一条ネモリンはこうして死んだ

勝木勇光

第1話

     一



 その夜、一条ネモリンは解放感にひたりながら歓楽街をうろついていた。

 警察の取り調べを受けていたが、釈放されたのである。


 母親が買ったばかりの黄色いポルシェをボイスパイロットに任せ、ミニスカートのオネエさんたちを眺めていた。


 逮捕されたのは一ヶ月前であった。

 容疑は殺人だった。


 携帯PCが振動した。

 画面に表示された名前を見て、ネモリンは舌打ちした。

 メールは同級生の周キャンテからだった。


 〈ゴメ ゆるしてや 父ちゃんに言われてウソついた からだで返す たまってるやろ? シュッショ祝いせえへんか?〉


 というのが、そのメールの文面であった。紙のように薄いディスプレイが六つ折りになっていて、文面はその表面にオレンジ色の文字で浮かび上がっている。


 「このクソ女めが!」

 とネモリンは吐き捨てるように言った。

 が、指は別のことを返信した。


 〈やりてー いつもの場所で待つ〉


 周キャンテは幼い顔をしていたが筋肉質でナイスなボディをもっていた。

 通っていた九段学園の生徒会長を務めていたが、実務は何もしていなかった。

 ネモリンが殺したとされたのは、その九段学園の学校長であった。

 現場に居合わせた周キャンテはネモリンが無実であることを知る唯一の証人であったが、しかし、警察官がやって来ると自分がその場にいたことを否定した。


 「あんなアホウにかかわって一生をつぶす気か!」

 と、父親に言われたためである。


 ネモリンはそれで拘束された。その件をゆるしたわけではなかったが、しかし、その晩はどうしてもキャンテの肉体が必要であった。


 いつもの場所というのは神保町のプラネタリウムであった。

 客席が多数のブースに区切られてあり、一畳ほどの各ブースには水平にまで倒れるリクライニングシートが2つづつ設置されてある。軽食やドリンクや大麻を注文できるうえ、コンドームと濡れティッシュが使い放題になっている。

 「ほっしー」という名のその店は、仮想空間で星を見ながら不純異性交遊にはげむ高校生たちの人気スポットで、週末はいつも満席であった。


 そこらじゅうから女子高生のうめき声があがるなか、長身でアイドル系の顔をしたネモリンは華奢で柔らかいキャンテの身体に入魂した。

 普段は男子のような態度物腰のキャンテであったが、魂が入ると愛くるしい顔をした。

 出所祝いが終わると、二人は仰向けにならんで寝ころがり、星を見ながら体力の回復を待った。


 キャンテはネモリンの方を向き、

 「それで、取り調べはどないやった?」

 と、会話の糸口をさがしはじめた。


 しかし、ネモリンはその件についてはなにも語る気がせず、寝たふりをした。

 九段学園の校長は心筋梗塞で死亡したのであった。

 が、その心筋梗塞を起こさせたのは、確かにネモリンであった。キャンテとネモリンが停学処分を受け、これに抗議したキャンテが転校処分を言い渡され、これに激怒したネモリンが校長の机の上に這い上がって、校長のネクタイをつかんだ。

 校長は心臓に問題があり、そのストレスに耐えられなかった。

 

 そのことをキャンテに証言してもらえれば、ネモリンはもっと早く釈放されたはずであった。

 が、キャンテにも事情があった。

 周キャンテの父親は山東省の出身で、中国政府の在日大使館に勤務していたが、8年前に日本に帰化して内閣府に席を置くようになった。このため、とにかくスキャンダルを怖れた。


 だが、

 一条ネモリンにそんな事情が理解できるはずがなかった。生活保護を受ける母子家庭で育ったネモリンは、総理大臣の名前すら知らなかった。

 「こら、眠っとんのかいな?」

 と、キャンテが言うと、ネモリンは、

 「うるせーなあ」

 と、仏頂面で星をみつめた。


 逮捕された際、キャンテに裏切られて自暴自棄になったネモリンは、警察の取り調べを受けて、すべての容疑を認めた。東京地検は、その調書を鵜呑みにし、校長の検屍を行わなかった。が、公判初日の罪状認否では、官選弁護人が無罪を主張し、死亡した校長の検屍を要求した。だが、遺体はすでに火葬されており、検察側は追いつめられた。取り調べの際の自白だけでは公判を維持できないと判断した検察官は、やむを得ず起訴を取り下げた。


 ひどくずさんな話であるが、実は、このときの日本では、こういうケースは珍しくなかった。

 「そんなことよりも、おまえが転校させられる話はどうなった?」

 と、ネモリンは反撃にでた。

 すると、キャンテは、

 「大丈夫や。あれは校長がその場で言ってみただけの話や。その場で死によったから、だれもその件については知らんのや」

 と、高笑いした。


 そのとき、場内アナウンスが響いた。

 「お客様に申し上げます。当店の本日の営業はこれにて終了となりました。突然のことで大変申し訳ありませんが五分以内に退去願います。くりかえします。五分以内に退去願います・・・・・・」


 これには、轟々たる不満の声があがった。が、アナウンスを無視して行為をつづけるカップルが多数あり、ネモリンも、

 「じゃあ急いでもう一発やろう」

 と言ってキャンテの上にのしかかったが、キャンテはその気になれず、

 「おまえ、しつこいわ」

 と言って、ネモリンの身体を押しのけ、服を着た。



 2人が地下街に出ると、あたりは騒然としていた。小走りで動く人の波が左右から入り乱れていた。

 2人はその波にすばやく溶け込み、駐車場に向かったが、しばらく行くと逆方向から怒濤のように押し寄せる人の波があり、これに呑み込まれて地下鉄駅に向かった。

 が、地下鉄は止まっていた。

 駅の改札口は人だかりになっており、大声でわめく者などがひしめいていた。  

 キャンテは携帯PCから電話をかけようとしたが、電話も不通になっていた。

 改札口の奥をのぞくと、酔っぱらいに殴られる駅員の姿が見えた。


 「こりゃあ、スゲーことが起きてるんじゃねーかな」

 と、ネモリンが嬉しそうにキャンテの顔を見ると、キャンテは格闘家のような顔になっていた。


 「おまえ、まだ歩けるか?」

 とキャンテが言うと、ネモリンは笑うのをやめて小さくうなずいた。セックスには自信があったが、体力には自信がなかったのである。


 キャンテの自宅は半蔵門駅の近くであった。それで、二人は地下街を竹橋駅まで歩き、そこから地上に出て皇居跡のメモリアル公園を横断することにした。


 ちなみに、このときの日本国は共和国となっていた。

2030年に外国人の移住に関する規制が大幅に緩和され、韓国、中国、台湾などから流入してきた多数の移民労働者が次々と日本に帰化すると、それまでの政権党であった自由民主党は第4党に転落し、天皇制が廃止された。

 このため、皇居は撤去され、その敷地はだだっ広いメモリアル公園となっていた。

 

 ネモリンとキャンテが竹橋駅で地上に出る階段をのぼりはじめると、聞き慣れない騒音が聞こえてきた。

 「台風かな?」

 などと言いながらネモリンが地上に出ると、そこは戦場であった。

 多数の閃光が八方でひらめき、皇居跡のメモリアル公園は累々たる屍の原になっていた。

 上空には無人ロボット戦闘機が飛び交っており、プロテクターをつけた自衛官たちが小銃のような形をしたロケット砲や小型ミサイルで応戦していた。

 ロボット戦闘機には米国のマークが入っているものと、中国のマークが入っているものと日の丸をつけたものの3種類があった。


 ネモリンは目の前に飛んできた人間の足首を見て仰天し、あわを食って地下街に戻ろうとした。

 が、その地下街の入口に小型ミサイルが命中した。


 耳をつんざく爆音と爆風を浴びたキャンテは、

 「ここはあかんわ!」

 と叫んだ。


 2人は走った。

 歓楽街に入ると、血相を変えて走っている者が多数いて、2人はそれらの後を追いかけた。が、突然、前方に閃光がはしり、破裂音と悲鳴が聞こえてきた。


 キャンテは集団のなかにいることが危険だと気づき、ネモリンの手を引いてビルの中に飛び込み、階段を駈け降りて地下街に入った。途中、数人の怪我人に足をつかまれたが振り切った。

 死体はいくつもあり、髪の毛の焦げる匂いや、大便や小便の匂いなどがそこらじゅうから立ちのぼっていた。

 見ると、そこには自衛官が2名、通路内の柱の陰に身を隠していた。その向こう側には4本足で動くカニのような形の戦闘用ロボットが1機歩いていた。


 「あっ」

 とネモリンが声を発すると、カニ型ロボットの銃口がネモリンの方を向いた。自衛官1名がすかさずロボットに向けてロケット弾を発射したが、ロボットはそれよりも速くその自衛官を撃ち殺した。

 が、ほぼ同時にもうひとりの自衛官がロケット弾を発射し、これによってカニ型ロボットも吹き飛んだ。


 「来い!」

 と、ネモリンに手招きした自衛官の名は、

 瀬戸大翔、

 といった。

 濃いまゆ毛が印象的な顔立ちで、四十代前半にしては若く見える。


 ネモリンとキャンテは瀬戸自衛官の後ろについて地下街を走った。走りながらキャンテは、

 「なにがはじまっとるん?」

 と瀬戸自衛官にたずねた。

 「わからん!」

 と、瀬戸自衛官は答え、笑い出した。


 ネモリンが死体に足をひっかけて転倒したのは、その直後であった。

 「大丈夫か!」

 と、瀬戸自衛官が近づくと、

 「もうだめです」

 と、ネモリンはあえぎながら答えた。心拍数があがりすぎて、それ以上走るのは無理であった。

 「いいから立て」

 と、瀬戸はネモリンの腕をひっぱった。

 そのとき、轟音とともに地震のような揺れが起こり、前方の通路が崩落し、あたりは真っ暗闇になった。


 瀬戸自衛官はゴーグルをかけ、ヘルメットに装着されてあるヘッドランプを点灯し、周囲をうかがった。しばらくは埃が充満して何も見えなかったが、やがて地上へ抜ける出口の案内表示板が目にとまった。奥の方に非常灯が見えると、瀬戸は、

 「あそこから外へ出よう」

 と言って、ネモリンを立たせた。





     二



 「きさま! 話が違うぞ! 違いすぎる!」

 と、総理官邸地下のシェルター内で防衛大臣につかみかかったのは、与党第一党の幹事長であった。名を、

 金字塔、

 という。


 この金字塔は、もともとは日本人ではない。生まれは釜山であり、親からもらった名は金俊尙という。

 九州大学を卒業して韓国の建設業者の営業マンをやっていたのだが、日本の国会議事堂の移転工事を担当した際に会社の命令で日本に帰化した。字塔という名はこのときに自分でつけたものである。

 38歳で衆議院選に初当選し、日本ハンナラ党という政党を創始し、48歳のときに衆参両院で第1党の座を勝ち取ったが、韓国生まれであったために自ら総理にはならず、ユン・さやか という芸能一家の末娘を総理にした。


 「作戦は一時間で終わると言ってただろう! 実弾を撃ち合うようなことになるとは聞いとらんぞ!」

 と、金字塔はさらに怒鳴った。


 これに対して、防衛大臣は、

 「すいません」

 と、ひたすら謝った。

 名は、片山イチロー、という。

 この片山は老舗の自由民主党に所属しており、日本人の家に生まれた者であるが、妻は台湾から移住してきた富豪の娘であった。

 ちなみに、自民党に所属している議員の半数は台湾出身者であった。また、自民党は政権に参加してはいたが、衆議院では第4党でしかなく、中国からの移民の政党である自由共存党よりも議席が少ない。


 「今は、もめている場合ではありません」

 と、金字塔の腕を押さえたのは、劉鉄二、という名の財務大臣であった。これも自民党の議員であったが、これに賛同した官房長官の趙信貴は自由共存党の議員であった。


 「それで、形勢を逆転するにはどうしたらいいのです?」

 と、ユン総理は一同を見わたした。

 その背後の大型ディスプレイには、皇居跡のメモリアル公園の様子と、横須賀基地の様子が映し出されていた。どちらの画像でも地上部隊の自衛官がすさまじい勢いで虐殺されており、それらを援護するべき航空部隊は制空権を確保できずにいた。

 映像を見ていた金字塔は、いたたまれなくなって視線をそらした。

 他の閣僚たちも、押し黙ったまま互いに顔を見合わせたり、手のひらで顔面をこすったりしていたが、劉鉄二財務相だけは目をらんらんと輝かせてスクリーンを凝視しつづけ、ひとつのアイデアを出した。

 「この戦況を挽回するには、ロボット戦闘機のオペレーティングシステムをレジスレイターに直結するしかない」

 閣僚たちは、劉財務相がなにを言っているのか即座には理解できず、ポカンと口をあけてその顔を見るだけであった。が、やがて、片山防衛相が大きくうなずいた。


 レジスレイター(Legislator)とは、スウェーデンのボランティア団体が開発たアプリケーションソフトウェアであり、アイスランド政府が導入を決めたことで話題になっていた。ただし、これは、ロボット戦闘機をコントロールするためのソフトではない。


 話は2030年にまでさかのぼる。

 このとき、米国のハーバード大学で政治哲学を専攻していた大学院生が、

『政治はプログラムにできる』という論文を発表して一世を風靡したことがある。学生の名は、クマル・マッソー、といった。

 論文の内容は、

 「自動車に自動制御機能をつけたように、国家にも自動制御装置をつけるべき」

 というものであった。

 これが高い評価を得たのは、世界中に蔓延していた政治不信による。

 21世紀に入って以来、世界のニュースの約12パーセントは政治家のスキャンダルとなり、あらゆる国で政治不信が深刻化した。

 マッソーには日本へ留学した経験があったのだが、特に日本国の政治不信は深刻な状況となっており、政治家が酒を飲んだり、食事をしたり、セックスしたり、眠ったりすることが赦せない、というムードが国中でたかまっており、日本人で政治家を志す者はほとんどいなくなっていた。

 マッソーの思想は、そういう世相を反映したもので、

 「政治家が人間であることがそもそも間違いなのだ」

 という過激な主張をぶちあげており、

 「演説することが政治だった時代はもう終わった。現代の政治家に要求される能力はそういうものではない。現代の政治は、重装備の大型バスを混雑したハイウェイ上で高速運転するようなものであり、そこには人知を超えた能力が要求される。したがって、人間は目的地を入力するだけでにして、運転はコンピューターに任せればよいのだ。そうすれば、政治家や役人が国民の利益を無視した政治判断を下すのを抑制することができるうえ、一部の国民が利己的な理由でなにかの施策に反対しても、政治家が泥をかぶらずに事を決定できる」

 と、説いた。

 このマッソーの思想は米国内よりも、スウェーデンの若者たちの間で高い評価を得た。

 そして、その思想を具体化しようとするボランティア団体がスウェーデンで結成され、その団体はMPP(Matthau Program Program)と名乗った。

 このMPPは、世界中から8千万ユーロもの寄付金を集め、約5年間をかけてひとつのアプリをつくりあげた。

 レジスレイターとは、そのアプリのことである。

 が、このときに劉財務相が提案したのは、そのレジスレイターを戦闘用に使うというアイデアであった。


 「なるほど!」

 と膝を叩いた片山イチローは、

 「やってみる価値はあります」

 と、劉鉄二のアイデアを解説しはじめた。


 この時点におけるロボット戦闘機は一機につきひとりづつオペレーターがついていた。各機にはロボット機能が備えられているが、各機を統括しているのは統合幕僚長以下の人間の組織であった。この命令系統をすべてはずして、戦闘機を直接レジスレイターに操縦させれば、各機の連携機能は格段に向上する。バレーボールの時間差攻撃やクイック攻撃のようなアクロバティックな攻撃が可能になるうえ、各機の操作が全体的な戦略に直結した形になる。


 「しかし、それは、自衛隊法の第7条と第8条に違反しますし、憲法違反でもあります!」

 と、言ったのは少子化対策担当大臣の宮川という元官僚であった。

 金字塔はこれに対して、

 「ばか」

 と言っただけだった。で、

 「それをやるのに何分かかる?」

 と、片山防衛相に向かって尋ねた。

 このとき、片山はすでに統合幕僚長と電話で話しており、金字塔に対して指を3本立てて見せた。

 これを見た金字塔は、表情を明るくして、

 「3分か!」

 と言った。

 が、片山は困った顔になり、

 「いえ、30分はかかると思います」

 と、答えた。

 金字塔は憤然として机を叩き、

 「遅い!」

 と、怒鳴った。




     三



 地上に出たネモリンとキャンテと瀬戸自衛官は、カニ型ロボットの襲撃を警戒しながら靖国通りに出て、本郷通りとの交差点付近にあった雑居ビルの玄関に飛び込んだ。

 そのビルの電源はまだ生きており、自動ドアが開いた。

 「おっ、ここは電気が通じてるぞ」

 と、ネモリンは喜んだが、なかに入ると押し黙った。そこには、ひとりの自衛官の死体が横たわっていたのである。


 瀬戸自衛官は、死体をまたいで奥に入り、エレベーターの呼び出しボタンを押そうとしたが、その寸前で思いとどまり、

 「てつだえ」

 と、ネモリンに命じて、そこに横たわっていた自衛官の死体からヘルメットとプロテクターを引き離し、それをキャンテに手渡した。

 「こんなもんつけても、あのロボットに撃たれたら一巻の終わりや」

と、キャンテはぶつくさ言ったが、

 「これで助かることもある」

 と瀬戸に言われ、黙ってそれを受け取った。


 瀬戸はさらに、死体から引き離したハンディータイプのロケットランチャーをネモリンに手渡し、

 「後で使い方を教える」

 と言った。

 「すげー」

 と、喜ぶネモリンの顔を見た瀬戸は笑いながらエレベーターの呼び出しボタンを押した。

 が、エレベーターが地下4階から昇ってくるのを表示板で見ると表情を硬くした。そして、身体を反転させて壁に背中をつけ、ロケットランチャーをかまえてから、

 「おまえたちは、あっちに行け」

 と、ネモリンとキャンテに顎で合図した。


 ネモリンとキャンテはその指示にしたがい、折れ曲がった通路の陰に隠れた。

 エレベーターの扉が開くと、瀬戸の予感通り、中からカニ型ロボットが出てきた。

 瀬戸は慎重に引き金を引いた。

 が、撃ち込んだロケット弾はロボットに命中しても破裂せず、鈍い音を立てて床を転がった。不発弾であった。

 「うっ!」

 と、瀬戸がうなったときには、ロボットの銃口は瀬戸の方を向いていた。

 が、ロボットは瀬戸を撃たずに轟音を発して吹き飛んだ。

 ネモリンがロケット弾を撃ったのである。


 3人は爆風を受けて尻もちをついた。

 キャンテは頭を強く打ったが、ヘルメットをしていたために怪我はなかった。

 瀬戸は大口をあけて笑い、

 「俺が撃ったのは最後の一発だった。もう、終わりだと思ったよ」

 と言いながら立ち上り、ネモリンの肩を何度も叩いた。


 それは、

 一条ネモリンが初めて他人から心底感謝された瞬間であった。

 その後、3人はエレベーターに乗って最上階まで昇った。

 そこは太極拳のトレーニングジムであったが、客も従業員も避難した後だった。

 40畳ほどのフロアリングの床面が広々していた。


 窓の外では、自衛隊機のF-47と米軍機のF-47と中国人民解放軍のSU-139が入り乱れて旋回していた。地上には、まだ生き残っている自衛官がちらほら見えたが、すでに隊としてのまとまりは失われていた。


 「こちらはCRF隷下第一空挺団第一普通科大隊第一中隊の瀬戸です。第一普通科大隊本部どうぞ」

 と、瀬戸自衛官は手首に装着されてある小型無線機に向かってささやいた。

 イヤホンに応答があると、瀬戸自衛官は、

 「連絡します。第一中隊長は15分ほど前に地下街で戦死されました。自分は、目下、神田錦町の雑居ビルの最上階にて、少年2名を保護しつつ待機しております。指示をお願いします。どうぞ」

 と、手首にささやいた。

 これに対する本部からの応答は、

 「ちょっと待て」

 と言うだけで、まったく要領を得ないものであった。


 本部からの応答が途絶えると、瀬戸自衛官は、

 「忙しいみたいだな。まあ、空中戦が終われば救助隊が来るだろう。それまでは、ここでじっとしていよう」

 と、ネモリンとキャンテに言った。


 ネモリンは条件反射的にうなずいたが、キャンテはすかさず反論した。

 「外の飛行機の弾が飛んできたらどないすんねん?」

 これに対して、瀬戸自衛官は笑いながら答えた。

 「ここも安全ではないが、下に降りれば、あのカニみたいなロボットに撃たれる」


 そのとき、キャンテは見た。

 瀬戸の背後の窓の外で米軍のロボット戦闘機が1機、ゆっくりと方向転換しつつ近づいてくるのである。


 「くるぞ!」

 と、キャンテは叫び、ネモリンの手を引いて横っ飛びに飛んだ。

 瀬戸は、その様子を見て、後ろをふり返ることなく、キャンテと同じ方向に飛んだ。

 全長約6メートルほどのF-47は、発砲せずに接近してきて、そのまま窓を破って室内に侵入してきた。ガラスの破片とともにジムに置かれてあった筋トレマシンなどを蹴散らし、奥にぶら下がっていたサンドバッグをはね上げたかと思うと、フロアリングをめくり上げながら壁に激突して動きを止めた。


 3人は、吹き込んだ窓ガラスには当たらなかったが、建材とともに天井から崩れ落ちた真っ白い粉を頭から浴び、窓から吹き込んでくる強風にあおられた。

 ネモリンとキャンテは、あまりのことに腰をぬかしたが、瀬戸自衛官はゴーグルの表面をふいて立ち上がり、落ちていたタオルを拾って口元をふさぎ、慎重に戦闘機に近寄りながら、

 「燃料は漏れていないみたいだ」

 と言った。

 そして、右翼の裏面をのぞき込み、ナイフを取り出してロケット弾の発射口に刃先を突っ込み、

 「カチッ」

 という音を立てて、そこから装甲版の一部をはずした。

 瀬戸は、そこから、長さ20センチメートルほどのロケット弾を取り出して、

 「これは使える」

 と笑いながら、背負っていたロケットランチャーを降ろし、これに米軍機からはずしたロケット弾を次々と装填しはじめた。


 「それはアメリカの戦闘機ですか?」

 と、ネモリンは咳き込みながらたずねた。

 「そうだ。F-47サンダーバードだ」

 と瀬戸は答え、さらに、

 「日本の主力戦闘機もこれと型は同じだが、日本のは空中給油ができない」

 と解説した。


 「へー、これかぁ。思ってたよりも小さいんだな」

 と、ネモリンは嬉しそうに瀬戸の横に立って戦闘機をながめた。

 その戦闘機は可変翼のついた三角形のもので、コクピットがない。エンジンは後尾にひとつあるだけである。


 「これは、もう飛べないんですか?」

 と、ネモリンが尋ねると、瀬戸は意表を突かれ、

 「そうだな、なんで墜ちたんだろな・・・」

 と言って、機の外観を見回した。小さな傷は無数にあったが、致命的なものではなく、被弾した痕跡もなかった。

 不安になったキャンテが、

 「あんまり触らんほうがええんちゃうか? そのうち爆発するかもしれへんぞ」

 と、二人に忠告すると、ネモリンはあわてて後ずさりしたが、瀬戸は動じなかった。

 瀬戸が携帯PCを取り出して、これにワイヤーを差し込み、そのワイヤーのもう一方の先をF-47の右翼の裏に差し込むと、携帯PCがF-47を認識し、タッチパネル式のモニターに機体の状態が映った。

 「おかしいな、どこも故障していない」

 と言った瀬戸は、F-47のロボット機能を再起動させた。

 すると、モニター上の操作画像が英語版から日本語版に換わり、

 「取りはずした装甲版を元に戻してください」

 と、日本語の音声案内が流れた。

 瀬戸は、携帯PCの画面を見つめたまま、それを無視した。

 ネモリンは、戦闘機に言った。

 「おまえはまだ飛べるのか?」

 すると、戦闘機は答えた。

 「ただ今、瀬戸一等陸尉がこの機を再起動しましたので、コントロール機能がわたくしに移りました。ですから、これから飛ばせます」

 

 瀬戸は驚いた。

 「コントロール機能を移行させた? おまえは、なんだ!」

 と言うと、F-47は、

 「私は、レジスレイター・バージョン1.0です」

 と答えた。


 そのとき、

 「あれ、いつの間にか静かになりよった」

 と、キャンテが言った。

 瀬戸は、はっ、として窓の外を見た。

 そこには、夜景と星空があるだけで、戦闘機の機影はなかった。


 F-47は、

 「制空権は確保しました。アメリカ軍の戦闘機は沈黙しております」

 と言った。




     四



 ホワイトハウスの東ウイング地下の大統領危機管理センターに、

 「我が軍の戦闘機は全滅しました」

 という連絡が入ったのは、日本時間の22時23分で、現地時間では朝の8時23分のことであった。


 「どういうことだ!」

 と、顔面をこわばらせ、ブロンドの毛がはえている頭皮まで真っ赤に紅潮させた第49代米国大統領の名は、スタン・P・キャラウェイ、といった。


 「よくわかりませんが、我が軍のロボット戦闘機のコントロールシステムを攻撃されたようです」

 というのがアジア系の顔をした統合参謀本部議長の解説であった。

 これを聞いて、

 「ただちに日本国へ宣戦布告すべきです。そして、グアムとハワイから援軍を送らねばなりません」

 と言ったのは、黒人女性の国務長官であった。

 ドイツ系ユダヤ人の首席補佐官も、この意見には即座に賛成し、キャラウェイ大統領に向かって頷いて見せた。


 しかし、キャラウェイ大統領は、そのユダヤ人の反応を信用しきれず、色白の黒人国防長官の顔を見た。

 すると、国防長官は無言で重々しくうなずき、ぶ厚い唇を真一文字にひきしめた。

 だが、スタン・P・キャラウェイには、決心がつかなかった。


 すると、干しぶどうのような顔をしたCIA長官が、スタンの肩に手を置き、スタンの顔を真っ直ぐに見て、

 「なにをためらっておられます? ただちに、大統領としての責務をまっとうなさってください」

 と、くしゃくしゃの笑顔をつくった。


 しかし、スタンは憮然として言った。

 「勝てるのか?」

 これに対して、CIA長官は両の手のひらを合わせながら、力強く言った。

 「勝たねばなりません」


 そのとき、イヤホンをつけてディスプレイを見つめていた統合参謀本部議長が動揺した声をあげた。

 「ジーザス! 第七艦隊の旗艦がやられてるぞ!」

 「なんだって?」

 「撃沈されたのか!」

 「沈んではおりませんが、炎上しております」

 「主力艦は?」

 「バラク・オバマは、現在、急速潜行中です」

 一同が観ていたメインのディスプレイには皇居跡のメモリアル公園の衛星画像が映っていたが、新たに横須賀港の映像が映るとざわめきが起きた。


 第七艦隊の旗艦である揚陸指揮艦アパラチアが自衛隊機の総攻撃を受けて爆発炎上していたのである。埠頭にはその護衛艦であるミサイル駆逐艦5隻と強襲揚陸艦2隻と揚陸潜水艦3隻が停泊しており、それぞれが対空ミサイルを8方に散らせていたが、それらは空を切るばかりで、自衛隊のロボット戦闘機には1発も当たる気配がなかった。

そして、司令塔を失った第七艦隊の艦船は逃げることができず、一艦づつ集中砲火を浴びて炎上していった。が、主力艦のバラク・オバマだけは独自の判断で水中に姿を消そうとしていた。


 これを見た国務長官は、黒い顔を青ざめさせつつも冷静な声を出した。

 「ミスタ・プレジデント、旗艦はシンボル的な存在でしかありません。艦隊の指揮はここからでも可能です。佐世保には、まだ手つかずの揚陸艦が2隻残っていますし、ハワイとグアムにも強襲揚陸潜水艦が3隻あります」


 しかし、スタンは、手をこまねいたままソファーに腰かけ、薄笑いを浮かべながら言った。

 「そんなこと言っても、戦闘機が足りんだろう。ハワイとグアムのを合わせても、あと200機しかないと言ってたな? コロラドの戦闘機をあっちにまわすのか?」

 この質問に対し、色白の国防長官は、

 「そうです」

 と答えた。

 これには、スタンも驚き、

 「そんなことをしたら、本土の防衛ができなくなるじゃないか」

 と言った。

 が、国防長官は、大まじめな顔をつくり、

 「ミスタ・プレジデンド、仕方がありません」

 と言った。


 そのとき、その国防長官の秘書官が2人の会話をさえぎった。

 「長官に電話が入ってます。在日米軍司令官のジェイソン・ローハン中将です。日本政府から横田基地の武装解除を求められているそうです。どうしましょう?」


 これを聞いた国防長官は、ゆっくりと手をのばして受話器を受け取り、

「ネバー・ギブアップ。徹底抗戦だ。降伏は認められない」

 と静かに言った。

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