第二章 厄介ごととしか思えない
第1話 一週間の終わりなのに
この世界は、七日間を一週間とし、三十日を一ヶ月とし、十二ヶ月を一年としている。
曜日の言い方は、最初の日を冠の日と言い、最後の日を生命の日と呼ぶ。言うなれば、冠の日が月曜日で、生命の日が日曜日ということ。火曜日は風の日、水曜日は声の日、木曜日は目の日、金曜日は笏の日、土曜日は星の日。
これはこの世界の神話にちなんだ呼び方なのだけど、曜日の呼び方は前世での呼び方の方が私には馴染む。頭の中で考えるときには前世での呼び方をし、口に出すときにこちらの言い方に言い直す、という感じだ。
土曜日と日曜日(こちらの言い方では星の日と生命の日)は休日だ。もちろん、学院も休み。その間は寮も閉鎖され、寮生は家に帰る。
その筈、なのだけど。
土曜日の今、私は寮にいる。
週末、寮生は皆寮にいるようにとお達しが出たのだ。自宅通学の生徒は自宅での待機を言い渡された。昨日の出来事について調査をしているところだが、事の次第が明らかになるまで、生徒たちの身の安全を確保するために出歩くことはやめろ、ということだった。
ちなみに、私は昨日、黒衣の男を退けた後、私は何食わぬ顔でマリちゃんたちと合流し、魔法科の生徒たちがいる広場に戻った。偏倚の羽衣とホリィのことは放置して、何事もなかったかのように。
あのダリルム先生とか魔法科の生徒たちからすると、私は黒衣の男が現れたときに木の上に上がり、亀の甲羅で最初応戦していたが、その後力及ばず吹き飛ばされて、戦線離脱した、ということになっている筈。今のところ呼び出しを受けたりしていないので、多分。そうでないと困る。
週末も寮にいろ、という学校のお達しは、私にとっては嫌なものだった。寮から出られないのが退屈なのだ。寮は個室で、それはありがたいことなのだけど、今はそれが裏目に出ている気がする。入学してすぐで、寮の中にまだ友だちができておらず、部屋で一人でいるしかないのだ。
「一人じゃないでしょ。あたしがいるでしょ」
部屋の中を飛びながら、小さな木の箱……ミミックが声を上げていた。ホリィだった。森で別れたはずなのに、どういうわけかついてきていた。私はあのとき限りのつきあいだと思っていたのだが、
「そんなわけないでしょ。まだまだつきあってもらうわよ」
とホリィは言う。何でも、昨日の出来事は一連のイベントの序章というのだ。話を聞きたがらない私に対し、ホリィは「イベント」とやらについて語った。何でも、神々が「宴」を開くことにしたらしい。何年かに一度そういうことがあるというのは、私も知っている。神々は、世界の危機に人間が対応できるかを調べるために、それを催すのだと。
世界の危機とは何か。それはまさしく、世界が消滅する危機のことだ。
この世界は前世で私がいた世界と違って、「限り」がある。元は無限だったらしいが、それを維持してきた神々の力の均衡が崩れ、空間が千切れ、残った空間で人々は暮らすしかなくなった。そのときに海も失われたらしい。とはいえ、「残った空間」とやらもかなり広く、その境から離れて暮らしていればこの世界に果てがあるなんてことを意識することは全くないのだけど。
千切れた空間はそのままバラバラになることはなく、神々とそのとき魔力を与えられた人間たちが力を尽くすことによって繋ぎとめられた。その形は、前世で言うところのモビールに似ている。あそこまで複雑な形ではないけれど、星辰と呼ばれる星を頂点として、そこから千切れた空間がいくつもそれぞれぶら下がっているような感じだ。ぶら下がっている、というのはこの世界の外から見たからそう見えるだろうなという想像の感覚であって、その世界の中では普通に暮らせるのだけど。
なお、星辰にぶらさがっている千切れた空間は幾つもあって、それぞれが一つの大陸というか地域になっている。その一つの空間がまるごと一つの国となっていることも多い。この国も同様で、魔力を与えられた人々は貴族として王の指示のもと国の統治に携わり、そして世界の崩壊が再び起こらないよう、空間の維持に力を尽くしている。
神々も、世界がばらばらにならないよう星辰との繋がりを保つことや、世界が縮まないように世界の形を保つことに動いてはいるが、人間もそこに力を貸すとより安定するし、また、前回、世界が崩れたときのように神々だけの力だけでは足りないことがあり得る。
そんなときにどれだけ人間が神々に与えられた力を使えるか、を定期的に計る催しが行われ、それが「神々の宴」と呼ばれるものなのだが、そんなもの、その目的からして魔法使い、即ち貴族にしか関係ないものであって、魔素術しか使えない平民には関りのないものだ。
だというのに、ホリィは宴について語ることをやめない。
曰く。
宴では、選ばれた人間が魔法を披露する。一人で披露する場合もあれば、複数人で強力して魔法を展開してみせることもあれば、模擬戦のような形で人間同士が魔法を使って戦うこともある。このときだけは、人間に向かって魔法で攻撃をしてはいけない、という禁は解かれるのだとか。
いずれかの形でも参加した魔法使いたちは競い、そうして勝者を決める。勝者には神々から祝福を受ける。祝福を受けたからといって何か力を増すとか財産を得るということはないらしいが、少なくとも宴の勝者は人の世で名誉を得ることはできる。
「で、今回は参加する人間を全員、若い子の中から選ぼうってことになって。しかも、魔素術師も選ぼうってね。それで、この学院の生徒を一カ所に集めて、ちょっとした試練を与えることにしたのよ」
それが、昨日のオリエンテーリングがああなった原因だったらしい。即ち、魔法科の生徒たちがいる森に魔素術科の生徒たちを転移させ、そうやって一所に新入生を集めたのだと。
「じゃあ、あの男が襲ってきたのも神々の差配の結果だったってこと?」
苛つきながら私は訊いた。そんなことであんな思いをしないとならなかったなんて、冗談じゃない。
しかし、ホリィは言った。
「違うわよ。神々が用意した試練は全く別よ。まあ、あんなのが出て来たから全部おじゃんだけど」
「そうなんだ……。でも、何で魔素術科まで巻き込まれないといけないのよ?宴って魔法使いの話でしょ」
「確かに魔法は神々が与えたものだけど、魔素術だって元は神々が与えたものだから、宴から外される理由はないのよ」
「いやそれでも……魔素術師と魔法使いとがやりあうなんて、結果が見える気がするけど」
魔法使いは人間に魔法を使ってはいけない。が、天変地異を起こすほどの大魔法を使い、それに他の人間が巻き込まれることについては不問に付されることになっている。そういうやり方で魔法使いが魔素術師を仕止めることは可能だ。
「何言ってるのよ。そのために私がいるんじゃない。それと、偏倚の羽衣ね。偏倚の羽衣を使ったら、あんただって魔法を使えるわ。あんた、魔素術は凄いみたいだしそこに魔法まで使えるってなったら無敵じゃない」
「いや、待ってよ、それって、私に宴に出ろってこと?」
「もちろんよー!事告げ様だってそれも見込んで昨日あんたを助けたんだからね」
私はため息をついてから、ふと思いついて言った。
「……あんたが言ってることが本当なら、魔素術科の生徒が転移された件をあんたが学校に説明にしてよ。そうしたら、寮にいろっていう指示が解除されるでしょ」
寮生に待機命令が出ているのは、不穏なことがあったため、生徒にもしものことがないようにという配慮のためなのだから。
「あたしが?嫌よー、面倒くさい。第一、私がここにいること、まだ人間たちは知らないんじゃないかしら」
「……それって、あんたがここにいるのがまずいってこと?」
「違うわ。まあ、安心してよ。然るべき人間には知らせがいくようになるから。まあ、今日辺りこの国の王宮には連絡が入るでしょ」
「じゃあ、学校側が知るのは?」
「それもそのうちね」
ホリィは自信満々だった。私は目を細めながらホリィを見た。そもそもこのホリィというのはどういう存在なのか。神々の事情をさも見てきたかのように喋るが。
だって見てきたんだもん、とホリィは言った。
「私は神々の使いよ。神使ってやつね。でも特定の神様にお仕えしているわけじゃなくて、神様方全体にお仕えしている感じ」
「それがこんなところにいていいの?」
「いいのよ。宴の関係で指示があってのことだもの」
宴と言えば、と私は疑問をホリィにぶつけた。
「さっきの話だけど。昨日のやり方だと、宴の参加者は一年生しかいなくなるわよ。それでいいの?」
「それがいいのよ。この学院の上の学年には、ジェラルド・テウル・アンリウォルズがいるでしょ。彼、前回の宴に参加してるから。そういうのの参加を確実に除くために、一年生の中から選ぼうってことになったの」
ホリィが挙げた名は、平民の私でも知っている人物だった。魔法の大天才で、ホリィが言ったように、十年前、齢八歳で神々の宴に参加したのだ。宴では、他の大人を圧倒したという。
確かに彼はこの学院の三年に在籍している。
「いろいろ突っ込み入れたいわ……。何で全員若者にしようってことになったのよ。それに、アンリウォルズ先輩だって若者なのに、何でそれを除こうっていうことになってるのよ」
「新顔同士を競わせたいっていうのが神々の願いなのよ。実力者同士ってことだけで選ぶと顔ぶれがなかなか変わらないっていうか」
「一回参加したくらいで何でダメなの」
「私もそう思うけど、実際問題アンリウォルズが参加したら、多分ぶっちぎりで優勝しちゃうでしょ」
いや、強力な魔法使いが欲しいんだったらそれでいいんじゃないの。
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