第7話カート・コバーンとしての最期

1991年、ワシントン州シアトル。くたびれたネルシャツに身を包み、左利きでフェンダー・ムスタングをかき鳴らす青年、カート・コバーン。その正体が50歳を過ぎたジョン・レノンであると見抜く者は、世界に一人もいなかった。

ジョンは徹底した「若作り」と、時代の空気を吸い込んだ巧妙なブランディングで、20代の若者として振る舞った。「ロックは若者の特権だ」という冷徹な自覚が、彼に完璧な変装を強いたのだ。

​ニルヴァーナとして放った『Smells Like Teen Spirit』は、瞬く間に世界を焼き尽くした。アルバム『Nevermind』は、マイケル・ジャクソンをチャートから引きずり下ろし、ジョンは再び「神」の座へと押し上げられた。

​しかし、歴史は残酷なまでに繰り返される。

かつてのビートルマニアを凌駕する熱狂、メディアによる一挙手一投足の解剖、そして彼の一言に命を預けるほど心酔するファンたちの視線。ジョンがかつてダコタ・ハウスの前で逃れたはずの「偶像という名の呪い」が、再び彼を窒息させ始めたのだ。

​「想像してごらん、音楽以外に何もない世界を……。でも、そこには僕の居場所もなかった」

​1994年4月5日。シアトルの自宅で、ジョンはカート・コバーンとしての幕を引く決意をする。拳銃を手に、死の偽装を試みようとしたその時、駆けつけた仲間たちが彼を強く引き止めた。

​「もういい、カート。……いや、ジョン。もうやめるんだ」

​仲間たちは、疲れ果てたジョンの瞳を見て静かに告げた。

「このアカウントはもう捨てろ。君が歌えば世界が揺れすぎる。ジョン、君は音楽に向いていないんだ……あまりに影響を与えすぎてしまうから」

​その言葉は、ジョンにとって最大の賛辞であり、同時に残酷な宣告でもあった。かつてエルヴィスに憧れたリバプールの少年は、二度も世界を音楽で支配し、そして二度ともその王座を捨てなければならなかった。

​数日後、世界中に「カート・コバーンの自殺」というニュースが駆け巡った。ファンは涙し、一つの時代が終わったことを嘆いた。しかし、その喧騒の裏で、一人の男が静かにシアトルの雨の中を去っていった。

​この日を境に、ジョン・レノンは人類の音楽シーンの表舞台から完全に姿を消した。彼の指がギターの弦を弾くことは二度となく、彼の声がマイクを通じることもなくなった。

しかし、彼にはまだ「やり残したこと」があった。音楽を捨てたジョンは、次なるアカウント、すなわち「スティーブ・ジョブズ」としての技術革命と、「スティーブン・スピルバーグ」としての映像魔術の世界へと、その情熱のすべてを注ぎ込んでいくことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る