なんですね。

    いや確かに恩人殺しまくるのはヤバいですね。呂太后はヤバいけど、政敵を殺すだけだったもんね。

    作者からの返信

    賈南風については「もろもろあって、そのような結果になってしまった」ことをセンセーショナルに書きたてられている印象が強いんですよね。それをさもはじめから計画的に企んでいた、とされた、みたいな。

    普通に考えれば、こんな鮮やかな抹殺連鎖を計画し、しかも完遂なんてできるはずがないと思うんですよ。利害の絡む人物が多すぎますし。史家にとって結果があまりにも都合が良すぎた、としか思えません。

  • 賈南風はやり過ぎたんですかね。前漢の呂太后なんかを意識し過ぎたのかしらん?

    作者からの返信

    「史家が呂太后のように扱いたいたすぎた」なのかな、って。あんまりにもテンプレ過ぎますし……

  • 当時の一般の人達ってどんな風に思っていたんでしょうね。三国から統一で、平和な世になるって思ってたんですかね。
    あ、統一したから武帝だったのか。じゃあ世間一般には中原から争いを無くした偉大なる皇帝って評価だったのかも。

    作者からの返信

    天下統一とかいいながら周辺地域にはあんまり影響なかったんじゃないかなとも思います、上がアレで行政組織がどこまで機能するなんかなんてあまりにも心許ない……

  • 戦乱が続くと荒れた地域じゃ儒教は無力だから教化を一からやり直しだもんね。
    前漢も呉楚七国の乱起きましたしね。まあ呂氏一族は排斥したんで功罪相半ばなのかも。
    かと言って後漢真似たらアカン気がしますもんね。

    作者からの返信

    司馬熾は劉氏より突出した存在じゃなかった、ってのも一つなのかなって思ってます。つまりそれだけ下のやつらが御神輿として担ぎやすかった、的な。

  • 草原の覇者も移り変わるもんですね。
    さあ、いよいよ350年レースが始まるのか。100年戦争どころじゃないな、ホント。

    作者からの返信

    各国、でこの書き方でどういう見え方がするようになるのか、全く読めないんですよね。楽しみです!


  • 編集済

    匈奴10万世帯は流石に眉唾ぽく聞こえますね。白髪三千丈のたぐいぽいなあ。でも大挙して南下したのは確かなんでしょうね。
    この後の事考えると鮮卑族から圧迫されたんですかね。ローマ帝国のフン族の話ぽいな。
    違ったフン族に押し出されたゲルマン民族ぽいなと。

    作者からの返信

    「過大に申告しない人間の謙虚さが異常とされる時代」ですものねえ……たぶん帰属受け入れ担当が盛大に数字を盛ったんだろうとw

  • 匈奴って意外とカジュアルに帰順しますよね。北方で部族間の争いが激しく行われてたとかあるのかな。

    作者からの返信

    匈奴より北のこと、漢文史料だとまったくわかりませんものねえ……実際のところ匈奴も「はざまの民」ではあったはずなんですが。

  • 劉毅って偶に中国史に現れる皇帝相手に直諫しても殺されない人ですね。どんなだけ覚悟ガンギマリなんだろう。

    作者からの返信

    たぶん家柄もヤバかったんじゃないかなあって思います。下手に切れない家柄というか。そうすると魏徴がよくわかんなくなるやつですが……w

  • 劉毅さん、よくその場で殺されなかったな。

    諡号で荒とか実際にあるもんなんですかね?そりゃ霊や幽よりマシな気はしますけども。生きてる時から評判悪かったんでしょうね。

    作者からの返信

    司馬炎は良くも悪くも果断ではない、ということなんでしょうね。このあとその辺がかなり露骨に吹き出てます。

    賈充については、たぶん支持してるの司馬炎くらいだったんじゃないか……みたいな気もしていますw


  • 編集済

    二代目が統治を固める以前に初代がご乱脈か。でも劉邦みたいに疑心暗鬼で功臣殺しまくるとかでもないのね。

  • 賈充さんがウググググって言ってそう。

    後漢末から三国でどれだけ人口減ったんでしょうかね。とは言え、楚漢戦争程酷くは無かったでしょうし、匈奴の最盛期にぶち当たった訳でも無いから、何かやり方で安定した晋が登場って可能性はあったのかも知れないですね。
    前漢だって外患もあれば、内乱もありましたし、何が違ったんでしょう。

    作者からの返信

    人口については、正直「わからん、なんもわからん……」って感じです、あの時代の人口統計ほど信じる意味もないものもない……

    個人的には「漢のやり方がもう通用しなくなってるのに引き続き漢式で回そうとして大やけどした」なのかな、って思っています。とは言え何をもって漢式と呼べばいいのか、はよくわからないんですけど。

    前漢と決定的に違うのは、胡族徙民が内部に入り込みすぎていた、ということなんでしょうね。石勒なんて五胡とは言っても漢土ど真ん中からの決起ですし。

    編集済