第4話 幼馴染からのプレゼントを違う女の子に渡す

「失礼します。⋯⋯⋯て、どうして此処に子供が?」 


 勇者学園校長室に入室したレイヴンが戸惑った声を上げる。

 田舎の校舎と比べ、余りに広大で立派な校舎。

 その校長とはどんな立派な紳士かと緊張した。

 そもそも貴族も通う王都の学園。

 校長ともなれば高位貴族なのは間違い無い。

 しかしそんな先入観は裏切られる。

 立派な執務机にちょこんと座っていたのが五、六歳ぐらいのちびっこだったからだ。


「あ、あの、此方の方は―――」

「ははは、まぁ良い良い」


 レイヴンの失礼な発言に女性教師が慌てるが、勇者学園校長ポプリが鷹揚に笑いながら止める。

 一昔前ではこう云った遣り取りも多かった。

 しかし今はテレビやスマホが普及し自分の顔も売れてしまった。

 ポプリにとってレイヴンの反応は逆に新鮮であった。


(俺、これからどうなるんだろう⋯⋯)

 

 そんな事は兎も角、レイヴンは不安で押し潰されそうになっていた。

 勇者記念館で展示物を壊してしまい、バックヤードに連れて行かれ事情聴取を受けたレイヴン。

 レイヴンを押してしまった少女も別の部屋に連れて行かれてしまい心配している。

 別れる時、泣き腫らした目で不安そうにレイヴンを見つめて来ていた。

 大丈夫と言って頭を撫でて肩を擦り、乞われるままに番号も交換した。


(あの子、大丈夫かなぁ⋯)


 そうして小部屋にて肩身の狭い思いをしていたら、スタッフさん達が何やらあちこちに伝話をし、レイヴンだけ違う場所へ連れて行かれる事になる。

 そうして辿り着いたのが此処、勇者学園である。


(何故?―――ああ、そう云えば⋯)


 ふと疑問に思ったが、若干思い当たる事が有る。

 勇者記念館は確か国立の運営だが、展示物のほとんどが勇者学園からの寄贈で有ったり、あくまで貸し出しで有ったりするとかなんとか。


(つまり俺は、あの展示物の本当の所有者の所に連れて来られた訳か)


 わくわくのソロ観光が一気に地獄へ一直線だ。

 レイヴンの顔は青いまま、胃はキリキリと痛み胸も苦しい気がする。

 何故か手に持たされたままの聖剣のレプリカも早く手放したい。

 記念館スタッフや勇者学園の教師達も、何故かこの聖剣を受け取ってくれないのだ。

 レイヴンも必死に状況を考えたが、どう考えてもこの聖剣が本物とは思えない。

 そこで思い至ったのが⋯


(ははぁ、そうか⋯成る程。このレプリカこそ、本物じゃないと不味いって事⋯かな?)


 例えば本物の聖剣は長き時の中で行方知れずになり、表向きはこのレプリカを本物と言い張るしかない、とか。

 多分これが正解だろう。


(となれば⋯俺もそう話を合わせるしかない、か⋯)


 このレプリカをレプリカだと公言しない様に念書を書かされたり、誓約書を書かされたりするのかも知れない。

 ならばこのレプリカを本物と云う事で話を進めるしか無いのだろう。


「ふむ。儂を知らぬか。本当に田舎者じゃの」

「えぇまぁ、田舎ですが」


 小さい子に言われても特に気にならない。

 田舎なのは事実だ。

 山や畑ばかりだし、水が冷たくて美味しい。

 温泉でも有れば観光地化したのだろうが、特に何の目玉も無い只の田舎の村だ。


「儂は勇者学園校長ポプリじゃ。まぁ気軽にポプリちゃんと呼んでおくれ」

「校長⋯先生でしたか。私はレイヴンと申します。王都から離れた僻地にて、しがない教師をしております」

「うむ」


 そう云えば耳が長い。

 エルフと云う種族だろう。

 女性なので年齢を訊く訳にはいかないが、きっとレイヴンより年長なのだろう。

 エルフ等、田舎に引っ込んでると出会う機会も無い。

 周りには山や森が有るが、あくまで人間の国の中の話だ。

 エルフやモンスターが出現する様な魔力の満ちた土地ではない。

 排他的なエルフ達だが、魔王も倒され戦争も無い今の時代、都心部には活発的に現れていると聞く。


(エルフが勇者学園の校長とは⋯)


 レイヴンはエルフの少女に対して、腰を曲げてキチッと謝る。


「この度は大変申し訳有りませんでした」

「ふむ?それは何に対してじゃ?」


 此処でレイヴンは賭けに出る。

 相手の思惑に乗るのだ。

 先読みの先読みの綱渡りだが、やるしかない。


「この本物の聖剣を抜き、台座を壊してしまった事です」


 レイヴンは片手でひょいと聖剣のレプリカを持ち上げる。


「うひゃぁ」


 女性教師の腰が砕ける。

 魔剣や妖刀等の悍ましい魔力とは違うが、聖剣からは圧倒的な威圧感を感じる。

 勇者記念館に飾られている時はまるで眠っていたドラゴンだったのだろう。

 そして今の聖剣は目覚めたドラゴンだ。

 目の前にはそのドラゴンクラスの力を軽く振り回せる規格外が居る。

 正直レイヴンと云う男からは然程の威圧感や威厳は感じない。

 経歴通りの田舎の青年なのだろう。

 しかし逆にそれが凄味に繋がる。

 こんな恐ろしい最終兵器を軽々と操り飄々としている等、普通の存在ではないのだから。


「ほほぉ」


 ポプリは面白そうに目を細める。

 レイヴンからは覚悟の様なものを感じられた。

 経歴からして本当に普通の一般人だったのだろう。

 レイヴンの潔い態度をポプリは気に入った。

 下心や打算も有ったが、純粋にこの青年が欲しくなって来た。

 

(⋯⋯⋯あわよくば儂の物に⋯⋯⋯)

「っ!?」


 ポプリから獲物を狙う女豹の様な視線を感じ、レイヴンが怖気を感じる。


(みっ!見定められてるっ!?)


 レイヴンも更に身構える。

 命までは取られないだろうが、受け答えを間違えれば凄まじい額の賠償金を請求されるかも知れない。

 田舎教師の安月給ではとても払い切れないだろう。

 

「さて、レイヴン殿⋯前職は?」

「ぜ、前職?前職というか、今の私は教師ですが⋯」


 レイヴンは困惑しながらも真面目に応える。

 事情聴取でキチンと身分証明をした筈だ。

 レイヴンは王都とは違う都市に有る師範学校を出て教師となった。

 就職先は何処でも良かったのだが、丁度田舎で教師が不足してると云うので里帰りしてそのまま就職した。

 なので今の教職が最初で最後である。

 アルバイトで家庭教師をしていたが、アレは前職と呼べないだろう。

 レイヴンの頭の中で?マークが飛び回っていると、ポプリがうんうん頷いて舌っ足らずな高い声で断言する。


「採用じゃっ!」

「さ、採用?」


 何時から此処は面接会場になっていたのだろうか?

 転職したい等とは一言も言ってない筈なのだが?


(もしくはこのレプリカの聖剣を抜く事が採用条件とかなのか?んな馬鹿な⋯)


 混乱したままのレイヴンを置いてけぼりにして話が進む。


「ご家族は居るのか?」

「居ません」

「ご両親や祖父母は?」

「だいぶ前に亡くなりました」

「そうか。子供は居るかの?」

「居ませんて」

「隠し子とかは?」

「居ないっての」

「恋人は?」

「仕事が恋人です」

「一夜の過ちとかは」

「有りません」

「生徒といけない関係になったりしとらんか?」

「狭い田舎の学校でそんな事したら直ぐに村中に知れ渡りますよ」

「瞳も黒、髪も黒じゃの。染めたり薬で変化させておるか?魔法を使ったり?」

「してません。産まれた時から黒目で黒髪です」


 正確には産まれた時の記憶など無いが、まぁ間違ってはいまい。


「ピンクじゃないんじゃな?目も髪も」

「見れば解るでしょう」


 ピンクの目と髪と云うと、一人心当たりが居るが、今は関係無いだろう。


「うむ!採用じゃっ!お主は今日からこの勇者養成学園女子分校の教師じゃっ!」

「嫌です」


 即答するレイヴン。

 おかしい。

 聖剣のレプリカの台座を壊してしまった話の筈だ。


「仕方無いのぉ」

「はぁ⋯」


 諦めてくれたかとホッとするレイヴン。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 ポプリがニヤリと笑う。


「お主が壊した聖剣の台座の修理費と、勇者記念館の閉館に伴う損害賠償金⋯」 

「あ、アレは不可抗力で」


 此処でその話題を振られるとは思わなかった。

 レイヴンが焦る。


「うむうむ。じゃからの、お主を押した女生徒の保護者と学校に請求するとしようかのぉ⋯」


 レイヴンが自分を押してしまった女生徒を慰め元気付けていた事は記録されている。

 ポプリもしたくはなかったが、学園と聖剣とレイヴンを守る為である。

 利用出来る物は何でも使うつもりだ。

 聖剣はレイヴンにしかもう使えない。

 となると、レイヴンを取られれば聖剣も取られると云う事。

 レイヴンを抱え込む事は絶対に譲れない最終防衛ラインなのだ。


「お主が二代目勇者ではなく、偶々聖剣が刺さった台座を壊したとなると⋯責任はあの女生徒と云う事になるの」

「そんな無茶苦茶な」

「映像ならキッチリ残っておるぞ?」

「そ、それは⋯俺の⋯」


 ポプリが取り出したのは見覚えの有るスマホ。

 聖剣は受け取ってくれないのにスマホは没収されていた。

 ポプリがスマホを起動する⋯魔力波認証に依るロック等、勇者学園校長には開いているも同じである。

 レイヴンのスマホの動画には、女生徒のボイィィン!に押されたレイヴンが聖剣の柄を握って台座を破壊する瞬間がバッチリ記録されていた。


(レプリカなら安い筈⋯その考えは甘かったのだろうか?いや、事はそんな単純じゃない?)


 まさかと思ったが、このままレイヴンを二代目勇者にするつもりなのだろうか?

 そんな馬鹿な話は無いだろう。

 レイヴンが閃く。


(そうかっ!新しいレプリカを作る為の時間稼ぎかっ!)


 勇者学園も動いていると云う事は、この聖剣がレプリカなのは公然の事実なのかも知れない。

 だとしたら取り敢えずレイヴンを二代目勇者として祭り上げ、新しいレプリカが出来上がったタイミングで、レイヴンの聖剣が偽物だと公言するのだろう。

 確かに博物館等に行くと発掘された遺物のレプリカが販売されている事も有るが、恐ろしく高い。

 もしやこの剣もレプリカはレプリカでも、恐ろしく高い値段なのかも知れない。

 新しいレプリカもそれなりに高額に成るだろう。

 そしてあの台座だ。

 大きさで云えばかなりの物だった。

 アレにも金がかかりそうだ。


「王都は観光資源を失い、賠償金額は天文学的数字になるじゃろうなぁ」


 そっちも有るか!

 レイヴンは自分の甘さ加減を呪った。

 先程もチラリと言っていた気がする。

 目玉の展示物を失った勇者記念館は閉館中。

 その間に入る筈だった入館料やグッズ販売の収入。

 そして記念館スタッフさん達の給金もある。

 自分だって魔王を倒した本物の聖剣と云う謳い文句に惹かれて記念館まで行ったのだ。


(詰んだ⋯)


 もしかしたら本物の聖剣は何処かに有るのかも知れない。

 だがやはり防犯上本物は出せない。

 精巧なレプリカが必要なのだろう。

 レプリカの弁償金等とても支払えない。


「じゃがの⋯」


 ポプリは話を進める。

 レイヴンの人の良さに付け込む。

 ここでレイヴンに『俺には関係無ぇ』と開き直られたら困る。


「お主が勇者であると認めれば⋯あの台座の欠片は新たな勇者誕生の証となり、新たな観光スポットになるのじゃ」

「そう、です、か⋯」


 ⋯まさか、レプリカの聖剣を作り直す時間稼ぎの為に、二代目勇者等と云うとんでもない肩書を背負わされる事になるとは。

 漸く復活して来た女性教師が、駄目押しとばかりに書類を読み上げる。

 

「貴方を押してしまった女生徒は貴族令嬢です。ですが低位貴族。コネも資産も弱い。今回の全ての損害賠償金等支払えないでしょう」


 レイヴンも理解している。

 そうなればきっと一家離散し、彼女も仕事に出る事になるだろう。

 何の資格も無い若い娘等、悪党共の食い物にされてしまう。


「解った」


 レイヴンが覚悟を決める。


「俺が、勇者だ」


 レプリカの剣を抜いた偽勇者等、道化にも程がある。

 そしていずれは世間に偽者だと公表され、石を投げられる運命だ。

 しかし此れしか自分と、あの少女が助かる道が無い。

 他に何か手が有るのかも知れないが、今は考える時間も、助けを求められる相手も存在しない。


「おめでとうレイヴン。二代目勇者殿」


 ポプリの拍手がパチパチと室内に響く。


(そんなに⋯そんなにこのレプリカを本物だって事にしたいのかっ!?)


 レイヴンは勇者学園の面子を守る為に偽勇者に祭り上げられてしまった事に、深く絶望した。

 確かに今まで本物だと思って観光していたのがレプリカだったと解ったら、皆怒るだろう。

 お土産屋さんの聖剣キーホルダーも大量在庫を抱えて、小売店から製造元のパートのオバチャン達までおまんまの食い上げとなるのは必至。


「此れが、貴女方のやり方ですか⋯」

「にゅっふっふ、なんと罵ってくれようと構わんぞ?レイヴン先生?」


 可愛らしいポプリの笑顔が、子悪魔を超えて悪魔に見える。

 王都の女子校へ移籍。

 字面だけなら大出世だが、残して来た村の子供達を思うと胸が痛む。


『聴いてるの?お兄ちゃんっ!お兄ちゃんて騙され易いんだからっ!怪しい女の人について行っちゃ駄目なんだからねっ!』


 ピンク目ピンク髪の年下幼馴染の、別れ際の言葉が胸に去来する。

 まさかアレが別れの言葉になるとは⋯。

 全てが明るみになればレイヴンは稀代の詐欺師だ。

 もう二度と田舎で教鞭は取れまい。

 それでも⋯


『ごべんばばい⋯わだっ、わだずのぜいでぇ⋯』


 あの泣き腫らした少女の顔を思い出し、自分一人、この秘密を墓まで持って行こうと強く決意する。


『ちーーーんっ!はっ!ごのバンガヂっ!あらっでがえじまずぅぅっ!』


 そう云えば幼馴染から貰ったプレゼントのハンカチだったが、貸したままだったな。

 まぁいい。

 覚悟は決めた。


(やってやるっ!俺は二代目勇者っ!レプリカの聖剣を抜いた道化師だっ!だが最後まで踊り切ってやるっ!)

「俺は勇者レイヴン。勇者学園の教師だ」

「うむ。上出来じゃ」


 二代目勇者としての覚悟を決めたレイヴンを見て、ポプリは満足気に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る