第6話

 住宅街かつ、目立てない公務……なのかもわからない状態である以上、余計なもめごとは起こしたくない。近くのパーキングに車を止め、売人の家までは歩くことにする。

 双子のおしゃべりはやむことはない。なんやかんや仲いいよな。

 数人とすれ違うがいたって平和な平日の昼……といった感じだ。犬を連れた老人、買い物に向かうような様子の女性、和服を着た背の高い男性。……いや、ちょっと浮いてないか?

 突然思ってたのと違う人物が現れて内心驚くと同時に、

「巽さん!」

 はしゃいだ声をセイがあげた。そのまま、和服の男性に駆け寄っていく。

「おや、青志朗さんに、紅美子さん」

 やわらかい笑顔を浮かべて二人を見る男性。坊主頭に、妙に着慣れた和服がなんとなく怖い印象だったが、しゃべると意外と柔らかい雰囲気だった。年齢的には……二人の親の知り合い、といったところだろうか? 彼らの親世代よりはやや若い印象もあるが。

「ご無沙汰しておりますっ!」

 おまえ……そんな笑顔できるんか。

 キラキラいい笑顔のセイに驚いていると、

「っち」

 クミの方は舌打ちした。

 ええっ、こっちはこっちで何? というかどちらさまで……。

 名乗ったほうがいいのか、しかし警察と名乗って二人の心証が悪くなったりしないか。いや、なんとなく、そういう意味での堅気じゃなさそうだけど。などと考えていると、

「お二人が一緒ということは……一海の用事ですか?」

 和服の男性の方がそう尋ねた。ああ、やっぱり。霊的な意味で堅気じゃなさそう。

「はい! 実は……」

「セイ、勝手に余所にしゃべったらおばさまに怒られるよ」

 釘を刺されてセイが困ったような顔をする。

「詳細は大丈夫ですよ」

 男性は優しく笑い……

「あの、申し訳ないんですが……誰か、差しさわりのない範囲で説明を……」

 さすがにミノルは自己主張した。

「名乗りたいのは山々なんですが、どこまで名乗っていいのか……図りかねているんで」

 男性に向けて弁明する。

「あー、えっと」

 クミがどこまで言っていいのか、少し考えるような顔をする。ちなみにセイはクミに丸投げを決めたらしく、傍観者の顔をしている。

「巽翔さんです。一海の、同業者です」

 ああ、やはり。

「桑野実……巡査です。手伝ってもらっています」

 巽氏と会釈を交わす。

「警察の方……なるほど、マドカさんの夢が一つ叶ったということですね」

 と、なんだか優し気な……それでいて誇らしげな顔で微笑んだ。

 それにクミの顔が一瞬、不愉快そうに歪んだのをミノルは見逃さなかった。

「あ、あの、巽さん、この間のことなんですけど」

 なんだかしゃべり始めたセイに

「先、行ってるから」

 クミは一言声をかけて進んでしまう。

 困惑していると、

「桑野さん」

 冷たく名前を呼ばれ、

「あ、失礼します」

「いえ、お気をつけて」

 一礼してその場をあとにした。


 少し先を歩いているクミの横に並ぶと、

「いいのか、置いてって」

「場所はわかってるはずだから大丈夫ですよ」

「……なに、怒ってるんだ?」

 クミははじかれたようにミノルに視線を向け、一度キッと睨んでから、

「セイは馬鹿だから気づいていないですが……巽翔は、おばさまの敵です」

 敵とはまた……物騒なことだ。

「敵?」

「……女の敵です」

「ああ、そういう……」

 一瞬身構えたが、肩の力が抜ける。

「はい。おばさまと付き合っていたのに、おばさまを捨てて……。自分は結婚して子供がいるんですよ? ひどいと思いませんか?」

「……それ、いつ頃の話?」

「私たちが生まれたぐらいのころ……ですかね?」

 つまりおばさまが三十代の結婚適齢期の頃です! とか力説されたが……

「あの人、そんな昔の話を今更気にするような人なのかなぁ」

 少ししか話していないが、少なくとも気にしているそぶりを見せるタイプではないだろう。

「してますよ」

 力強く断言される。

「根拠は?」

「あのピアスがそうですよ。あんなの全然……、おばさまの趣味じゃないのに」

「……ああ」

 確かにあれは自分も気になった。妙に浮いていた、一つのピアス。

「あれ、ウロボロスです。龍あるいは蛇が円環になっているもの。つまり、巽円、です」

「はあ……」

 なるほど、荒唐無稽な戯言だと一笑に付すには筋が通っている気がする。だが、そうなんですね……と受け入れるほどの根拠はない。

 それにやっぱり、未練とか情念とかそういうものとあの人の印象が結びつかない。

 クミはまだ話したそうだったが、

「あ、ここだな」

 言っている間に目的地についた。ごくごく普通の、小さな四階建ての単身者向けアパート。

「何号室ですか?」

「三〇五だって」

 廊下は外から見える。角部屋のようだ。クミは一つ頷くと、

「おいで、ベイ」

 そっと囁く。

 どこからともなく、灰色の小さなものが現れた。なんとなく、まるっこい、小鳥のようなサイズ感の……。

「……それが?」

「私の式神です。私はまだ、この子しか使えないのですが」

 お願いね、と空に放つ。二回ほどクミの周りを飛び、アパートに消えていった。壁を通り抜けて。

 自分にはもやのような、影のようなものにしか見えなかったが、動きからすると本当に小鳥だったのかもしれない。

「便利だなあ」

 これって盗撮とかにはなんないのかなーとやっぱり思いながらつぶやく。

「置いてくなよ!」

 ばたばたセイが走ってくる。

「話が長い方が悪いんでしょ」

「うるせーな。あの人にはいろいろと……学ぶところが多いんだよ」

 へぇ、冷静な声色で、まじめなことを言う。そう思って、思わずセイの方に視線をやる。その意味に気づいたのか、

「なんだよ、おっさん」

 毒づかれた。

 直接的には答えないでおく。代わりに、神経を統一させるかのように軽く目を閉じたクミを視線で示しながら、

「セイはやらないのか?」

「あんな細かいこと、大雑把な俺にできるわけないだろ!」

「いばるなよ」

 なるほど、なんとなくわかった。クミの方が頭が回って細かいところに気が付く。セイの方が雑ではあるが行動力がある。そういう感じなのだろう。

 どういう風に見ているのかわからないが、クミは集中している。

 手持無沙汰の男二人は、とりあえず怪しく見えないようにクミを隠すように立ちながら、

「なかなか来ないなー」

「電話してみる?」

 などと誰か待っているかのような茶番をしていた。

 しばらくして、またさっきの鳥のようなものが戻ってくる。

「おかえり」

 クミはそれを掌にのせ、労をねぎらうように頭を撫でた。

「どーだった?」

「ダメ」

 クミは首を横に振ると、

「あ、私の能力不足ではなく」

 まず弁明した。負けず嫌いっぽいところはそっくりだな、この双子。

「特に何もない?」

「なかったです。スペクターの現物でもあればあるいは……と思ったんですけど。押入れの中にもありませんでした」

 押入れの中も見えるのか……。

「ここにはおいてないか」

「先回りして回収されたのかもな」

「……それはあるかも。なんとなく、変な空気があったから。何か、霊が通ったような。まあ、売人がスペクターを服用していたとしたら、その残り香かもしれないけど」

「捕まった売人の口を封じて、現物も持ち去った、か……」

 なんというか、かなり物騒だが高校生を巻き込んでいていいのか? といまさらながら不安になる。巻き込まれたのはこっちかと、すぐに思い直したが。あまり無茶はさせないようにしようと心にこっそり誓う。

「現物以外に……顧客名簿とかは?」

「ありません」

「スマホで管理とかじゃねーの?」

「あー……そっか」

 若者を相手にしているならなおのこと、そんな気がする。

「あいつの私物はまだ昨日の所轄かな。見に行くか」

「お、じゃあさっそく」

「君たちは今からでも学校行こうか」

 乗り気のセイをさえぎる。

「ああ? なんでだよ」

「まだ午前中だしね。それに、うちの部署の中ならともかく……君たちを連れて余所の所轄をうろうろはできないよ」

 セイは不満そうに何か言いかけたが……

「あー、くそ、反論できねぇー」

 素直に負けを認めた。

「おっさん、ちゃんと調べとけよ!」

「はいはい」

「放課後、伺っても?」

「それはオッケー。とりあえず、学校送るよ」

 と、駐車場に向かって歩き出す。

 ワンチャン、スマホ持ち出せないかな。係長から打診してもらおう。


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