第10話「黒騎士」
街の外れまで歩くと、父さんは不意に足を止めた。そこは、石畳が途切れ、荒れた街道へと続く場所。夜になればあの黒騎士たちが出現する、死の領域への入り口だ。
「アルデル。一つだけ教えておく。俺の腕を斬った黒騎士は、ただの量産型じゃなかった」
父さんの目が、冗談を言っている時のものではなくなる。かつて万の軍勢を足止めした「天災」の顔だ。
「黒騎士の中には『色』を持つ個体がいる。俺が挑んだのは、深紅の布を纏った……通称『紅の処刑人』。あいつの剣は、放たれた魔法の術式そのものを切断しやがった」
魔法を、斬る。 概念そのものを破壊するような力に、さすがの俺も少しだけ眉を動かした。だが、同時に足裏が熱くなるのを感じる。
「……術式を切るなら、ただの『物理的な質量』はどうなんだろうな?」
俺は『地殻の踏破者』の感触を確かめるように、軽くステップを踏んだ。 この靴は、地殻竜のエネルギーを溜め込み、俺の体重を何倍もの圧力へと変換する。魔法なんて上等なものじゃない。ただの「歩行」の積み重ねだ。
「アルデル……」
「いいよ、父さん。その赤いのが出てきたら、俺がその『切断』ごと踏み抜いてやる。あんたが15の頃に見た絶望の、その先まで散歩しに行こうぜ」
父さんは一瞬、毒気を抜かれたような顔をしたが、すぐにフッと笑い、俺の背中をいつものように力一杯叩いた。
「がはは! 頼もしいことだ。……よし、母さんが首を長くして待ってる。冷めないうちに帰るぞ。ついてこれるか?」
父さんが再び『浮遊魔法』と『加速』を展開する。 俺は深く腰を落とし、地殻竜の皮の弾力を足裏に感じながら、前世で一度も言ったことのないセリフを口にした。
「散歩の時間だ」
バァンッ! という衝撃波を残し、俺たちは朝の光を切り裂いて、故郷の村へと跳んだ。新しい靴の鳴らす音は、どこまでも軽やかで、どこまでも力強かった。
村までの帰り道、俺は新しい靴の性能に震えていた。 地面を蹴るたびに、地殻竜の皮が衝撃をすべて「溜め」に変え、それを次の「一歩」へ爆発的な推進力として上乗せしてくる。
(……これ、止まれないどころか、歩けば歩くほど速くなるぞ!)
横を見ると、親父が魔力を湯水のように使いながら、必死の形相でついてきていた。 「お、おい……アルデル! その靴……調整ミスじゃ……ないのか!? 速すぎる……ッ!」 「ごめん父さん! ちょっとこのギアが勝手に上がるんだ!」
わずか十分。 行きにあれほど苦労した距離を、俺たちは風の塊となって駆け抜け、懐かしい村の柵の前に滑り込んだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……。お前、それ……散歩じゃなくて……大陸横断だぞ……」 親父が門の前で四つん這いになり、荒い息を吐く。 俺は一滴の汗もかかず、ピカピカの新しい靴を見つめて笑った。 「いやぁ、いい買い物をしたよ。ありがとう、父さん」
「あら、おかえりなさい。二人とも、ちょうどパンが焼き上がったところよ」
家の扉から、母さんがいつものように穏やかな笑顔で顔を出した。 親父が国を敵に回してまで守り抜いた、その笑顔。 昨日の夜、ガンスから聞いた話を思い出し、俺は少しだけ母さんの見方が変わっていた。
王族の血、国の道具としての器……。 だが、母さんはそんな重い運命を微塵も感じさせず、親父の背中についた土を優しく払っている。
「アルデル、素敵な靴ね。それならどこまでも歩いていけそう」 「……うん。どこまでも、自由に行けそうだよ」
母さんは俺のスキルを知った時すごく驚いていたが旅に出る時は応援してくれていた。おそらく弱そうなスキルだなと思っているんだろう。
朝食のテーブルには、温かいスープと焼きたての白パンが並んでいた。 平和そのものの光景。 だが、俺は『振動感知』で捉えていた。 村の外、街道の遥か遠くから、規則正しい、そして不気味なほど重厚な「足音」がこちらへ向かってきているのを。
それは黒騎士の「カラン、カラン」という軽い音ではない。 もっと重く、冷徹な――軍隊の響きだ。
「父さん。……散歩の邪魔者が、向かってきてるみたいだ」
俺の言葉に、スープを口に運ぼうとしていた親父の手が止まった。 親父の目にも、かつての「天災」の鋭さが戻る。
「……気づいたか。ああ、グラドの町であれだけ派手に動けば、嗅ぎつけてくる奴はいる。外出する時は気をつけないとな」
「ああ。……母さんには内緒だぞ。せっかくの朝飯が不味くなる」
父さんは何食わぬ顔でスープを飲み干したが、その指先には微かに静電気のような火花が散っていた。
食後、俺は「腹ごなしにちょっとそこまで」と言い残して家を出た。 村の入り口。のどかな田園風景の先に、砂煙を上げて進軍してくる一団が見える。
先頭に立つのは、白銀の鎧に身を包んだ重装騎兵たち。そして中央には、豪華な装飾が施された馬車が。馬車のカーテンには、王家の紋章が刻まれている。
(黒騎士は夜に現れる王の『影』。なら、こいつらは白昼堂々歩き回る王の『盾』か)
『振動感知』が伝える。 馬車の中から感じるのは、不気味なほど冷徹で巨大な魔力の塊。そして、それ以上に気になるのは、軍の最後尾に一騎だけ、馬にも乗らず「歩いて」ついてきている影だ。
そいつが地面を踏むたびに、俺の靴が共鳴するように熱を帯びる。
「……見つけた」
最後尾の影が、ふと顔を上げた。 深紅の布を首に巻き、漆黒の甲冑を纏った騎士。 親父の言っていた『紅の処刑人』。
まだ距離はある。だが、奴は俺の存在を、いや、俺の『地殻の踏破者』の振動を明確に感知して、その速度を上げた。 歩いているだけなのに、加速する馬車を追い抜いてくる。
「散歩のルールを教えてやるよ。……追い越していいのは、追い越される覚悟がある奴だけだ」
俺は村の柵を背に、ゆっくりと一歩を踏み出した。 新しい靴の底が、村の柔らかな土を「石畳」以上の反発力へと変えていく。
「さて、残業代が出るわけじゃないが……この軍勢、一人で片付けさせてもらうか」
俺の『歩行』のギアが、静かに一段上がった
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