スノーマンよ,僕をつれていけ!――惑乱の人③-5――
せとかぜ染鞠
第1話 氷雪没嘉宮里の雪女――ヒジジさまは吹雪の夜につれていかれた――
幼馴染みで親友の
未知瑠はかつて僕の通う中学の非常勤講師をしていた。僕はクラブのママに転身した彼女の店でボーイとして働き,客の反社会的集団ボス
未知瑠との共同生活において僕は奴隷だった。四国への同行を求められた道程に曼珠沙華麗の手下を目にしたとき,主人の暴言や暴力に神経を磨りへらしていた僕は完全に壊れた。狂気したように雪道を走りつづけて
スノーマンはスモール型のSSと大型のBSの二種が存在し,人間を捕食するという。BS
吹雪に鎖された終日吹雪峠近くのパーキングエリアの避難所には誠皇晋がいた。フリーライターの取材にきていたのだ。誠皇晋の新しく借りた部屋に帰れることになった僕はひどくはしゃいでいたが,スノーマンの襲撃を受け,車ごと終日吹雪峠から滑落する。
しかし
誠皇晋をおとなしくさせたのはスノーマン専用の麻酔の仕込まれた
誠皇晋と僕は,曼珠沙華麗と手下たちとともに温泉宿に滞在することになるが,不本意な関係を強いられる僕を救うために誠皇晋は曼珠沙華麗を殴って気絶させてしまう。誠皇晋も僕もただでは済まない。すぐさま逃亡をはかった僕たちのまえにスノーフェアリーが現れる。誠皇晋の様子にまた異変が生じる。あの子を僕の母の生まれかわりと思っているのだ。僕は誠皇晋を正気づかせるために口走った――あれはスノーマンだ,スノーマンはいる,僕は終日吹雪峠で実際会ったのだ!と。
ブリザードが襲来し,約束を破った僕の命をダブルオウが奪おうとする。が――スノーフェアリーがあまりに泣くので,決断できず
ちょうど
温泉宿を逃避し夜の雪原を駆けぬけた2人はいつの間にか隠れ里に迷いこんでいたらしい。
「どこにも行かれん! ずぅうっと,ずぅうっと,おってぇ,ここに! せいのぉ,せいのぉ,せいのぉおおしん!」
「セイノシンでいい。
誠皇晋と
「ミーオ!」口端のホクロが愛嬌のある動きを見せる。「光唯邑じゃのうてミーオてわしも呼ばれとる!」腰をこす長髪の一筋を指にまきつけて弄ぶ。
光唯邑は僕たちと同じ20代後半といったところだろう。
「そなあに羽目はずして――気ぃつけんと,けがするぞね」光唯邑の兄
「なにからなにまで申し訳ありません。セイノシン,頂戴しよう」
「おう!――」誠皇晋が光唯邑を肩に担いだまま囲炉裏のそばに寄ってくる。
一気に椀を空にした誠皇晋に,珠侑幸がおかわりを勧める。
「かわった味の豚肉ですね」一文字眉と異国情趣 漂う両眼との間隔が狭まる。「裏手のコンクリの建物内で飼ってるんですか?」誠皇晋は朽ちかけた小屋梁や罅の目だつ土壁を見渡す。
「荒ら屋には,そぐわん施設じゃと言いたいんかね」きっと誠皇晋を睨みつけたあと白目を剝いて視線を逸らし顔を顰める――
この表情……見覚えがあるような……
「決してそんな意味じゃありません。立派な施設だから,さぞや大切に飼育されてんだろうなって。たくさん飼われてるんでしょ」
「白々しい!――」珠侑幸は囲炉裏にかけた土鍋の蓋を乱暴にとじた。煮えたぎる汁が飛び,薪が赤い粉を散らす。気性が激しく,感情を隠さない人だ。
「やぁめぇてぇ! 喧嘩いやぁ!」光唯邑は泣きだすなり誠皇晋の膝に乗り,頭頂部を誠皇晋のがたいのよい胴に擦りつける。兄弟ともに自分の気持ちに正直な性質らしい。
「嫌みが過ぎるぞね!――」珠侑幸は口端を搔きむしった。よく見れば,うっすらのびた髭に紛れて ホクロがある。弟と同じ位置に。「――わしらじゃて,難儀しとるん知っとろがねぇ! 食うもんも食わんで,鉄扉増やしたり,塀たこうしたり,金かけよる! ほいでもあれらは逃げよる! あれらが逃げたら,わしらの手には負えん! ほじゃけん,あんたらの力を借りよんじゃろぅ! 予定より2日もはよう家来寄こして神経逆撫でするような皮肉言わせるとは曼珠沙華の組長さんもひっどいオカタじゃなぁ!」
曼珠沙華の組長!?――「曼珠沙華麗が来るんですか,ここに!?」まえのめりに聞いた僕へ舌うちを返してから,珠侑幸は相手をまじまじと眺めつつ強張らせた顔面を真っ赤にさせた。「あんたら――」
「あの,お願いですから――僕たちを逃がしてください。僕たちがここに来たことも黙っておいていただきたいんです」
「ほんなこと言われてもな……」珠侑幸は左右均衡な目を伏せて 腕組みした。「あの人の名前を知っとるんじゃけん組の人間じゃろう?……なんぞ悪さして追われとんかね?」
「いえ,僕たちは組の人間じゃありません」
「組の人間じゃない?! 組の人間でもないのに,どやって氷雪没嘉宮里に入ったんぞね?」
「それはその……温泉宿から逃げる途中に,力尽きたところで,あなた方に見つけてもらって……」
「温泉宿?――温泉宿って『雪の湯』かね!? あすこからは車でも優に2日はかかるぞね。ほれに里人や曼珠沙華の人間以外は氷雪没嘉宮里と外界との境界を知らんのに……」
きっとまたあの子が助けてくれたのだ。組の人間から逃れようとしている僕たちをスノーフェアリーが救ってくれたに違いない。
「雪の精です!」誠皇晋が明るく答えた。「愛鶴のお母さんの 生まれかわりなんですよ! あの子が俺たちをここまで導いてくれたんです!」
「ちょっちょっとセイノシン!――」誠皇晋をこづいた僕は,珠侑幸と目があってオドオド下方をむいた。
「
「あの子は殺したりしませんよ……」誠皇晋が熱に浮かされたみたいな面もちで頰を緩めた。「あんなかわいい子が誰かを殺したりするもんか……」
「かわいい?……」珠侑幸が怪訝な表情をする。「生臭い血の飛びちる巻き毛に全身おおわれた,顔じゅう皺まみれの赤男らが?」
「とんでもない!――」誠皇晋が怒って,抱いた光唯邑を腕からおろし立ちあがる。「あの子はそんなじゃない! 白い直毛の絡む水晶の裸体――長い睫毛の奥の目覚めたばかりの瞳は羞恥と愉悦に満ちている。かわいいと美の融合? 綺麗というキュート? あどけなさ的コケティッシュ? それは誘引の核なのかも? ああ,どうやって表現すればいい? 俺には形容する力もない。それはただ千鶴さんなんだよ。それ以外の何者でもない」異次元の世界を浮遊しているみたいに全身が覚束なく揺れている。
「あんたらの見たのは白いほうなんかね……」珠侑幸が音のない声で訊く。
「いえ,両方なんです――」そう答えたものの,後悔があと追いする。誠皇晋が変になってしまうから 苦しい弁解を強いられる状況に陥ったのだ。「と言うかですね――僕にはなにも答えられません。1度命をとられかけていますので――」シマッタ! なんでこんなこと喋ってしまったんだ! セイノシンのせいだ。馬鹿馬鹿馬鹿,セイノシンのバカ!
「うん――ほれ以上はなんも話さんほうがええ。わしらの
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