1-1:“危険な都市”へ

アドレア大陸南部のほぼ中央に位置するフィト州。

五大湖沿岸州の一つとして注目されている州ではあるが開発されているのは沿岸部の極僅かな都市部だけ。

内陸部は全く開発されておらず建物の姿が全くない一面の平野が広がっている。

それでもその平野部に通る一本の街道は周囲の風景とは不釣り合いなくらいに綺麗に整えられ北から南へと続いていた。


その街道の周囲が荒野から草原へと移り変わる辺りを一台の旅客馬車が南へと進んで行く。

馬車の乗客は全部で一〇人程。

女性が多いのはこの世界特有の男女出生率の偏りによるものだがアドレア連邦と言う多人種国家らしく人種は様々だった。


細長い耳を持つ霊人レイビト族たち。

小柄な体躯に丸みのある耳を持つ小人コビト族。

筋肉質な体躯に緑色の肌の緑人リョクビト族。

身体的特徴がないのが特徴と言われる地人ジビト族。

そして、頭の上の獣耳と背の尻尾が特徴的な獣人ケモビト族。


獣人ケモビト族と一言で言っても耳と尻尾の形や毛の色合いは多種多様だ。

現に乗客の中に三人いる獣人族は三者三様の姿をしていた。

馬車の前方に座る獣人族の女性は三角状の耳ともふっとした尻尾を持つ三色毛。

馬車の中腹に座る獣人族の男性は細長い耳に丸ッとした尻尾の単色毛。

その長耳の獣人族の男性の隣には丸みを帯びた耳に細長くスラッとした尻尾を持つ二色毛の少年がいた。

地球の感覚で言えば前から犬、兎、猫がそれぞれ近いだろうか。


三人の中でも猫っぽい印象の獣人ケモビト族の少年。

彼がこの物語の主人公である。

赤紫色の髪に僅かに銀色の髪が混じったその少年の名はルフェーノ・タリーニ。

先月一九歳の誕生月を迎えたばかりだ。



「坊やは何処まで行くんだい?」



ルフェーノがぼんやりと馬車の天井を眺めていると隣に座る長耳の獣人族の男性が問いかけて来た。

男性の見た目は地球の感覚では三〇代前半と言った印象だが実際には六〇代である。

この世界の人種の多くが寿命一〇〇歳を超えており、獣人族は一五○~二○○年程と言われている。

老い方も種族毎に違うのだが総じて地球の人類よりも若々しい。

地球の感覚では見た目と実年齢に大きな乖離が生じているのに戸惑うことだろう。



「・・・バラロイトです」

「そうか、じゃぁもう一息だね。バラロイトには仕事を探しに?」

「まぁ・・・そんなところです」

「お、その様子だと伝手はあるみたいだね?」

「一応は・・・・・・と言っても、採用してもらえるかはわからないですけど」

「はははっ、伝手があるだけで十分だろうさ」



長耳の男性の問い掛けにルフェーノは最低限、それでいて曖昧に応じた。

決して彼が不愛想だとか人見知りだとか言う理由わけではないし長耳の男性が怪しくて警戒している訳でもない。

初対面の人物へ不必要に情報を口にしないことは初歩的だが大事な自衛手段の一つだからだ。

そう認識される程に彼らが暮らす国の治安はとても悪い。


一方、男性がバラロイトと聞いて“仕事”の話題を出したのはバラロイトが南部で最も人手を欲していると言われているからだ。

要するに色んな働き口がある訳で、それらの仕事に就こうとバラロイトにはアドレア各地から人が集まっていた。

だから“この少年も出稼ぎかな”と思ったのだ。



「私はバラロイト経由でジェーデンまで行くんだ」



ルフェーノの反応ぶりから用心していることを察したのか今度は長耳の男性が目的地を明かした。

バラロイトもジェーデンも都市の名前でどちらも五大湖沿岸で急速に発展している“五大湖都市”である。



「ジェーデンって・・・・・・バラロイトからは湖の対岸でしたっけ?」

「ああ、その通り。だからバラロイトに着いても今度は船旅さ」



長耳の男性が船旅と口にしたことでルフェーノは故郷を思い出した。

彼の故郷はアドレア北部の経済都市ネウエサルト。

彼自身は船に乗ったことはないのだが幼い頃は妹と共によく船を眺めていた。

“いつか一緒に船に乗りたいね”なんて妹に言われたこともあったが・・・今の自分では叶えられそうにないなぁと思ってしまう。


思えば随分と遠くに来たと彼は思った。

元々は妹の学費を稼ぐ為、南部の別の五大湖都市クォルトラへ出稼ぎに来たのが始まりで。

そのクォルトラでそれなりに充実した日々を送っていた。


だが一年程前の“あの事件”で多くのものを失って。

繰り返し見る“あの事件”の記憶に苦しみながら、もうこのまま南部で死ぬんだと覚悟もした。

でも周囲の助けでなんとか再起して。

今度はそのままクォルトラで残りの人生を過ごすんだろうと思ったのに。

別の事件で“あの事件”の犯人の手掛かりを知った。


そうして彼は今、自分から多くのものを奪った相手を探しにバラロイトへと向かっていた。

探して見つけ出した所で捕まえようだとか、復讐しようだとか言う気はない。

彼自身、実際に会って自分がどうするかと言う点は曖昧と言える。

それでも向かうのは繰り返し見る悪夢からの解放を求めてのことであった。



「陸路で向かうとなると五大湖を東へ迂回しないと行けないからね。その点、船を使えば近いからありがたいのだけど・・・問題は順調に出港出来るかどうかだろうね」



ルフェーノが懐かしみながら改めて目的を思い浮かべていると長耳の男性がそう言って肩を竦めた。

言葉の意味がわからず訝しむと長耳の男性は苦笑を浮かべた。



「ジェーデンは“スウィングラー”の影響下にある都市だけど、バラロイトはそうじゃないからね」

「・・・なるほど」



その言葉にルフェーノは納得した。

アドレア連邦は民主制の連邦共和制国家で世界で最も経済の自由化が進んだ国と言われている。

ルフェーノは“大袈裟な”と冷めた目で見ているが多くのアドレア人にとっては誇らしい話題として扱われている。

多種族国家で王侯貴族が存在しないことと合わせて“自由の国”などと呼ぶアドレア人も多い。


だが経済の自由化の結果、現在では八つの大企業の連合体が実質的にこの国の経済を支配している。

それらの連合体はアドレアと言う大陸を、国を、短期間で劇的に成長させる原動力となった。

問題はそれらの連合体が“三大連合”と“五大財閥”と言う二つの勢力に分かれて激しく対立していることだ。

しかも三大連合は非合法な手段に出ることが多く国の治安悪化を招いており、五大財閥はそれに対抗する為の自衛力を有していた。

その結果、二つの勢力の対立は経済的なものだけでなく時に実力行使を伴うものとなっていた。


長耳の男性が口にした“スウィングラー”と言うのは五大財閥の一つだ。

男性の目的地である五大湖都市ジェーデンを実質的に支配している。

支配と言っても選挙で選ばれた知事や市長がいるのであくまで“実質的な支配者”や“影の支配者”という表現になるだろう。

ルフェーノがつい先日まで暮らしていた別の五大湖都市クォルトラもまた他の五大財閥の一つが支配していた。

三大連合と五大財閥の対立とは言うものの昨今は五大財閥が圧倒的に優勢であり、五大湖都市のほとんどが五大財閥によって抑えられている。

しかし、バラロイトだけは違う。



「坊やもバラロイトについては色々聞いているだろう?」

「まぁ・・・目的地ですからね」



長耳の男性の言葉にルフェーノが苦笑すると男性も釣られる様に苦笑を浮かべた。

バラロイトはまだ誰も支配者になっていない。

それ故、バラロイトの主導権を巡って激しい争いが繰り広げられていた。


三大連合と五大財閥が主導権争いをすること自体は珍しいことではなく他にも両勢力の“戦場”となっている都市は存在する。

しかし、バラロイトには三大連合と五大財閥を構成する八つの勢力すべてが進出を図っていた。

しかもその争いの間隙を突いて一儲けしようと国内外の様々な犯罪組織を始めとした非合法勢力が乗り込み、それらの抗争を取り締まろうと自治体だけでなく国の各種治安機関まで出張っている。

様々な組織の抗争や取締で騒乱の絶えないバラロイトはいつしか“危険な都市”と呼ばれその悪名は国中に知れ渡っていた。

長耳の男性が“順調に出港出来るかどうか”と言ったのはそうした争いの影響で船の出港に影響が出る可能性があることを憂慮してのものである。


それだけなら良いが、場合によっては男性が何かの事件に巻き込まれて負傷したり命を奪われたりすることだってあり得るだろう。

バラロイトに働き口が多いのは急速な発展により人手を欲していると言うのもあるが、抗争の影響で死傷したり街を去る者も多いからである。



「半月前にはバラロイト川で貨物船が襲われたらしいよ。しかも貨物船は大爆発を起こして沈没したって話だ」

「・・・え?何ですかそれ、海賊でもいるんですか?」

「船舶を襲う犯罪集団がいるんだとか。水賊とか湖賊とか言われているらしいね。まぁ襲われた船の方も怪しいらしいから何処かの組織同士の抗争なんじゃないかな」



思わず唖然とするルフェーノに男性はまた苦笑しながら教えてくれた。

純粋に積み荷や身代金目的の犯行もあれば敵対組織への妨害、要するに嫌がらせを目的とした犯行もあるらしい。



「水の上なら安全なのかと思っていましたけど、そうでもないんですね」

「ああ、残念ながらね・・・・・・ん?なんだ?」



気が付けば会話に夢中になっていた二人であったが、ほぼ同時にある音を拾った。

その音が銃声の様であったことから二人の表情が瞬時に険しくなる。

獣人ケモビト族と霊人レイビト族は耳が良い。

その為、ルフェーノと長耳の男性以外にも幾人かの乗客は銃声に気づいた様だ。



「・・・バラロイトに無事着けるかどうかすら怪しくなったかな?」



長耳の男性の言葉にルフェーノは肩を竦め“どうしてこの国はこんなに犯罪が多いのか”と思い溜息を吐いた。

遠く海の向こうの“大大陸”の国々はここまで治安が悪くないと聞いた事がある。

と言っても向こうは向こうで“魔物”が多いとも聞いているので一概に他国が羨ましいとは言えないのだが。

そんなことを考えている間に更に銃声が近づき他の乗客たちも気づき始めた。



「こんな所で・・・まさか連合と財閥の戦闘?」

「いや、犯罪組織同士の抗争かもしれないぞ」

「少しずつ音が大きくなっているけれど、大丈夫なの?」



誰かが口にした通り連続した銃声が少しずつはっきりと聞こえる様になって行く。

馬車は進み続けているのに銃声が徐々に大きく聞こえるということは銃声の発生源は進行方向ではなく後ろから近づいて来ている筈。

そう考えたルフェーノは確認の為に馬車の後方へと向かった。


馬車の最後尾から街道の様子を確認するとルフェーノたちの馬車の後ろを走る一台の貨物馬車が見えた。

その貨物馬車の更に後方。

急速に近づいて来る一台の“魔動車”が見えた。

魔動車は乗用車ではなく大型の荷台を持つ貨物輸送車の様だ。

ルフェーノが目を凝らすとどういう訳かその魔動車の荷台の上から左右に銃を撃っている複数人が確認出来た。

銃声の発生源はあの車両で間違いないだろう。


貨物馬車の方は大慌てで馬を急かしているが、魔動車はその名の通り魔動力で走る車両で速度は馬車に勝る。

あっという間に馬車は魔動車に追いつかれてしまった。

それでも馬車は街道の端へ寄ることで何とかやり過ごそうとしている様に見える。

しかし、残念ながら逃げることもやり過ごすことも出来なかった。



「あぁっ・・・!」



旅客馬車の後方に座っていた乗客の一人が見えた光景に思わず声を発した。

魔動車の連中が貨物馬車を追い越す際に馬車を曳いていた馬に銃を撃ち込んだ。

撃たれた馬は当然転倒し、その際に馬車の下敷きになると馬を轢いた弾みで馬車の車体が跳ね上がった。

その勢いで貨物馬車に乗っていた二人組と積み荷の木材が勢い良く放り出されてしまう。

あれは助かっても人も馬も重傷だろうとルフェーノは思った。


問題はそれが他人事では済まない状況だと言うことだ。

貨物馬車を転倒させた後も魔動車は速度を緩める事無くルフェーノたちの馬車に接近しつつあって銃声も止まない。

このままだと今度はルフェーノたちの旅客馬車が貨物馬車と同じ目に遭うかもしれない。


それにしても街道の左右へずっと撃ち続けているのは一体どういう訳なのか。

ルフェーノが視線を移すと左右の草原を駆ける獣たちの姿が見えた。

その獣たちの背には褐色の肌の人たちが乗っていて手には槍や弓を持っているのがわかった。

時折弓で魔動車に射かけている姿も見えることからどうやら魔動車の連中と戦っているらしい。



「・・・ナトゥラン?」



ルフェーノは褐色の肌の人々を見てそう呟いた。

“ナトゥラン”とはアドレア大陸の先住民たちの呼称だ。

先住民たちは総じて温厚で平和的であるが自分たちに敵対行為を行った者に対する報復は執拗だと言われている。

となるとあの魔動車の連中に何かされて怒っているのかもしれない。

だとすればこの戦闘は簡単に止む事はないだろう。



「どうだった?」



ルフェーノが自身の鞄の下へ戻ると長耳の男性獣人族が問いかけて来た。

後ろの様子がわからない馬車前方の他の乗客たちもルフェーノを見ていた。

その表情は一様に不安そうであったが、それでも何が起きているかを知りたがっていた。



「どこの連中かわかりませんが、後から近づいて来る魔動車の連中がナトゥランの人たちと戦闘しながら近づいて来ます。このままだと巻き込まれそうです」



乗客たちの表情が不安から恐怖へと変わった。

貨物馬車がやられたことを敢えて口にしなかったのは余計な恐怖を煽ることはないと思ったからだ。

ざわつく乗客たちを他所に荷物を手に取ったルフェーノは再び馬車の後方へ向かおうとした。

そこで怯えた様子の緑人族の女の子と目線が合う。

女の子が怯える姿が記憶にある妹の怯える姿と重なったルフェーノは彼女の前で一旦足を止めた。



「・・・大丈夫。何とかするから」



ルフェーノが微笑と共に声を掛けると怯えていた女の子の表情が驚いたものに変わった。

“驚かせちゃったな”と言う反省の念と共に“少しくらい恐怖が和らいでいれば良いな”と彼は思った。



「ま、待ってくれ。一体何をする気なんだ・・・?」



改めて馬車の後方へ向かおうとすると長耳の男性獣人族の戸惑う声が届いたので振り向く。

男性はとても心配そうな表情でルフェーノを見ていた。



「声掛けてくれてありがとうございました。ジェーデンまでどうかご無事で」



ルフェーノは落ち着いた穏やかな表情で男性にそう言うと再び背を向けた。

そして馬車の後方へと戻ると自分の鞄を街道脇の草叢へと投げた。

幸い衝撃で壊れたりするようなモノは入っていないし大事なモノは布で包んであるから大丈夫だろう。

そんなことを考えながら馬車の淵に立つと鞄を追う様に今度は彼自身が飛び降りた。



「君っ!?」



長耳の男性獣人族の声に他の乗客たちの悲鳴や驚愕する声が続いたがあっという間に遠ざかる。

草叢に転がる形で着地したルフェーノは我ながら上手く着地出来たと思いながら先に放り投げた鞄の下へ急いだ。

鞄に辿り着くと大急ぎで必要な“装備”を取り出して行く。


彼が取り出したのは腰帯ベルトと布に包んでおいた短剣に拳銃。

そして銃弾の入った容器だった。

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