ダンジョン最深部で20年迷子だったおっさん、地上へ帰還。~現代最強の探索者たちが束になっても勝てない魔王を「野良犬」感覚でワンパンしていた~。

しゃくぼ

第1話:眩しすぎる再会

眩しい。


その一言に尽きた。

二十年ぶりに浴びた太陽の光は、俺の腐りかけた網膜を容赦なく焼きにかかってくる。


「あ、あう……目が、目がぁ……」


思わず地面に膝をつく。

手のひらに触れるのは、湿った苔の感触ではなく、硬くて熱いアスファルトの質感だった。

鼻をつくのは、血とカビの混じった淀んだ空気ではなく、排気ガスと人の生活が混ざり合った、どこか懐かしい地上の匂いだ。


ようやく、出口を見つけた。

二十二歳の時、当時発生したばかりのダンジョンとやらに興味本位で足を踏み入れ、そのまま行方不明。

気がつけば、俺は四十二歳のおっさんになっていた。


「はは……本当に、帰ってこれたんだな」


ゆっくりと視界を確保する。

そこは、俺がよく知る場所とは少し様子の違う、しかし間違いなく新宿の街並みだった。

空には見たこともない浮遊するモニターが踊り、通行人たちは奇妙な杖を腰に下げている。

何より驚いたのは、みんなの格好だ。


「なんだありゃ。コスプレか? それとも新しい流行りか?」


全身を煌びやかな鎧で固めた男や、ひらひらした魔法使いのような格好をした女子高生が平然と歩いている。

一方の俺はといえば、二十年間の戦いとサバイバルの末、着ていた服はとっくにボロボロ。

今は、ダンジョンの中で倒した魔物の皮を適当に繋ぎ合わせた、原始人のような格好をしている。

おまけに髪も髭も伸び放題だ。


通行人が俺を避けて通る。

「うわ、何あのおじさん。臭そう」

「野良の浮浪者かな。探索者の成り損ないでしょ」


冷たい視線が突き刺さるが、そんなことはどうでもいい。

今はただ、牛丼が食べたい。

温かい味噌汁が飲みたい。

そんなことを考えてフラフラと歩き出した時だった。


空気が、一瞬で凍りついた。


地響きとともに、空間が歪む。

新宿駅の駅舎が内側から弾け飛び、巨大な、あまりにも巨大な影が姿を現した。


「グオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


鼓膜を突き破らんばかりの咆哮。

体長は三十メートルはあろうか。

全身を黒い鱗で覆い、背中には禍々しい角が何本も生えた、異形の怪物だった。


「な、なんだぁ……? 大きな犬だな」


俺は目を細めてその姿を見上げた。

二十年も暗闇にいたせいか、まだ遠近感が狂っている。

あれくらいのサイズの生き物は、ダンジョンの中層あたりにはいくらでもいた。

いつも腹が減った時に、こん棒で叩き伏せて食っていたっけ。


「逃げなさい! 全員退避!」


鋭い声が響く。

見れば、純白のドレスのような鎧を纏った、透き通るような金髪の美少女が立っていた。

彼女は手に持った杖を掲げ、必死の形相で怪物に立ち向かっている。


「聖女様! ダメです、あれは災害級指定個体、ベヒモス・ロードです! 現代の兵装では防ぎきれません!」

「黙って! 私が時間を稼ぐわ! 第一結界、展開! 聖光の盾よ!」


少女が叫ぶと、彼女の前に光り輝く魔法の壁が現れた。

現代の探索者とかいう連中だろうか。

魔法なんて便利なものを使えるなんて、最近の若者は大したものだ。


しかし、その盾は怪物の吐息一つで、ガラス細工のように粉々に砕け散った。


「きゃあっ!」


少女が地面に投げ出される。

怪物は冷酷な瞳で彼女を見下ろし、巨大な前足を振り上げた。

周囲からは悲鳴が上がり、誰もがその死を確信した、その時だ。


「おいおい、お嬢ちゃん。危ないじゃないか」


俺は、いつの間にか怪物の足元に立っていた。

散歩の途中に邪魔な石ころをどけるような、そんな軽い気持ちだった。


「え……? おじさん、逃げて! そこは危な……」


少女の声が耳に届くが、俺は構わず右拳を引いた。

怪物の足が、俺の頭上から振り下ろされる。

それに対して、俺はただ、正面に向かって拳を突き出した。


魔法も何もない。

二十年間、ダンジョンの中で生き抜くために繰り返してきた、ただの正拳突き。

岩を砕き、鋼を穿ち、数多の魔王を屠ってきた、俺にとっては呼吸と同じ動作。


「しっ」


ドォォォォォォォォォンッ!!


爆音が新宿の街を震わせた。

物理現象を超越した衝撃波が、怪物の前足から全身へと伝わっていく。

次の瞬間、三十メートルを超える巨体は、風船が割れるような軽さで粉々に弾け飛んだ。


肉片一つ残らない。

ただの衝撃波だけで、災害級とやらは霧散し、空を覆っていた暗雲さえも真っ二つに切り裂かれた。


「……あ」


少女が、呆然と口を開けてこちらを見ている。

周囲の騒がしさも消え失せ、しんと静まり返った。

俺の拳の先には、突き抜けるような青空が広がっていた。


「ったく、最近の野良犬は元気すぎるな。お嬢ちゃん、怪我はないか?」


俺は腰をさすりながら、座り込んでいる少女に手を差し伸べた。

四十二歳。

長年のサバイバルのせいで、少し腰痛気味なのが辛いところだ。


「あ……あ……」


少女――世界ランク一位の聖女、エレナとかいうらしいが――は、俺の手を握ることも忘れ、ガタガタと震えながら俺を見上げている。


「あな、た……一体、何者なの……? 魔法も使わずに、あのベヒモスを一撃で……? 聖騎士団が総出でも勝てないような化け物を……」


「何者って。見ての通りのおっさんだよ」


俺は困ったように頭をかいた。

確かに、この格好は不審者極まりない。


「二十年ぶりに外に出たら道が分からなくてな。ただの迷子だ。……ところで、ここらへんに牛丼屋はあるか?」


「……は?」


少女の間の抜けた声が、平和になった新宿に響き渡った。

どうやら、二十年のブランクというのは思った以上に大きいらしい。


俺がただの散歩のつもりで放った一撃が、この世界の常識を根底からぶち壊したことに、俺自身が気づくのは、もう少し先の話だった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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