第12話 1%は100回に1回じゃないってどういうこと?



 突然のネタバラしに、群衆は騒然とした。

 家の裏手側は逆に騒がしくなって、正面側に回ろうとして断念した様子だ。

 道は道路まですし詰め状態である。


「ちょっとどうなってんのよ!?」

「何かガチャマスターがどうとかって、ジョブカードって何よ!?」

「あんたどきなさいよ! 見えないでしょ!」

「お前がどきさいよ! 殺すわよ!」


 背後の乱闘音、悲鳴などを無視して、俺はあくまでテレビ局のカメラ目線を続けた。


「俺のジョブはガチャマスター。ログボで一日一回ガチャを引いてランダムにカードをもらえます。普段は★1のポーションやナイフ、パンやミルクなどですが最近、★5ジョブカードというものを手に入れましてね。結果はご存じの通り」


 朗々と叫び上げる俺に、観衆の反応は二種類に分かれた。


「そうだったの!? でも確かにそれなら! だから急にジョブに目覚めたのね!」

「ていうことはジョブカードを使えばあたしも冒険者に!?」

「は? ガチャマスターとか聞いたことないんだけど? バカじゃない?」

「そんな便利ものがあるならなんで誰も知らないのさ」

「皆さん! 衝撃の事実です! なんと、女性でもジョブが手に入るアイテムがあるのです! 我々はこの現実をどう受け止めればいいのでしょうか!」


 聴衆がヒステリーを起こす前に、俺は冷静に冷や水を被せる。


「だけどこれ以上は無理です! これからその理由を説明します!」


 俺が声を張り上げると、一部の女子たちはおとなしくなる。

 一方で、大勢の中年オバサンたちはギャースカと叫び続けた。


「なによそれバカにしてんの!? ふざけんじゃないわよ! なんで無理なのよ!? 年齢差別してんじゃないわよ! 死ね死ね死ね死ね死ねぇええ!」


「どんな理由よ早く喋りなさいよほら喋りなさいよそら喋りなさいよ何よ何で喋らないのよこっちはずっと待っているのよ仕事遅いわねこのグズノロマ!」


「そういうのいいから早くジョブカードよこしなさいよ! アタシを冒険者にしなさいよ! このアタシがやれっつてんだからやりなさいよ! 今までアタシをバカにしてきたクソオス共に吠え面かかせてやるんだから!」


 母校の校長先生の苦労がしのばれる。

 はい、みんなが静かになるのに何分かかりました、とか言いたい気分だ。

 とはいえ、いまは詩織への包囲を解かせること、そして、俺にヘイトが向かないようにしたい。


「ソシャゲのガチャと同じですよ。俺の★5カードの排出率は1パーセント。だけど、三か月に一回出るわけじゃありません」


 カメラのレンズに向かって告げた。

 ヒステリックな群衆が、だけど当然の疑問を口にした。


「は? なんでよ!? 1パーセントなら100回に1回でしょ? じゃあ三か月に一回出るでしょ!?」


「あんた数学できないの!? バカなんじゃない!? あたしが勉強おしえてあげましょうか? 見返りにジョブカードをもらってあげるわ感謝なさい!」


 バカ丸出しの言動だが、なかなか的を射ている。

 確率一パーセントなら100回に一回は当たる。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 聴衆を納得させるためにも、他人を巻き込む。


「そうですね、聡明な取材陣の方々ならご存じでしょうが、あ、メディア関係の人たちを前に通してあげてください」


 この場の主役である俺の促し、という大義名分を得た人々がこれ幸いと群衆をかき分けてくる。


「集まってくれてありがとうございます。この中で大学時代数学を専攻、ないし理数系の人はおられますか?」


 一人の男性記者が手を挙げた。

 俺は内心、悪の秘密結社の総帥のようにニヤリと笑う。

 彼には犠牲、もとい協力者になってもらう。


「では貴方に質問です。コインの表が出る確率は50パーセント。でも実際にはコインを2回投げて出る目は、表表、表裏、裏表、裏裏の4パターン。だから表が出る確率は75パーセント。4人1人は外れます。そうですよね?」


 俺が軽快な口調で尋ねると、男性記者はうなずいた。


「同じように、サイコロも6回投げれば一度は6が出そうです。でも実際に出る確率は大雑把に計算して66パーセント。狐につままれたように思えますが、確率50パーセントを2回やっても当たるわけじゃないし、確率6分の1を6回やっても当たりません。ソシャゲのガチャしかり、皆さんも覚えがあるでしょう?」


 図星らしい。

 途端に、誰もが閉口した。

 気持ち良い静寂に、俺は核心を提供した。


「この理論でいくと排出率1パーセントのガチャを100回引いても★5が出る確率はわずか63・4パーセント。三人に一人は当たりません」

「じゃ、じゃあ何回引けばいいのよ!?」


 欲しがりな汚声に、俺は塾講師のように淡々と答えた。


「難しい計算を省くと、ガチャの場合は677回引いたら99・9パーセント当たります。つまり毎日引いても二年に一回しか当たらない。次当たるのは二年後。それも★5が全部ジョブカードかわからないし、レア装備やアイテムかもしれません」


 集まった人たちの顔から、徐々に力が失われていく。

 俺は溜息交じりに視線を落とした。


「実際、ジョブカードが出たのは俺の冒険者人生で初めてですし、よこせと言われても無い袖は振れませんよ……2年後に質問されても★5の武器やポーション、めっちゃおいしいステーキ肉が当たっているかもしれません……だから予約もなしです。お金だけもらって30年経ってもジョブカード出なかったら申し訳ない」


 中年女性たちはすっかり意気消沈していた。

 それでもまだ、諦めきれずにぶちぶち文句を言っている人がいるので、駄目押しの一言。


「それに不明な点が多いですしね」


 俺は大袈裟に肩をすくめて見せた。


「もしも期間限定とかデメリットがあっても対応できません。それに万が一、2年後にジョブカードが出ても俺が信頼できる人に与えます。だから解散解散!」


 ぱんぱんと手を叩くも、女性たちはその場を動かなかった。

 まるでマグマが噴火する直前のような危うさを静かにまとうと、


「てめぇふざけんじゃねぇぞ! 散々期待させやがってぇ!」

「あたしもいつかジョブに目覚めてセレブの仲間入りできると思ったのにぃ!」

「慰謝料よこせ! お前の持っているカードも全部なぁ!」


 暴徒から狂戦士バーサーカーへと進化を遂げた中年女性たちは、殺意の波動に目覚めながら口々に殺人予告と呪詛を吐き続けた。


 一人、二人と家の壁を蜘蛛のようによじ登って来る中年女性たちに、俺は辟易とした。


「言っておきますけど警察呼んであるから早く逃げないと前科がつきますよ」


 誰もがぎょっとして、蜘蛛の子を散らすように背中を向けた。


「逃がすかよ。★2カード、スリープフィールド、アクティベーション」


 ポケットに忍ばせておいたカードを一枚放ると、白い光の粒が周囲に走った。

 すると、詩織の家を包囲していた群衆が突然まぶたを閉じて、その場に崩れ落ちた。


 壁をよじ登っていた連中もぼろりと落ちて、別の暴徒を押しつぶした。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。

 彼女たちは、一人残らず逮捕され罪を贖うことになるだろう。


「蓮斗……」


 もちろん、俺が仲間だと認識している詩織には効果がない。

 可愛い声に振り返ると、詩織がベランダの窓を開けて佇んでいた。

 嬉しさと、安堵と、うしろめたさ、複雑な感情がないまぜになった表情で俺を見上げる詩織。


 言葉に困っている様子の彼女へ歩み寄る。

 窓枠を隔ててベランダと室内、別世界に立っているような印象を受ける。


 この数日で空いた溝は、この数分で最大深度に達したように思えて寂しい。


 ジョブカードを上げたのは迷惑だったか。

 俺は選択を間違ったのか。

 懊悩する俺に、詩織はそっと手を伸ばしてくれた。


「助けてくれてありがとう。もう、一人にしないでね」


 様々な解釈のできる優しい言葉と共に、詩織は俺の手に触れて、部屋の中へ導いてくれた。


 なんだか、胸の曇りが晴れるような、清々しい気分だった。


 過去は変えられない。


 だけど、これからの選択で正しかったことにはできる。


 彼女にジョブカードをあげたことを後悔しないよう、詩織を幸せにしよう。

 そう、心に誓った。



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