第2話 地下への一歩

 翌朝、ジャンは筋肉痛に悩まされながら目を覚ました。

 腕も脚も重く、布団から起き上がるだけで声が漏れる。


「……情けないな」


 小さく呟き、宿の天井を見上げた。

 昨日は村を出て、冒険者になって、初めての依頼を終えた。

 たったそれだけで、体は限界だった。


 それでも、やめるつもりはない。

 弱いなら、慣れるまで続けるだけだ。


     ◆


 ボミタス冒険者ギルドは、朝から活気に満ちていた。

 掲示板の前には人だかりができ、依頼書が次々と剥がされていく。


「おはようございます、ジャンさん」


 ポーリンが声をかけてきた。


「おはようございます」


 昨日より少しだけ、落ち着いて返事ができた。


「今日は、こちらなどいかがでしょう?」


 差し出された依頼書を覗き込む。


「ダンジョン入口の安全確認……?」


「ええ。入り口付近だけですし、魔物も弱いものばかりですよ」


 ダンジョン。

 その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。


 危険な場所、という印象はある。

 だが同時に、冒険者らしい仕事でもある。


「……やってみます」


 ジャンは頷いた。


     ◆


 ダンジョンは、街の外れにあった。

 岩山の中腹にぽっかりと開いた、黒い口。


「ここが……」


 一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 ひんやりと冷たく、

 どこか重みを感じる。


 ――息が、楽だ。


 ジャンは思わず立ち止まった。

 さっきまでの疲労が、嘘のように引いている。


「気のせい……?」


 そう思いながら歩き出すと、足取りが軽い。

 視界も、妙にはっきりしている。


 松明の明かりの届く範囲で、魔物が現れた。

 小柄な、スライムに似た魔物だ。


 短剣を握る手に、震えはない。


「……行ける」


 一歩踏み込み、斬る。

 手応えは確かだった。


 魔物はあっさりと消え去る。


「……あれ?」


 思っていたより、簡単だった。


 次の魔物、さらにその次も。

 ジャンは息を切らすことなく、進んでいく。


 身体が、言うことを聞く。

 まるで、別人のように。


     ◆


 依頼は、問題なく終わった。

 入口周辺の魔物はすべて排除され、危険は見当たらない。


「……調子、良かったな」


 ダンジョンを出ると、夕方の光が眩しかった。


 だが数歩歩いたところで、異変が起きる。


「……?」


 脚が、重い。

 さっきまでの軽さが、急に消えた。


 息が詰まり、肩で呼吸する。


「なんだ……これ」


 ギルドに戻る頃には、昨日と同じ状態だった。


     ◆


「お帰りなさい。……あら?」


 ポーリンは報告書を受け取り、目を丸くした。


「問題なし、魔物殲滅……一人で、ですか?」


「はい。入口付近だけですけど」


「……おかしいですね」


 彼女は首を傾げた。


「昨日の様子だと、少し厳しいと思っていたんですが」


 ジャンも困ったように笑う。


「僕も、そう思ってました」


 そのやり取りを、背後から聞いていた男がいた。


 隻眼で、強面。

 ギルドマスター、ガドルだ。


「ジャン」


「は、はい!」


「明日も、同じ依頼を受けろ。条件は同じだ」


 有無を言わせない口調だった。


「……何か、ある」


 ジャンは直感した。

 自分の身に、何かが起きている。


 だが、それが何なのか。

 まだ、わからない。


 地下の奥で眠る力が、

 静かに目を覚まし始めていることを――。

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